第9話 デレデレしないで、オオカミくんっ!? ~ぷんぷんギャル子さん編~

 ――大和田信菜ちゃん。


 我らが森実高校に通っていて彼女の名前を知らない男が入れば、ソイツはホモはエイリアンに違いない。


 1年E組に在籍し、出席番号10番。


 身長157センチのバスト80、ウェスト55、ヒップ83の超大型美少女新入生……それが我が偉大なる後輩、大和田信菜ちゃんである。


 桃色に染めた髪に、マイナス5歳肌の商品を使用したら消滅するんじゃねぇの? と心配になるレベルのぷるぷるのたまご肌。


 明るく社交的で、女子はともかく男子からは学年問わず爆速的に人気が急上昇し、あの司馬葵ちゃんと並んで1年生2大美少女の名を欲しいままにしている女の子だ。


 本来であれば、そんな彼女の視界にすら入らない少年Bであるハズの俺とは、縁もゆかりもない美少女。



 ……のハズであったのだが。




「どうしたんですか、せんぱぁ~い? そんなにガチガチに緊張してぇ~?」

「あばっ、あばばばばばばばばっ!?」




 腰を下ろした俺のとなりで、クスクスと蠱惑的に笑う大和田ちゃん。


 そう、俺は今現在、くだんの彼女の『ご指名』により、ガチムチナースのまま大和田ちゃんを接客していた。


 ハーレムラブコメの主人公のように、らしくもなく『あばばばっ!?』しながら必死に現状を理解しようと思考を加速させ続ける。


 とりあえず『大和田ちゃんが俺の名前を覚えてくれていて嬉しいっ!』とか『なんで俺を【指名】してきたのか?』とか、気になる疑問は泡沫うたかたのごとく浮かんでは消えていく。


 が、まずこれだけは絶対に聞いておかなければならない。



「お、大和田ちゃん? あ、あのね? 1つ気になるコトがあるんだけどさ……?」

「? なんですか、せんぱい? そんなに顔を赤らめて? キモ……かわいい~♪」

「いや、その……ねっ? ……なんで水着姿なの?」



 そうっ! 現在、俺の真横にピッタリと座る大和田ちゃんは絶賛水着姿で、接客・来店中の野郎共の視線を独り占めしているのだ。


 ふちが赤色で彩られたホルタ―ネックの真っ白なビキニ。


 しかも『うなじ』と『胸元』の双方を縛っているタイプの大変ドスケベ仕様な水着である。


 今、俺がうっかり『おっとぉ!? 手が滑ったぁ~っ!』と言いながら偶然パイタッチしたら、おそらく紐がほどけて、さぞ素敵な光景が広がるに違いない。


 さらに視線を下げれば、芸術的な曲線を描く『くびれ』に、同じく縁を赤色で彩ったローライズのショーツがあり……うん。


 母ちゃん……俺を生んでくれてありがとう。



「あぁ、コレですか? コレは今日のミスコン用の衣装なんです。可愛いから、宣伝がてらに着てみちゃいました♪」



 そう言ってペロッ! と真っ赤な舌を出して、お茶目に「てへ☆」と笑う大和田ちゃん。


 その瞬間、見下ろすような形になっていた彼女の谷間がぷるぷると蠱惑的に揺れて……ほほぅ?


 どうやら大和田ちゃんは着やせするタイプらしい。


 実に素晴らし――




 ――チーン。




「んっ? この音って確か……うげっ!?」

「…………」



 店内を切り裂く軽やかなベルの音に引っ張られて、大和田ちゃんの谷間から視線を外すと、何故か眉根をしかめ、頬をぷっくりと膨らませた古羊が『コッチに来い!』と言わんばかりにベルを鳴らしていた。


 その表情は不機嫌そのもので……嫌だなぁ。行きたくないなぁ……。



「あの、大神せんぱい? さっきから古羊せんぱいが、ずぅぅぅぅっと、コッチを見ているんですけど?」

「ゴメンね、大和田ちゃん? ちょっと待ってて。すぐ終わるから」



 大変セクシャルな姿の大和田ちゃんに断りを入れてから席を立ち、スタコラサッサ! とふくれっつらのなんちゃってギャルのもとまで移動する。



「おまたせしました、お客様っ!」

「おしぼり、もう1つ持って来て!」

「かしこまりましたっ!」



 不機嫌な古羊にせっつかれて、慌ててバックに引っ込んで予備のおしぼりを持ってくる。



「おまたせしましたっ! 追加のおしぼりになりますっ!」

「ありがと。……ねぇ、ししょ――」



 と、古羊が何かを口にしようとした瞬間。




 ――チーン。




 とさっきと同じように、軽やかにベルが鳴った。


 見ると、今度は大和田ちゃんが満面の笑顔でベルを鳴らしていて、おっとぉ。



「ワリィ古羊。話ならまたあとでなっ!」

「あっ、ししょーっ!? ……むぅ」



 ぷくぅっ! と膨れる古羊をその場に置いて、とんぼ返りで大和田ちゃんのもとへ戻ってくる。



「ごめんね大和田ちゃん、待たせちゃったかな?」

「いえいえ。ナニを食べようかなぁ~? って考えてたので、全然待ってないですよぉ♪」

「ほ、ほんとに?」

「ほんとですってばぁ~っ! むしろ大神せんぱいの働いている所が見られてラッキー☆ みたいな?」



 そう言って大和田ちゃんは、しなだれるように、その剥き出しの肌を俺の身体にピトッ! と当ててきて……うほっ!?


