第26話 やはり羊飼芽衣は『女神』である

「アタシは化学部室を見て回るから、洋子は教室、士狼は昇降口へ行って宇佐美さんが帰っていないか確認して。わかったら連絡よろしく!」

「よっしゃ! 任せろ!」

「う、うん! わかったよ!」



 芽衣の合図を号令に、それぞれ校内へと散らばる俺達。


 俺は言われた通り昇降口へと移動し、うさみんの下駄箱を確認する。


 上靴は……無い。


 ということはまだ校内に居る。


 そのことを2人にラインで知らせ、俺も迷える子ウサギを捜索するべく校内を駆けだした。


 1階から3階までくまなく探すが、うさみんの影すら見つけることが出来ない。



「マジでどこ行ったんだよアイツ……」



 こうなれば以前古羊が使用した『人間の嗅覚を警察犬並みにする』アイテム、通称『私、嗅覚は平均値でって言ったよね!』を使って探した方がはやい気がする。



「……って、最初からそうすればよかったんじゃん!?」



 何となしに言った言葉がまさかヒントになるとは! 


 ほんと自分で自分を褒めてやりたい。やるじゃん、俺♪



「うさみんが姿を消して15分。もうなりフリ構っていられねぇっ!」



 すぐさま科学室へと移動するべく、廊下を駆ける。


 あっという間に科学部室まで移動した俺はドアノブを回そうとして、ハタッ、と気がつく。



「いや俺、鍵持ってないじゃん!?」



 ここに来てまさかの致命的なミス発覚! 


 どうする? 元気に鍵を借りに行くか? って、今はアイツと喧嘩中だから借りに行くにも行きづらいし……マジでどうしよう!?


 と1人頭を悩ませていると。




 ――カチャリッ。




 と、ドアノブが回った。



「へっ? あ、開いてる……?」



 何故か鍵のかかっていない科学部室。


 もしかして元気が施錠し忘れたのだろうか?


 まぁどっちにしろ都合がいい。


 これで元気の発明品が使えるわけだ。


 俺は勢いよく科学部室の扉を開けて……固まった。


 なんせそこには、俺たちのお目当ての人物が行儀よく座って天井をあおいでいたから。



「うさみん……おまえこんな所に居たのか」

「1号……? ど、どうしてここに……?」



 虚空を見つめていたロリ巨乳の視線が俺とかち合う。


 一瞬だけ呆けた顔を浮かべる彼女であったが、すぐさま思い出したかのようにニパッ! と顔に笑顔を張り付ける。


 だがやはりどこか偽物じみた笑顔のため、奇妙な違和感を覚えて仕方がない。



「どうしてって、おまえを探し回っていたからに決まってんだろうが?」

「ワガハイを? ……あぁっ、なるほどのう。どうやら、いらぬ心配をかけたようじゃな」



 申し訳ない、と困った顔を浮かべるうさみん。


 その少しでも近づいたら消えて無くなってしまいそうな雰囲気に、体がすくむ。



「ワガハイなら心配しなくても大丈夫じゃ。確かに猿野に嫌われたのはショックではあったが、我を見失うほどではなかったし、何なら『あぁ、こんなもんか』とすら思ったくらいじゃからな」

「こんなもんかって、おまえ……」



 違うだろ? 


 そうじゃないだろ?


 そう言ってやりたいのに、唇が全然動かない。


 普段は余計なことばかりペラペラしゃべるくせに、肝心なときに役に立たない自分に腹が立つ。


 何か言え!


 何でもいい、何か喋れ!



