第4話 ようこママにおまかせ♪

「ほぇ~。それじゃ、ししょーとメイちゃんの所は『おにぎり屋さん』で決まったんだね?」

「まぁ、何か作為的な力が働いたような気がしなくはないんだけど、一応ね。……ねっ、士狼?」

「な、なんだよ? やっぱり『ノーパンしゃぶしゃぶ喫茶』の方が良かったか?」

「んなワケないでしょうが。相変わらずデリカシーの無い男ねぇ」

「あ、あはは……。まぁ、ししょーだし、しょうがないよ」



 我らが2年A組の出し物が決まったその日の放課後。


 最近、彼女たちのまり場になりつつある俺の部屋で、芽衣と共に古羊が作ってくれたクッキーをモグモグと咀嚼そしゃくしながら、俺はロングホームルームでの1件を語っていた。



「でも意外だなぁ、ししょーのコトだからてっきりもっと過激な案でも出すのかと思ったよ」

「『ノーパンしゃぶしゃぶ喫茶』も大概だけどね」



 そう言いながら、ぐでー、と俺のベッドに寝転がる芽衣。


 完全にリラックス状態である。


 野生を忘れた野良猫のようにゴロンッ、と仰向あおむけで転がる芽衣。


 途端に超偽乳パッドで盛り上げられたお乳様がふにょん♪ と潰れ(どういう技術なんだろう、アレ?)、女神さまの形のいいヒップラインがスカート越しから如実に浮かび上がって……ほほぅ?



「もうメイちゃん! はしたないよ?」

「いいじゃない別に、ここにはアタシたちしか居ないんだし……って、おいコラ? なにスカートの中を覗こうとしてんだ、このスケベ?」

「ハッ!? いつの間に!?」



 気がつくと、体が勝手に芽衣のパンチラという名のドラマを鑑賞しようと彼女の足先へと移動していた。



「いつの間にじゃないわよ、堂々と移動してたじゃない。このドスケベ」

「……ししょー?」



 とうとう『スケベ』から『ドスケベ』にジョブチェンジが完了してしまった。


 ちょっと古羊さん? そんな濁った眼で俺を見ないでくれません? 同級生に向ける目じゃないですよソレ?



「ご、ゴホンッ! そ、そんなコトよりもっ! 古羊のところはナニを出店するつもりなんだよ?」

「露骨に話題を逸らしてきたわね、この男」

「……ししょーのすけべ」

「さぁ、ナニを出店するつもりかなぁ!?」 



 2人の責める視線を打ち消すように声を張り上げると、ベッドで寝転がっていた芽衣が唐突にスクッ、と起き上がった。



「あっ、ごめん。アタシちょっとお化粧なおしてくるわ」

「化粧? 別に俺らだけなんだから、気にすることねぇのに」

「……これは『トイレに行ってくる』って言う隠語よ、バカ。それくらい察しない、このデリカシーナシが」

「デリカシーナシ男……」

「ま、まぁまぁメイちゃん。落ち着いて、ね? ししょーもセクハラしちゃダメだよ?」

「したつもりは無かったんだけどなぁ……」



 軽く肩を竦めながら部屋を出て行く芽衣。


 部屋に取り残された俺と古羊は、気を取り直すようにストリートに居そうなモンスターのごとくモグモグとクッキーを頬張りながら、改めて雑談に華を咲かせた。


「それで? 古羊のところの出し物は一体なんなワケ?」

2年C組ウチは『ママみ喫茶』をやるんだって」

「えっ、なにそのごうの深そうな喫茶店名は?」


 この国の闇を、というか『み』を凝縮したような喫茶店に、ドン引きを隠せなかった。



「あっ、『ママみ』って言ってもししょーには分からないか。えっとね、ボクもよく分かってないんだけどね? 実行委員の男の子が言うにはね? 母性溢れる女の子に甘える喫茶店にしたいんだって」



 古羊も自分で言っていてよく分かっていないのか、頭の上に感嘆符を浮かせながら、小首を傾げていた。


 とりあえず分かったことは、2年C組の中にヤベェ奴が居るということだけハッキリと分かった。


 う~ん、出来れば古羊にはそういったやからとは付き合って欲しくないんだけどなぁ。


 なんて考えていたせいで沈黙してしまう俺。


 ソレをどう受け取ったのか、古羊はやけに難しい顔で「う~ん」と唸りながら、



「やっぱり言葉だけじゃ分からないよね。よしっ! それじゃ1回実践してみるよっ!」

「実践?」

「うんっ! 今からボクがししょーのママになってあげるね!」



 と無知なうえにムチムチな身体をした古羊が、ニッコリと微笑んだ。


 おっとぉ? そこはかとなく、犯罪の香りが立ち込めてきやがったぞぉ?


 大丈夫かコレ?


 同級生に赤ちゃんプレイをさせるのは流石にヤバくないか、人として? 


 というか、東京都から俺を抹殺するために刺客とか放たれて来ないかな?


 クソッ! 東京都の動きが気になって仕方がねぇぜ!?



「おいで、ししょーっ! ボクがヨシヨシしてあげるよ!」

「いやあの古羊さん? ちょっと俺の話を聞いてくれませんか?」

「ししょー? あっ、そっか、そっか! お母さんっぽい言葉づかいにしなきゃね!」



「いやそういう意味じゃなくて」と俺が困惑した顔を浮かべていると、古羊はスカートの丈から覗いているムチムチと柔らかそうな太ももをポンポンと優しく叩き、




「ほらっ、ママのところへおいで『しーちゃん』? 今日はたくさん甘えてもいいんだよ?」




 母性溢れる笑みでそう告げる古羊。


 まったく、俺はもう高校2年生なんだぜ? 