 や、柔らかいっ!?


 色んなところが柔らかいよぉ!?



「働いている大神せんぱいも素敵ですね。ウチ、なんだか大神せんぱいのコトが――」





 ――チーン。チーン。チーン。チーンッ!





 大和田ちゃんの甘い声音を遮るように、またしても俺を召喚するあのベルが鳴る。


 えぇ、もう振り返らなくても分かります。彼女ですね。



「ごめん大和田ちゃん。ちょっと行ってくる」



 素早く席を立ち上がり、再び「むぅぅ……」と小さく唸る古羊のもとへ。



「おまたせしました、お客様っ!」

べにシャケ追加、今すぐにっ!」

「かしこまりましたっ!」



 すぐさましゃもじを握り締め、おひつからお米を取り出し、紅シャケと一緒に握っていく。


 きっと『どんどん握れっ! おにぎりRTA大会☆』なるものが存在したら、の追随を許さずブッチギリで俺が優勝していたコトだろう。


 それくらい高速でおにぎりを握り、今再び大和田ちゃんのもとへと舞い戻ってくる。



「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……。お、大和田ちゃん、おまたせ……」

「やっぱり働く大神せんぱいって、カッコいいですね~♪ ウチ、惚れ直しちゃいそう――」





 ――チンチンチンチンチンチンチンチ―――ンッッ!





「ああああァァァァぁぁぁぁ―――ッッ!?!?」



 間髪入れずに席を立ち、三度みたびなんちゃってギャルのもとへ舞い戻る。


 チクショウッ!? アイツ、俺に何か恨みでもあんのか!?


 心の中で悪態を吐きながら、ヤケクソ気味に頬をぷっくり膨らませる我が1番弟子に声をかけた。



「おぉぉぉまたせしましたぁぁぁぁぁ――っ! お客様ァァァァ――ッ! ご注文はっ!?」

「もう何でも頼んであげるから、ずっとココに居てっ!」

「お客さま、ここはホストクラブではありませんがっ!?」



 一体ナニが気にくわなかったのか、鮮やかに俺のお仕事を妨害し続ける古羊。


 流石に我慢の限界だったこともあり、古羊が傷つかないように、やんわりと苦情を入れてみた。



「あのさ、よこたん? ナニを怒っているのかは知らないけどさ? 意味もなく呼び出すのは勘弁して欲しいなぁ、なんて。一応さ、これもお仕事だからさ?」



 分かるでしょ? と、ふんわりふわふわスペシャルパンケーキ風に苦情を包み込みながら、ギャル子さんにプレゼント・フォー・ユーすると、古羊は気まずそうにコソッと俺から視線を外し。



「わ、分かってるよ? ししょーはただ純粋にお仕事を頑張っているコトくらい。で、でもっ! でもでもっ!? 大和田さん、妙にししょーに近いっていうか、ベタベタし過ぎっていうか……。も、もちろん、ししょーはただお仕事をしていただけだから、悪くないって分かってるんだよ? 分かってるけど……でも、だから、その……つまり……っ!」



 ぶわっ! 瞳から涙のシルクロードを作った古羊が、流れるようにその場で膝を折り、スマホのバイブレーションよろしく、全身を小刻みに震わせながら「あぅあぅあぅあぅああああぁぁぁぁ~~~~っっ!?」と今まで聞いたコトがない言葉で戦慄わななき、ガッツリと額を床につけて――




「誠に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!!」

「あぁっ、お客様っ!? 土下座は困ります、お客様っ!? お客様ぁぁぁ~~~っ!?」



 うわぁぁぁっ!? と土下座スタイルのままギャン泣きする古羊。


 その間にも大和田ちゃんの呼び鈴が『チーン♪ チーン♪』と鳴り響き、『なんだ、なんだ? 修羅場か? おぉっ?』と店に来ていた生徒達の好奇の視線が俺たちの身体を貫き、いつの間にかバックヤードに引っ込んでいたオカマたちの服装が、紙袋と純白のブリーフ1丁にシフトチェンジし『コッチに来いカス☆』と俺を手招きしていて……うん。



「どうして、こうなった……?」



 我がクラスの喫茶店名を小さくつぶやきながら、俺は居もしない誰かに助けを求めるように、天をあおいだ。

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