第14話 負け犬のブルース

「うぅ……こんな仕打ち、あんまりだよぉ」

「お、落ち着いてください宇佐美さん! まだ戦いは始まったばかりですよ!」

「いや始まったばかり以前に、スタートラインにすら立てていないよね? 全然始まってすらいないよね? オープニングどころかアバンすら流れていないよね?」

「し、ししょーは余計な口を叩かないで!」



 バーサクモードのうさみんを、なんとかなだめること5分。


 ようやく正気を取り戻し、ざめざめと涙のシルクロードで頬を濡らすロリ巨乳を、ハリボテ虚乳が「頑張れ!」とばかりに鼓舞こぶする。


 巨乳を応援するだなんて……成長しなぁ芽衣。


 と俺が親戚のオジさんのような心持ちでほっこり♪ している間に、うさみんは折れかけていた矮小わいしょうな魂を何とか嫉妬の力で武装すると、グイッ! と乱暴に目元を擦った。



「ぐすんっ。もう大丈夫じゃ……ワガハイはまだ戦える!」

「よく立ち上がりましたね! それでこそわたしが認めた女の子です!」

「ここから挽回ばんかいしていこうね!」



 いやもう正直挽回は無理だと思うなぁ、俺は。


 ほら見てよ、あの2人の甘ったるくて胃もたれしそうな位のラブラブっぷりを。


 俺たちが割って入れるようなスペースはどこにもないぜ?


 というか、なんか見ていて腹が立ってきたんですけど?


 殴っていいかな? 1発全力で殴っていいかな神様?



「くぅぅぅぅっ!? ワガハイともあろう人間が、人前でこんな醜態しゅうたいさらしてしまうなんぞ……許さんぞ司馬葵っ!」

「いや、おまえが勝手に自爆しただけでは?」

「うるさいぞ下僕1号っ! 貴様はどっちの味方なんじゃ!?」



 ムキ―っ! と八つ当たり同然で俺に噛みついてくるパツキン巨乳。


 バカなチワワのようにキャンキャン吠えるうさみんに、微笑みを添えてやりながら俺は小さく肩を揺すった。


 俺が誰の味方だって? そんなの、最初から決まっているだろう?



「誰の味方でもねぇよ。俺は俺の味方だ」

「なにをちょっと『上手いこと言ってやったぜ、俺!』みたいな顔をしているんですか士狼? 全然上手くないですからね?」

「ししょー……」

「あっ、ちょ、やめて? そんな哀れみの籠った目で俺を見ないで? 泣いちゃう……」



 なんだか自分が壮絶にスベッたような気分になり、なんともやるせない気持ちが俺の胸を支配した。


 うぅ、恥ずかしい……穴があったられたい――違う、入りたい。


 と、頭を抱える俺を、我が校が誇るマッドサイエンティストは「付き合ってられん」とばかりに鼻で笑ってきた。



「はぁ、まったく。これだからバカのバカげた言動には付き合っていられんのじゃ」

「あぁん!? テメェ、バカをバカにすんなよ? バカだってなぁバカなりにバカな悩みかかえてバカらしく生きてんだぞ!?」

「ええぃ、バカバカ五月蠅うるさいわ!? このたわけがっ!」



 心の底から鬱陶うっとうしそうに、犬でも追い払うかの如く「シッ! シッ!」とアッチ行けとジェスチャーを送ってくるバカ日本代表候補。


 言い争ってもしょうがないので、これに乗じて「え~んママァ!」と心の中で泣き叫びながら古羊の胸にダイブ……しようとしたが、芽衣に肩コリごと粉砕せんばかりの勢いで肩を掴まれたのでやめておいた。



「くっくっくっ、幸せそうな顔をしおって司馬葵……。その顔がもうすぐ絶望のどん底に落ちるとも知らないで」



 うさみんは悪い笑みを浮かべながら、白衣のポケットから小さな小瓶を2つ取り出した。


 そのまま小瓶のフタを開け、赤色のラベルが貼られた錠剤を元気の飲み物に、青色のラベルが貼られた錠剤を司馬ちゃんの飲みかけのジュースの中にぽちゃんっ、と入れてしまう。



「よし準備完了じゃ。皆の者、この赤色のラベルの錠剤を口に含むのじゃ!」

「おいおい、今度はどんなヤベェ薬なんだ? エロマンガ媚薬か?」

「今そんなモノを飲ませて、あの2人に間違いが起こったらどうする!? ただでさえ交際しているという間違いが起きておるというのに!」

「いやそれ間違いでもなんでもねぇと思うけど?」



 というか現在進行形で間違いを犯している人間の言う台詞じゃない。


 うさみんにジトッ、とした冷たい視線を送っていると、話しが進まないとばかりに芽衣が口を挟んできた。



「そんなことよりも宇佐美さん、コレは何の薬なんですか?」

「うむっ、よくぞ聞いてくれたお姉さまっ! その薬は相手の考えていることがテレパシーとなって筒抜けになる薬じゃ!」



 よほど自分の作った薬を自慢したかったのか、その豊かな胸をふんぞり返しながら得意げな顔になるロリ巨乳。


 その瞬間、彼女のロケットパイパイが「ばるるん♪」と激しく揺れた。


 上機嫌なおっぱい、もというさみん。


 代わりに芽衣の視線にこれでもかと殺意が籠められる。


 ヤバい、ヤバい! 逃げてうさみん!? 超逃げて!



