第8話 ガチムチナースとなんちゃってギャル

 ボーイ役の女子生徒に連れられて、おひつとおにぎりの具材を持って『指名』を受けたテーブルまで移動すると、そこにはよく見知った美少女が座っていた。


 ふわっ、と実に女の子らしい甘い匂いと共に、俺の存在に気がついたギャル子さんこと古羊が、弾けんばかりの笑顔で「ここっ! ここっ!」と、ふりふりと手を振ってきた。



「やっほー、ししょーっ! えへへ……遊びにきちゃった♪ ――って、なんで窓から飛び降りようとするの!? 意味分かんないよっ!?」

「見ないでっ!? こんな薄汚うすよごれた師匠を見ないでっ!?」



 瞬間、間髪入れずに近くの窓を全開にし、お空へロケットスタートしようとする俺の腰にガッツリとしがみつく、なんちゃってギャル。


 チクショウ、らしくもなく反応が速いじゃねぇかっ!?



「た、頼む古羊ッ!? 後生だから離してくれっ! おまえのその綺麗な瞳に、この俗世にまみれた汚いガチムチナースと化した俺を焼きつけたくないっ!」

「気にしないからっ! ボク、全然気にしないからっ! だから落ち着いて! ねっ!?」

「無理だっ! 知的でクールなナイスガイの俺が1番弟子の前でこんな、こんな……っ!?」

「大丈夫だからっ! というか、普段のししょーとそんなに変わってないよ!? だから安心して!?」



 それはそれで何とも引っかかるモノ言いである。


 普段の俺と今のガチムチナースの俺が、そんなに変わっていないだと?


 大丈夫かコイツ? 1度眼科に行った方がいいんじゃないか?


 その言い方じゃまるで、普段から俺が変態チックなコスチュームに身を包んでいるヤベェ奴みたいじゃないか。


 冗談じゃないっ!


 大体俺が古羊の前に現れる時は、基本制服か全裸、もしくは頭に紙袋を装着して、純白のブリーフ1丁になって……おやおやぁ~?



「あれあれ? よくよく考えてみれば……俺と古羊の歴史から見ても、この格好って結構普通だったりする?」

「うんっ、全然普通だよっ! むしろ、まともな部類に入ると思うよっ!」



 そう言って力強く断言する爆乳ギャル。


 確かに、改めて思い返してみれば、たかが女装。全然普通である。


 なんせこちとら、目の前の爆乳ギャルのパンティー(洗濯済み)を頭に被り、本人を目の前にパンツ1丁になった輝かしい経歴がある。


 あの実績に比べたら、女装なんて……はんっ! 


 まったく、俺は今までナニを恥らっていたというのか?



「ありがとう古羊、おかげで冷静になれたぜ」

「どういたしまして」



 あからさまに『ほっ』と安堵の吐息をこぼす古羊を尻目に、窓のふちにかけていた足をそっと下ろす。


 そのまま全開の窓を閉め、再び彼女をテーブルまでエスコートし、2人仲良く椅子に座り直した。



「改めまして、いらっしゃい古羊。よく来たな、こんなモンスターハウスに? ダニエルも驚いているぞ?」

『うわぁ~おっ!? ビックリするほど柔らかいヨ~っ!?』

「もう肉屋のダニエルさんはいいよ……。はやくスマホをしまってよ……」



 しぶしぶダニエルの声がするスマホを、ピッチピチのミニスカートのポケットに仕舞い込む俺。


 ついでに【おひつ】の蓋を開けると、もわっ! と白い湯気と共に、炊き立てご飯のイイ匂いが食欲に直撃した。



「わぁ~っ! お米1粒1粒が宝石みたいにキラキラしてるよぉっ!」

「それで? なに喰うよ?」



 歓声をあげる古羊のとなりで、用意したお手ふきで手をぬぐいながら、いつでも握れるように準備を進める。


「え~とね」と、古羊は少しの間だけ迷うような素振りを見せたが、すぐさまニコパッ! と頬に笑みをたたえて、



「それじゃ、ツナマヨでっ!」

「了解」



 俺は素早くしゃもじで【おひつ】からお米を取り出し、ツナマヨを混ぜてゆる~く握っていく。


 初めて【おっぱぶ】でパイパイを触る新卒社会人のような手つきで、優しく、されどコワレモノを扱うかのように繊細に握っていく。


 もちろんその間も、お客さんを楽しませるためのトークを忘れない。



「ところで朝からこんなゲテモノハウスに来て、クラス展示の方は大丈夫なのかよ?」

「うん。ボクのシフトは明日からだから、今日1日フリーなんだ。ところでししょー、その……メイちゃんは?」

「芽衣ならついさっき、ミスコン実行委員会に連れられて体育館に行ったぞ」

「そ、そっか……」



 心なしか、ほんのりと緊張しているように見える古羊の前に、握りたてのツナマヨおにぎりを置いてやった。


 どうぞ、おあがりよっ! と、どこぞの定食屋の息子のようなコトを口にするのだが、何故か一向にお口に運ぼうとしないなんちゃってギャル。


 うん? どうした?


