第3話 この素晴らしい学園祭に祝福をっ!

「――さて、それじゃ先生は一旦職員室に戻るから、その間に文化祭の出し物を決めておくように。今年の文化祭実行委員は……熊本か。あとは頼むぞ?」

「は~い、任せてくださ~いっ!」

「うむ、任せた。……あっ、そうだ。みな分かっているとは思うが、くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・もっ! 問題は起こさないように、な?」



 連絡事項の伝達を終えた我らが担任ヤマキティーチャーは、そのはち切れんばかりの筋肉を膨張させながら、何故かまっすぐ俺を見ているような気がしてならない。


 その視線は妙に熱がこもっていて……おいおい?


 もしかしたら、惚れられたかもしれない。



「え~、文化祭実行委員の熊本萌美くまもともえみで~す。クラス展示を決める前に、いくつか実行委員の方から連絡がありま~す。まず――」



 ヤマキティーチャーと入れ替わるように教壇に上がった熊本女子を尻目に、野郎共だけで素早くアイコンタクトを飛ばし合う。


 分かっているな?


 分かっているとも。


 愉悦で歪みそうになる顔面に力をこめ、みな真顔で頷く。


 このロングホームルームの終着駅はただ1つ、その名も――



「……なにをニヤニヤしているんですか士狼?」

「えっ!? べ、別にニヤニヤなんてしてねぇけど!?」

「なんでそんなに焦っているんですか?」



 突然となりから声をかけられ、女子大学生のパンチラに遭遇したときのように心臓が大きく跳ねた。


 俺はいつもの知的でクールな微笑みを顔に張り付けながら、高鳴る心臓を誤魔化すように声のした方向に視線を向けた。


 俺の真横、そこにはついこの間、席替えによって俺のとなりの席へとやって来た『女神さま』こと羊飼芽衣の姿があった。


 芽衣はいつものように猫を被りながら、どこか呆れたような流し目で俺を見つめていて……



「な、なんだよ? 俺の顔がイケメン過ぎて見惚れてんのかぁ?」

「う~ん? 天井のシミ、なんだか増えてませんかねぇ?」

「あれれぇ~? 俺の声、聞こえてないのかな? アナザーディメンションかな? もしも~し、芽衣ちゃ~ん?」

「うるさいですねぇ、ロングホームルーム中ですよ士狼?」



 えぇ~……そっちから声をかけてきておいてソレですかぁ?


 なんだ、なんだ? ツンデレかぁ? デレはどうしたぁ?



「――というワケでぇ~、今回からぁ、3年生だけでなく1・2年も飲食店を経営できるようになりましたぁ~。あとぉ部活単位ぃ、もしくは個人等でステージ企画を行えるようになったんでぇ、そちらの方も興味があればぜひ参加してください~。それではぁ~、2年A組の出し物を決めていきまぁ~す。何か案のある方は挙手にてお願いしまぁ~す」



 熊本女子の妙に間延びした声がクラスに響いた瞬間、女の子たちが我先にとばかりに「はいはいはいはいっ!」と手をあげ始めた。



「占いの館とかどうかな!?」

「たこ焼き屋さんがやりたいっ!」

「えぇ~、絶対どっかのクラスと被るじゃ~ん!」

「ならならっ! クレープ屋さんとかどう!? 絶対たのしいよっ!」

「楽しそうだけど……でも準備とか大変そうじゃな~い?」



 きゃぴきゃぴ、きゃ~っ! と盛り上がるレディーたちに、思わず口角を緩んでしまう。


 かわいい~♪ 彼女たちにチャイナ服を着せたら、さぞプリティになることだろう。


 今しがた出た案をチョークで黒板に書いていく熊本女子。


 その間も野郎共は1人として微動だにしなかった。


 別にヤル気がないのではない、時期を見ているのだ。


 最高のタイミングで、最高の案を出す時期を。



「う~ん? 男の子の方で何か意見や案はありますかぁ~?」



 何となし、と言った様子で熊本女子が野郎共に声をかけた。


 ここだっ! このタイミングだ!


 刹那、野郎共は一斉に頷き合い、俺に熱い視線を送ってくる。


 任せろ、『肉を切らせて骨を断つ』作戦……開始だっ!



「はいっ!」

「はい大神ちゃん」



 先手必勝とばかりに、ビシッ! と垂直に手を上げる俺。


 途端に、何故か芽衣と熊本女子を除くクラスの女の子たちの顔色が曇った。



「えぇ~、大神ぃ~?」

「絶対ロクな案じゃないでしょ、ソレぇ~?」

「つぅ~か引っ込んでろよカス」

「お呼びじゃねぇ~んだよ」



 女の子たちの愛らしい唇から発せられる、罵倒のエレクトリカル・パレードが耳朶じだを打つ。


 まったく、人気者はツライな。


『やれやれだぜ』と某奇妙な冒険でお馴染みの承太郎さんのように肩を竦めながら、俺はレディーたちの期待に応えられるように、しっかりと胸を張って、元気よく熊本女子に言ってやった。