「この赤色のラベルの錠剤を飲んだモノは、青色のラベルの錠剤を飲んだ者の思考を読み取ることが出来るんじゃ!」

「つ、つまり今のサルノくんは、シバさんが頭で考えていることを知ることができるってことなのかな?」

「その通りじゃ古羊同級生! これであの小娘の思考回路は丸裸、最愛の彼氏の前で醜態をさらすがいい! そして本当の小娘の姿を知った猿野はワガハイと……ぐふふふふっ♪」



 耳まで裂けるくらいニンマリと微笑むパツキン巨乳。


 こんなスゲェ発明をこんなクソくだらない事に使用するなんて……どうして俺の周りには努力の方向オンチさんがこんなにもたくさん集まるんだろうか?



「ダーリン、ダリーン♪ ここで唐突に問題っす! 自分の好きな食べ物はなんでしょ~か?」

「おっ、ナゾナゾかいな? う~ん、秋サンマのカルトッチョ?」

「ぶっぶ~っ! 正解はぁ~……カレーでしたぁ~♪」

「こいつぅ~♪ この場でペロリと食べちゃうぞぉ~♪」

「キャ~♪」



 人目もはばからずイチャイチャし続ける我が親友から目を逸らす。


 見とぉない……あんな元気の姿、見とぉなかった!


 やはり男というモノは、彼女が出来ると変わってしまうモノらしい。


 あぁ……罰ゲームでアマゾンと糸で繋がった洗濯バサミを、お互いの乳頭に挟んで乳首相撲(INローション)をしていた頃の元気アホが懐かしいぜ。



「おっ! 2人が薬の入ったジュースを飲んだぞい! さぁ皆の者、ワガハイたちも薬を飲んで小娘の醜態を見届けてやろうぞ!」



 ひぃっひっひっひっひ! と魔女のような底意地の悪い笑い声を出しながらパクッ、と錠剤を飲みこむうさみん。


 それに続くように俺達3人は躊躇ためらいがちに錠剤をゴクリッ、と飲み込んだ。


 すると不思議なことに、司馬ちゃんの可愛らしい声が、頭の奥から警報を鳴らすかの如く、唐突に響いてきた。




(はぁ~、ダーリンしゅき♪ 今日もカッコいいっす! しゅきしゅき♪ しゅきしゅきしゅきしゅきしゅき、だ~いしゅき♪)



「ああああぁぁぁぁアアアア亜亜亜亜――ッッ!?!?」

「た、大変だよ! ししょーがシバさんの発するラブコメの波動に当てられて、発狂しちゃったんだよ!?」

「なんで士狼が醜態しゅうたいを晒しているんですか……」



 司馬ちゃんの純度100%の「しゅきしゅき♪」オーラに、俺のピュアクリスタルがあっさりと許容限界値を超えてしまう。


 ちなみにどれくらいピュアクリスタルなのかと言えば、キスすれば子どもが出来ると本気で信じているくらいピュアクリスタル。


 やだ、めっちゃピュアクリスタル♪




(あのメガネの奥の理知的な瞳、ほど良く引き締まった筋肉、なんて添い寝したくなるようなドエロイ身体なんすかっ! 今晩は絶対に抱いてやるっすよ、ダーリン!)



「ああああぁぁぁぁアアアア亜亜亜亜――ッッ!?!?」

「お、落ち着いてししょーっ!? 深呼吸! まずは深呼吸だよ!」

「お、大人しそうな顔をして、意外と肉食系だったんですね彼女……」

「ふんっ、ただの盛りのついたメス猫じゃろうて。汚らわしい」



 司馬ちゃんの脳波から垂れ流されるピンク色の妄言に、気が狂いそうになる。


 や、やめてくれ司馬ちゃん! 俺のライフはもうゼロよ!?



「う、嘘だろ司馬ちゃん!? Jリーガーよりも、よっぽど必死に玉を追いかけ回してんじゃん!? そんなに必死に玉を追いかけるのは、スポーツ選手以外だと女子アナくらいなモノだよ!? 目を覚まして!」

「あぁ~、確かに女子アナってJリーガーとデキ婚したり、野球選手と合コンしたりするイメージがありますよねぇ」

「そう考えたら、奴らの本当の職業はアスリートなのかもしれんのぅ」

「納得しないでよ、みんな……」



 古羊の呆れた声を洗い流すように、司馬ちゃんの妄想が無理やり脳内に響いてくる。


 耳を塞ごうが、声を張り上げようが関係ない。


 強制的に脳内に届いてしまう司馬ちゃんの妄言。


 それはまさに、冷え切ったシチューを力づくで胃に流し込まされるかのような不快感で……も、もうやめてくれぇっ!?