 こんなゲテモノの握ったおにぎりなんざ、喰いたくねぇってか?



「あ、あのさ、ししょー? 今日って、なにか予定とか……ある?」

「今日? そうだなぁ、今日はお昼までおにぎりを握るコト以外は、特に予定はないなぁ」

「だ、だったらさっ!? お、お願いがあるんだけどっ!」



 やたら意気込んでいるのか、架空のイヌミミとシッポをピコピコさせながら、どこか必死にすら感じる勢いで俺に詰め寄ってくる古羊。


 まるで初めて出来た彼女を、何とかして家に招き入れようとする男子高校生のようなガッツキ方である。


 えっ、ちょっ、やだ……怖い。



「ぼ、ボクの男性恐怖症克服のためにも、その……今日の森実祭、一緒に周らない?」

「お、おぅ……。お昼からでいいなら、いいけど?」

「ほんとにっ!?」



 嘘を許さんッ! と言わんばかりに、俺の瞳をまっすぐ射抜きながら、ふがふがと鼻息を荒げてみせるなんちゃってギャル。


 そのあまりに必死な態度に、若干ドン引きしながらも、しっかりと頷いてみせた。


 途端にパァッ! と古羊の顔に桜の花が咲いた。



「約束だよっ!? 嘘ついたら針千本なんだからね!?」

「分かった、それじゃ胃腸薬を用意しとくわ」

「嘘つく気満々なの!?」



 古羊と軽口を叩き合いながら、俺は1人ひっそりと感心していた。


 こんな日にまで男性恐怖症を克服するための特訓をするだなんて、相変わらず努力家だなぁコイツ。


 こういうコツコツ頑張るタイプは素直に応援したくなるんだよなぁ、俺。



「そんじゃま、お昼は一緒に森実祭を周るとして、冷める前におにぎり喰っとけ?」

「あっ、そうだった……。いただきま――せん。あの、ししょー? 実はもう1つ、お願いがあるんだけど……」

「んにゃ? 今度はなんだ? 師匠のスリーサイズが聞きたいのか?」

「それはもう知ってるから、別に……」



 いや、なんで知ってんのおまえ?


 とツッコミを入れるよりもはやく、古羊がそのプルプルの唇を動かした。



「えっとね? お昼からの件なんだけどね? その……メイちゃんにはナイショにして欲しいの。……ダメ?」

「いや、それは構わねぇけど……なんで?」



 そう言えば、芽衣も同じようなコト言ってたっけ? と思いながら、古羊に話しの続きを促すと、何故か俺から視線を切り、言いづらそうに唇をもにょもにょさせながら。



「えっと、それはそのぅ……そうっ! メイちゃんをビックリさせたくてっ!」

「びっくり?」

「う、うんっ! ほらっ、ボク、いつもメイちゃんには迷惑をかけっぱなしでしょ? だからたまには自力で頑張って、メイちゃんを驚かせたいなっ! ……なんて思ったり、思わなかったり」



 何とか聞き取れる声量でゴニョゴニョと喋る古羊の横で、俺は1人「なるほど」と納得していた。


 きっと古羊は芽衣の負担にならないように気をつかっているのだ。


 そして芽衣は古羊の負担にならないように気を遣っている。


 そういえばと思い返してみれば、大体俺と古羊が2人っきりで出かけようとするときは、親友が心配なのか、必ずと言っていいほど俺たちにくっついて、一緒に行動しようとする芽衣。