「う、うさみん」

「――そうですか。では宇佐美さん、わたしと勝負してみませんか?」



 突然背後から聞こえてきた鈴の音を転がした様な声音に、俺とうさみんは弾かれたように振り返っていた。


 俺達の視線の先、そこには。


 科学部室の前で額に大粒の汗を滲ませた、我が校の誇る生徒会長さまがそこに居た。


 猫かぶりの女神さまがそこに居た。


 羊飼芽衣が、そこに居た。



「勝負、じゃと?」

「はい、勝負です。わたしが勝ったら、1つだけわたしの言うことを聞いてもらいます」

「……ならワガハイが勝てばどうなる?」

「もうこれ以上、わたしたちがあなたに介入することはありません。約束します」



 その勝負とやらに絶対の自信があるのか、芽衣はやけに強気な態度でうさみんに発破をかける。


 もう全てがどうでもいいのか、うさみんは投げやり感のある口調で「いいじゃろう」と小さく頷いた。



「ありがとうございます」

「御託はいいのじゃ。それで? その勝負とは一体何をするのじゃ?」

「難しいことではありません。ただ、わたしの質問に全部『平気だ』と答えてくれるだけで構いません」

「……それは勝負になるのかえ?」

「やってみれば分かりますよ」



 おい芽衣! と声をかけようとした矢先、視線だけで「任せてくれ」とお願いされる。


 その異様な迫力を前に、俺は彼女を信じて引き下がるしかなかった。



「では始めましょうか。宇佐美さん、あなたはトマトは好きですか?」

「平気じゃ」

「ならあなたは昆虫を触れますか?」

「平気じゃ」

「ならあなたは……猿野くんに嫌われて平気ですか?」



 ピタッ、とうさみんの言葉が止まった。


 うさみんは不服そうな視線を芽衣に向け、なんとも忌々しい者を見る眼つきで睨みつけた。


 が、芽衣はそんな視線など、どこ吹く風と言わんばかりにシレッとした態度で、



「どうしたんですか? 平気だって答えてくれないんですか?」

「……貴様、存外性格が悪いんじゃのう」

「あら、今さら気がついたんですか?」



 クスクスと底意地が悪そうに笑う芽衣。


 きっとコイツの前世は悪役令嬢だったに違いない。


 そんなイジワル令嬢を前にうさみんは余計に眉根をキッ! と寄せ、烈火の如く瞳を吊り上げる。



「どうします宇佐美さん? このままではわたしの勝ちになりますけど?」

「~~~~ッ、平気じゃ! まったくもって平気じゃ!」



 言った瞬間、うさみんはすごく苦しそうな顔を浮かべた。


 それでも芽衣の質問は止まることはなかった。



「猿野くんに無視されるのは?」

「へ、平気じゃ」

「猿野くんとお話することが出来なくなっても?」

「平気、じゃ……」

「猿野くんと一緒に居られなくなっても?」

「…………」



 とうとう彼女の口から「平気」という言葉が聞こえなくなる。


 別にこれは芽衣に言わされているだけで、うさみんの本心と思う人間はこの場所には居ない。


 だというのに、うさみんは「平気」という言葉を使うのを酷く躊躇(ためら)った。


 それの無言の意味する先の答えなど……いくらバカの俺でも分かるというもの。


 コイツは、本当は……。



「猿野くんに彼女が出来て、どうでしたか?」

「……やめろ」

「猿野くんが他の女の子とお話していても、いいんですか?」

「やめろと言っておる……」

「猿野くんが他の女の子を好きになっても、いいんですか?」

「やめろと言っとるんじゃ!」



 うさみんの金切り声が、この場にいる全員の鼓膜を激しく震わせた。


 芽衣はそんなうさみんの心の鎧から、本当の『彼女の気持ち』を取り出すべく、あえて再び口をひらいた。



「宇佐美さん、もう1度聞きます。猿野くんに嫌われても、平気ですか?」

「平気……なわけないじゃろうが!」



 気がつくと、うさみんは大粒の涙をポロポロと流していた。


 それはまるで彼女の心の鎧が涙となって剥がれ落ちるかように、1枚、また1枚と頬を伝い落ちていく。


 全ての鎧が剥がれ落ち、残ったのは剥き出しの「宇佐美こころ」という少女だけ。


 そこには普段の尊大な態度な少女おらず、年相応に悩み、傷つき、葛藤する女の子がいた。



「嫌いなワケがないじゃろう! ずっとずっと好きだったんじゃ! 一生分の人生を賭けるくらい大好きだったんじゃ!」



 その心の叫びを芽衣は真正面から受け止め、彼女の華奢な身体をきつく抱きしめた。



「嫌じゃ、嫌じゃ! 嫌われとうない、猿野に嫌われとうない!」

「どうやら勝負はわたしの勝ちのようですね。では約束通り、1つだけわたしの言うことを聞いてもらいましょうか」



 泣きじゃくる彼女の背中を優しく撫でながら、子どもをあやすような声音で静かに口をひらく芽衣。


 きっと芽衣はずっと考えていたのだ。


 どうすれば彼女を救ってあげられるのか、どうすれば1人悲しく震えている女の子を助けることが出来るのか。


 だがそんなこと、本当は考えるまでもなかったんだ。


 うさみんを救う方法なんて、最初から分かりきっていた答えなのだから。


 だから芽衣は、実に簡単に、あっけらかんとその答えを口にした。



「猿野くんと仲直りしましょう。みんなで『ごめんなさい』して、一緒に怒られれば怖くないハズです」

「お、お姉さま……。うぁ、うあぁぁぁぁああああ~~~~ッッ!?!?」



 涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、うさみんは芽衣に抱き着いてわんわんと泣き続ける。


 芽衣はそんな彼女が泣きやむまで、ずっと文句の1つもあげることなく、ただただギュッ、と抱きしめ続けた。

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