(ふふふっ、ダーリンのあの逞しい肉体を●●して▼▼▼にして×××抜いたあげく、●●●●●を着てもらったうえで■■■チックなことを……ふひっ♪ ヤバッ、考えただけで濡れてきたっす❤)




「お、俺の司馬ちゃんが汚れていくぅぅぅぅぅ――ッッ!?!? いやぁぁぁぁぁッッ!?」

「別にししょーのモノじゃないよ?」

「どちらかと言えば猿野くんのモノですしね」

「放送禁止用語のオンパレードじゃな。ケダモノか、この女は?」



 やはりこんな不潔な女に猿野は任せておけんっ! と気持ちを新たにするロリ巨乳の脇で、ざめざめと頬を濡らすナイスガイ、俺。


 チクショウ! なんであんなにエロくて可愛い女の子が元気アホの彼女なんだよ!?


 一体なんて言って騙したんだアイツ!?


 ふざけやがって……今度は舌足らずな感じで「シロウ先輩しぇんぱい♪ しゅき♪」って言ってみろや! お願いします100円あげるからっ!



「俺のピュアピュアハートをここまで傷つけるだなんて……許さない、絶対に許さないぞ司馬ちゃん! 責任をとって俺と結婚して、古羊みたいな美人で可愛い優しい娘がいる温かい家庭を築いてやる!」



 もちろんキスで。



「か、かわいい女の子って……はぅっ!?」

「うふふ……冗談が過ぎますよ士狼?」

いふぁい痛いいふぁいっ痛い!? ふぉおふぃっふぁら頬を引っ張らないないふぇ!」



 顔を両手で挟んでポッ、と頬を赤らめる古羊。


「やんやん♪」と、照れたようにその熟れたお尻をフリフリ左右に振るうなんちゃってギャルを尻目に、むぎゅぅぅぅぅぅ~っ! と満面の笑顔で俺の頬を引きちぎりにかかる女神さま。


 ちょっ、芽衣ちゃん!? ムリムリ!? それ以上は伸びないから!


『ゴムゴムのほっぺた』はそれ以上伸びないから! 



「チッ、まったく五月蠅いぞ下僕1号。これだからメンタルの弱いクソ雑魚童貞モンスターは……。もっとワガハイように毅然きぜんとした大人な態度で――」

「マイハニー……ワイも大好きやで!」

「ああああぁぁぁぁアアアア亜亜亜亜――ッ!?」

「し、しまった!? 想い人の聞きたくない発言に、今度は宇佐美さんのメンタルがブレイクしてしまいましたよ」



 獣の如き咆哮をあげながら、流れるようにその場へ崩れ落ちる処女こじらせ金髪ロリ巨乳。


 まったくこの程度で発狂するだなんて、軟弱もいいところ――



「ダーリン……自分も大好きっす!」

「いいや、ワイの方が大大大好きやで!」

「違うっすよぉ! 自分の方が大大大大だ~い好きっすよ!」

「いやいや、ワイの方が大大大大大大大大大大好きに決まって――」



「「ああああぁぁぁぁアアアア亜亜亜亜――ッ!?」」

「ま、マズイよメイちゃん! 2人同時に発狂しちゃったよ!?」

「正気に戻りなさい2人とも! 人に戻れなくなりますよ!?」



 芽衣の焦った声が鼓膜を突き抜ける。


 が、そんなことはもうどうだっていい。


 そうどうだっていいのだ。


 俺がどうなったっていい、世界がどうなったっていい、だけど元気は……せめてあの元気アホだけは……絶対にぶん殴る!


 某ファーストチルドレンのようなことを考えながら、うさみんと共に思考をビーストモードへと移行させる。


 さぁ、祭りの始まりじゃぁぁぁぁぁぁっ! 心火しんかを燃やしてブッ潰しちゃうぞ~♪



「くっ!? どうやらここまでのようですね……洋子! 戦略的撤退です! 退路を確保してください!」

「わ、わかったよメイちゃん!」

「それからそこで暴走している宇佐美さんを引っ張ってあげてください。わたしは士狼を連れて行きますから」

「ず、ズルいよメイちゃん! ぼ、ボクもししょーがいい!」

「洋子には士狼を引っ張るだけの体力がないでしょうに。いいから宇佐美さんを捕まえてください、はやく!」

「うぅ~……」



 不満タラタラな様子でロリ巨乳の小さな手を握る古羊。


 それと同時に芽衣の柔らかい手がぎゅっ! と俺の手を包み込んだ。


 あっ、ちょっと気持ちいいかも……。



「撤退しますよ士狼。嫌だと言っても無理やり連れて行きますからね?」

「メイちゃん! 準備完了だよ!」



 古羊の声と共に「生存戦略ぅぅぅぅっ!」と叫びながら喫茶店を後にする俺達。


 結局今回のストーキングは俺とうさみんに多大な精神的ダメージを負わせるだけではなく、元気と司馬ちゃんの絆を深める手助けをしてしまう散々な結果となってしまったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る