「『ノーパンしゃぶしゃぶ喫茶』とかどうですか?」

「「「「「はぁぁぁぁぁぁ――ッッ!?!?」」」」」




 熊本女子が板書をし終えるよりも速く、女の子たちの間から嵐のごときブーイングが巻き起こった。



「ふざけんなカスッ!? 死ねっ!」

「それ単にテメェが見てぇだけだろうが、このカスっ! 死ねっ!」

「マジありえないッ! エロエロ、ドエロっ! 死ねっ!」

「あーし絶対イヤだからね!? 死ねっ!」

「つぅか男はナニする気だよ!? 死ねっ!」

「ヘンタイ、くたばれ!」



 ズドドドドドドドッ! と女の子たちの言葉の弾丸が、俺の身体を打ち抜いていく。


 それでも俺の心は凪のように静かで、落ち着いていた。



『よくやったエージェント大神』

『あとはオレたちに任せろ』

『おまえの死はムダにはしない』



 口汚い女の子たちの集中砲火を一身に受ける俺に、クラスの男たちは涙を流しながら俺に敬礼してくる。


 その間にも、調子に乗ったガールズたちが、キャイキャイキャピキャピ盛り上がり続ける。



「そうだっ! いっそのこと『ホストクラブ』とかどうよ? あたし達が裏方に回って、男たちが表で頑張ればよくない?」

「だったらオカマバーでよくない? 絶対笑えるからっ! 大神の女装とか超ウケるよ、きっと!」

「確かにぃ~っ!」

「ホストっったら、よっぽどのイケメンじゃないと納得してもらえないもんねぇ」

「つぅか、ウチのクラスの男共の顔面偏差値はなんだよ? ここはジュラシ●ク・パークかっての!」



 もはや言いたい放題である。


 ちなみに芽衣に至っては関わり合いたくないのか、ニコニコと笑みを顔を貼りつけながら、イヤホンを片耳に突っ込んで音楽の世界へ亡命エグザイルしていたよ♪



「落ち着いてくださぁ~い。みなさん、落ち着いてくださぁ~い」



 熊本女子がヒートアップしていく女の子たちを止めに入る。


 その傍らで、俺たち野郎共はお気に入りのグラビアアイドルがTV出演したときのように全員ほくそ笑んでいた。


 ……これでいい。これがいいのだ。



 場が混沌こんとんと化したこの瞬間こそ、俺が、俺たちが狙っていた好機チャンスなのだからっ!


 全ての準備は今、整った!


 さぁ、勝利オワリを始めようかっ!



「はぁ~い、静かにしてくださぁ~い。う~ん、大神ちゃんの案は流石に採用できないかなぁ?」

「ほい、熊本はん」

「あら猿野ちゃん? どうしたのぉ?」

「なら『おにぎり屋さん』とかどうや? 準備も簡単やし、そんな手間ヒマかからんで?」



 元気がそう進言した瞬間、レディーたちの表情は一斉に曇った。



「なんか地味じゃないソレ……?」

「というか微妙……」

「でも大神の案よりもマシかなぁ……」



 そう言って微妙な表情をしつつも、お互いの顔を見合わせる2―Aのレディーたち。


 その雰囲気は『まぁ、別にいいか』といった柔らかいモノで……気がつくと男子全員、頬に力を入れてニヤけるのを必死に我慢していた。


 そう、これぞまさしく『肉を切らせて骨を断つ』作戦。


 またの名を『ハードルは高ければ高いほど、くぐり易い』計画である!


 まず俺が女子の心理的ハードルを底上げするようなコトを言い、その上がりきったハードルを、男子を代表して元気が『おにぎり屋さん』をたずさえて華麗にくぐり抜けていく。


 まさに完璧なチームワーク。


 そう、このロングホームルームの終着点はただ1つ。


 その名も『おにぎり屋さん』だ!


 おそらく多くの諸兄が、



『ハァ? なんで【おにぎり屋】なんだよダホハゼがぁ!? コスプレ喫茶一択だろ常考っ!』



 とか思っていることだろう。


 ふふふっ……甘い、ニートの考えより甘い!


 さぁみんな、考えてもみてくれ?


 現役女子校生がナマで握ってくれた、おにぎりを。


 現役女子校生のナマ握り……そこはかとなくエロスの匂いが立ち込めてきただろう?


 そしてここで重要になってくるのは、そうっ! エプロンである!


 今をトキメク、とれたてピチピチ♪ の現役女子校生が制服の上からエプロンを羽織っておにぎりを握ってくれる。


 ふふふっ、想像するだけで絶頂しそうだろう? 俺もだ。


 とくに我が大神家ではエプロンという名の扇情増強装置サブティカル・エロ・アイテムを身につける習慣がないので、余計に魅力的に見えて仕方がない。


 なんせパパンは私服姿のままじゃっじゃかフライパンを振るうし、ママンは『ひっひっひっひっ!』と魔女のようなうめき声をあげながらプロテインを調合している。


 もちろん俺もエプロンなんて小洒落こじゃれたアイテムを身に纏うことなく、半裸のまま鼻歌混じりにウッキウキ♪ でコンニャクに切り込みを入れているし、姉に至っては全裸ですらある。


『そんな装備で大丈夫か?』と聞くこともなければ、聞かれることもない。


 というか姉に至っては装備していない。


 おいおい……なんだよあの人は? 前世はアマゾネスさんかな?



「『おにぎり屋さん』ね……うん。それじゃ、他に案のある方は居ませんかぁ? 無ければコレらの中から多数決で選ぼうと思うんですが、いかがでしょうかぁ~?」



 異議ナーシ、と女の子たちの可愛い声が耳朶を打つ。


 その瞬間、男子全員が前のめりでグッ! と拳を握りしめたことを、後世のためにここに記しておこうと思う。



「ではけつを取ろうと思いまぁ~す。『おにぎり屋さん』がいいと思う人は手を挙げてくださぁ~い」








 ――その日、森実祭における2年A組の出し物は、過半数の指示を得て『おにぎり屋さん』に決定した。

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