 その逆もまた然り。


 女の子に慣れるために芽衣と2人でおでかけすれば、申し訳ないのか、必ず俺たちの背後をストーカーよろしく尾行してくる古羊。


 お互いがお互いを想いあっているが故に、負担になってしまっているんだ。


 そう考えたら、芽衣の言っていたコトにも辻褄(つじつま)があう。


 まったくコイツらは、どこまでお人好しなんだか……。


 心の中で苦笑を浮かべながら、俺はイタズラ小僧のように、にししっ! と口角を引き上げた。



「よし、わかった。なら芽衣にはナイショな?」

「ッ! う、うんっ! メイちゃんにはナイショだねっ!」



 2人して人差し指を唇の前に持って行き、にっしっし♪ と笑っていると、ボーイ役の女子生徒が「大神」と俺の名を呼んできた。



「接客中のところ悪いんだけど、もう1人『指名』が入ったから、おにぎり握ったらソッチにも行ってくんない?」

「おっとぉ、人気者はツライぜ。スマン古羊、ちょっと席を外してもいいか?」

「うん。おにぎり食べてるから、気にしなくていいよ?」



 そう言って俺が握ったゆる~いツナマヨおにぎりをパクつくなんちゃってギャル。


 そんな彼女にボーイ役の女子生徒は「誠に申し訳ありません」と頭を下げた。



「よろしければ、空いているオカマをお呼び致しますが? いかがしましょうか?」

「だ、大丈夫です。ゆっくりおにぎりを食べながら、ししょー……オオカミくんを待ってるので」

「そうですか? かしこまりました。では――」



 ボーイ役の女子生徒は懐から銀色の小さなベルのようなモノを取り出すと、古羊の前にコトリッ、と置いてみせた。


 なにコレ? と古羊と2人して首を捻っていると、ボーイ役の女子生徒は相変わらず凛々しい表情で、



「もし急ぎの用件などがあれば、こちらのベルを鳴らしてください。すぐさま大神が駆けつけますので」

「わ、分かりました」

「あっ、俺が駆けつけるのね……」



 当たり前だろカス? といった目でボーイ役の女子生徒に睨まれる。


 なんとも釈然としないが……まぁ古羊を他の野郎共に接客させるのは俺としても何か嫌だったし、別にいいんだけどね。



「それでは失礼します。――ほら行くぞ大神カス、キリキリ歩け」

「ウッス姉御っ! そんじゃま、行ってくるわ」

「うん、行ってらっしゃい。……わわっ! い、今の新婚さんぽかった! 新婚さんぽかったよ!」



 なんかよく分からんが「きゃ~っ!」と上機嫌に身体をくねらせる古羊をその場に置いて、ボーイ役の女子生徒と共に別もテーブルへと移動する俺。



「ところで、俺、誰に『指名』されたの?」

「大神も知ってる超大物1年生よ」

「俺の知ってる1年生? それは女の子かい? 1年生の女の子の名前とプロフィールは新学期初日に頭に叩き込んだから、全員知ってるけど? 野郎は知らんが」

「相変わらずキメェなコイツ……なんでこの男を『指名』したんだろう、あの?」



 ボーイ役の女子生徒が勤勉な俺を賞賛していると、その足が『とある』テーブルの前でピタリと止まった。


 どうやらココが新しい俺の担当エリアらしい。



「お待たせしました、お客様」

「ご指名ありがとうございます。あなたのお耳の恋人、大神士狼で――えぇぇぇぇぇぇっ!?」



 ボーイ役の女子生徒と同じく下げようとした頭が、逆に大きくのけ反った。


 俺の視線の先、そこには古羊に匹敵するであろう美少女が、水着姿でちょこんと笑顔で座っていた。


 別に彼女の水着姿に驚いたワケではない。


 いやまぁ、ソレにも驚いたが、問題はそこじゃない。


 な、何故あなた様が俺を『指名』し……?




「うわぁ~~っ! 本物の大神せんぱいだぁっ!」




 俺を見るなり、甘えた声でキャピキャピ☆ し始める美少女。


 ふわふわのウェーブがかったピンク色の髪に、整った容姿。


 ほっそりとした身体に、出るところは出ている女の子らしい身体つき。


 俺はこの娘を知っている。


 今年入学した1年生で、我が残念な親友の恋人、司馬葵ちゃんと並んでその人気を二分にぶんしている超大型ルーキー。


 そう、このの名前は――ッ!




「お、大和田……信菜のぶなちゃんっ!?」

「えぇ~っ!? うっそ~っ!? ウチの名前を覚えてくれてるんですかぁ!? メチャンコ嬉ピーですぅ!」




 そう言って1年生きっての美少女、大和田信菜ちゃんは、きゃるる~ん☆ と水着姿のまま笑みを深めた。

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