 今さら「ママぁ~♪」って言いながら甘えるなんて……ふっ、硬派な俺がそんなことをするワケがないだろう? 常識的に考えて。


 だから俺は母性の塊のような笑みを浮かべる古羊に、毅然きぜんとした態度でハッキリと言ってやった。




「はぁ~い、ママぁ~♪」




◇◇




「えぇ~ん、聞いてよママぁ~っ! 男みたいな胸をしたハリボテ(笑)女に毎日いじめられるんだよぉ~っ!」

「よしよし。大丈夫だよ、ママがしーちゃんを守ってあげるからねぇ」



 ぷにぷにと柔らかい古羊ママの太ももに全力で頬ずりしながら、よしよしと頭を撫でで貰う。


 それだけで脳内麻薬がどっぴゅどぴゅ♪ と分泌されて……あっ、ヤバい。ヤバいわコレ。


 思った以上にヤバい……ハマる。



「ほぉら、しーちゃん、よしよ~し」

「ママぁ、もっともっとぉ~っ!」

「もうしーちゃんは甘えんぼさんだねぇ」



 神に懺悔するかのごとく、古羊ママの太ももに鼻先を埋(うず)める。


 それだけでとんでもねぇ多幸感が俺を襲い、何故かストレ●チ・パワーが下半身ここに溜まっていくのを感じる。


 まるで底なし沼のような安心感に、IQがガンガン下がっていくかのようだ。


 こんなのもう……ダメでしょ? 太刀打ち出来ないでしょ?


 もう完全にお手上げ宣言である。


 『ママみ』に対してガンジー宣言。


 甘やかされるままに無抵抗。


 もはや戦術は武田ですよ。


 心地よいことそよ風のごとし、癒されること林の如し、萌え続けること火の如し、そして股間は山の如し。


 これぞ『ママみ』の風林火山っ!



「(ガチャリッ)お待たせ2人とも。ところで士狼? 今さっきリビングで蓮季はすきさんと会ったんだけど――」

「はいしーちゃん、よちよ~ち♪」

「ようこママのよちよち……ちゅき♪」

「……ごめんなさい、部屋を間違えました」



 バタンッ、と無情にも閉まっていく自室の扉。


 アカンッ! あの顔は絶対に俺が幼児退行プレイを楽しんでいる変態だと認識している顔だ!


 このままじゃ芽衣の中で俺のあだ名「赤ちゃんクソ野郎」に確定してしまう!


 瞬間、俺は電光石火の速さで扉まで近づくなり、引き返そうとする芽衣の手首をガッチリと掴んだ。



「待ちゅでちゅ芽衣ちゃんっ!? 誤解でちゅっ!」

「いや誤解も6階もないでしょ? 絶対に正解でしょ? ファイナルアンサーでしょ? 完膚なきまでに大正解でしょ? むしろ、なんでその口調で是正ぜせいできると思えたわけ?」



 完全に冷めきった瞳で辛辣しんらつな言葉を口にする芽衣。


 気のせいか、俺が言葉を発するたびに心の距離が離れていっている気がしてならない。



「テメェ、自分が普段俺らがドン引きするようなことをしている癖に、今さらこの程度で引くなんて理不尽だぞ!」

「その言い分の方が理不尽だわ。だいたい同級生に赤ちゃんプレイを要求する方がおかしいのよ! 普通にキモいから、いやマジでっ!」

「なんだとぉ!」

「なによぉ!」



 バブバブ、オギャオギャと気がつけば芽衣と醜い言い争いに発展していた。


 残念ながらどちらも退く気は無いようで、キス出来る至近距離で睨みあう俺たち。


 そんな仁義なき戦いに終止符を打つかのように、古羊が両手をパンパンと鳴らした。



「はいはい喧嘩はめーですよぉ? 大丈夫、ママが2人まとめて面倒みてあげますからねぇ」

「「……えっ?」」




◇◇




「えぇ~んママぁ! 女の子が全然しーちゃんのことを好きになってくれないよぉ!」

「大丈夫だよぉ、ママはしーちゃんが大好きだよぉ」

「聞いてよママぁっ! どんなに頑張ってもおっぱいが大きくならないんだよぉ!」

「心配しないでメイちゃん。希望は残されているよ、遺伝的に考えればね」



 10分後。


 気がつくと俺は、芽衣と2人仲良く一緒にようこママの膝に抱き着いて、いや泣きついていた。



「あっ、ヤバい。コレは本当にヤバイわ……ハマるわ」

「芽衣ちゃんも、ようやく分かってくれまちたか」



 2人仲良くニッコリと微笑み合う。


 やはり人間はどんなにいがみ合っていても、最後には分かり合える生き物なんだぁ、と痛感した瞬間だった。



「ほら2人とも、もっと甘えいいんですよぉ?」

「「ばぶぅ~♪」」



 ようこママの慈愛の瞳を一身に受けながら、自然と言語中枢が退化していく。


 なるほど、これが原始回帰というモノか……。


 そりゃグラ●ドンさんもカイオ●ガ先輩もゲンシに戻りたくなるワケだ!


 と完全に気を抜いていたがために、自室の前でドン引きしている女性の存在に気づくのが遅れてしまった。



「……何してんだアンタたち?」

「あっ、母ちゃん。おかえり」

「よくその体勢で平然と挨拶が出来るなキサマ? 我が息子ながら末恐ろしいわ……」



 そこには約数週間ぶりの再会となる我が家の大黒柱、大神おおかみ蓮季はすきママ上が頬を引きつらせて立っていた。



 久しぶりに再開する息子を前に、母ちゃんの瞳は何故か虫ケラを見るように冷たかった。

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