第1話 うる精やつら 

 優越感とは、劣等感を持つものが居て初めて成り立つ感覚である。


 人間とは愚かにも、誰かと比べたがる生き物で、自分よりも不幸な者を血眼になって探し、『自分はアイツよりもマシだ』と安心感を得たがる生物だ。


 俺個人の意見としては、三つ葉のクローバーを踏みつけて見つける四葉のクローバーに何の価値があるのか? とも思うが、『他人の不幸は蜜の味』という言葉が示す通り、世の中には他人様よそさまの不幸にこそ幸せを感じるやからが多く居るのも、また事実。


 その際たる例は、やはり『メディア』だろうか。


 芸能人然り、スポーツ選手然り、1度失敗すれば鬼の首を獲ったように叩かれる。


 それまでゴロゴロにゃ~ん♪ と媚を売っていたクセに、だ。


 自分よりも下の者は傷つけても問題ナシッ! とでも思っているのだろうか?


 ほんと最近の『メディア』には反吐が出そうになる。


 自分よりも劣っている者、失敗した者、問題を抱えている者……不幸な人たち。


 そういう人たちを見つけては、あざけり、笑い、人は貪欲にもわずかながらの優越感を得ようとするのだ。


 つまり逆説的に言えば、この世の中、不幸な人が居なければ幸せな人もまた居ないということだ。




 だから人々は負け犬を必死に探す。




 そんな世の中に絶望し、ただ無気力に生きる少年の前に、とある美少女が空から降ってくる。


 箒でフワフワと空を飛び、この世ならざる美貌を持った美少女は『こんにちはっ! わたしは魔法少女ですっ!』と素っ頓狂なことを言いながら、何故か少年と共に生活することになるのだ。


 そしてそんな彼女との生活の中で、少年は不幸の存在なくして得られる幸せの存在を知る。


 そう――『愛』という名の幸せだ。


 愛とは、誰しもが持っていて、誰をも幸せに出来る魔法の力なんだと。


 そのことに気づいた少年のモノクロの日常は、急速に色を取り戻していく。




 だが、彼は知らなかったのだ。




 彼女が何故自分のもとへやって来たのか。


 その理由を知ったとき、彼は世界の命運をかけた選択を迫られることになる。











「――っていう感じのアニメがあったら、面白くね?」

「あぁ、そういうオチかいな。開口一番に変な話をしてくるから、てっきりとうとうトチ狂ったんかと思ったで……」


 何故か辟易へきえきした様子でそう呟くのは、我が親友、猿野元気だ。


 エセ関西弁を巧みに使いこなす細マッチョは、ぐんにゃと体育館の壁に背を預けながら「おっ?」と声を弾ませた。



「今、古羊はんのブラがチラッと見えたわ」

「マジでっ!? どこどこっ!?」



 そろそろ湿った風と共に雨の匂いが立ち込め始める5月の下旬。


 気怠い午後の体育の中、選択授業ということもあり、2年A組とC組の生徒たちは、合同でバスケチームとサッカーチームに別れて授業を受けていた。


 体操服に身を包んだ仲間たちが、みな緩慢な動きで、やる気の「や」の字すら感じることなくトロトロとボールを追いかける。


 そんなまったりとした体育の中、親友と同じくバスケットチームに分類された俺、大神士狼は女の子のバスケを見物しながら、隅っこの方で彼女たちのハーフパンツに納められた『お尻』と言う名の大秘宝を見守る作業に没頭していた。



「ほら、あそこや、あそこ。1番奥のコートの……」

「あれかっ! ……クソッ、遅かったか。もう見えねぇっ!」



 忌々いまいましげに舌打ちを溢ししつつ、俺は気怠いお昼だというのに「待ってぇ~っ!?」と頑張ってボールを追いかける、なんちゃってギャルに視線を向けた。


 肩まで切りそろえた亜麻色の髪が、子犬のシッポのようにひょこひょこ揺れる。


 そのたびに、お胸のバスケットボールが右に左にとバルンバルン♪ 激しく飛び跳ねる。


 おかげで彼女が走るたびに見物していた野郎共が1人、また1人と前かがみになっていく。


 その姿はまさに神託を受け取る信者のようであり、中でも男兄弟に囲まれて育ち、いまだ女性との接点がゼロの坂下くんに至っては五体投地以外の何ものでもなかった。



「なんだあの走るバイオ兵器は? 最高かよ」

「ほんとナニを食べたらあんなに育つんやろうなぁ?」

「なっ?」



 決して太っているというワケでもなく、かといって痩せすぎているというワケでもない。


 引っ込むところは引っ込み、出るところは――それはもう慎ましく、されど激しく自己主張している。


 俺の胸元あたりまでしかない小柄な身体に、キュッ、とくびれたウェスト。


 そしてお胸に搭載とうさいされた2発の核弾頭。


 一体彼女はどこの頂きを目指しているのだろうか? 神の1手か?


 ぜひとも、そのまま健やかにスクスクと育っていただきたい。



「そういえばこの間、坂下が古羊はんに告白してフラれたみたいやで」

「マジかよ、アイツ超モテモテじゃん。今年に入ってもう何人目だ?」

「いやいや、モテモテ言うんやったら羊飼はんの方が凄いやろ?」



 うひぃ~っ!? 悲鳴にも似た声をあげながら、子犬のようにボールを追いかける古羊の脇を、素早いドリブルで抜き去る1人の影が俺の視界を横切った。


 ソイツ――羊飼芽衣は素早いステップでボールを奪いにきた女子生徒たちをかわしていくと、そのままアッサリとレイアップシュートを決めた。


 やったね! とチームメイトの女の子たちと笑い合うたびに、野郎どもの方から「おぉ~っ!」と感嘆とも歓声とも取れる声があがる。



「今のドリブル凄かったのぅ。ボールが手に吸いついとるようやったで」

「ほんとアイツ、なんでもそつなくこなすなぁ」

「やっぱ羊飼はんは別格やなぁ。ポニーテールも可愛いし……まぁハニーのポニーテールの方が可愛いんやけどなっ!」



 元気の言う通り、普段は下ろしている夜のとばりのような綺麗な黒髪を、後ろで簡単に纏めている芽衣。


 それが新鮮に見えるのか、野郎共の半分の視線は芽衣に釘づけである。


 まぁそれもしょうがないと思う。


 なんせ見た目だけなら絶世の美少女だ。


 もはや現役のプロモデルかと思うほどのスラリとした身体。


 誰よりも白い顔は誰よりも小さく、見事にめられた大きな瞳は宝石みたいにキラキラしていて眩しい。


 もはや森の妖精と言われたら信じてしまいそうなほど美しい。


 まさに神に祝福されて生まれてきたような女の子だ。


 おまけになんだ? あのむしゃぶりつきたくなるような『うなじ』は?


 色白で手入れがいき届いているところが芽衣の几帳面な性格を表現しているようで……クソえっろ!? なにアレ、えっろ!?


 もはや18禁じゃないのアレ!?


 あぁ~、あのうなじから流れる富士の雪解け水のような汗で流しそうめんして、この夏を乗り越えてぇ~っ!



「あのプロポーションであのおっぱい、まさに男にとっての理想の女の子やのぅ、羊飼はんは。相棒もそう思うやろ」

「そう……だな。うん、俺もそう思う……よ?」

「なんで疑問形なんや?」



 コテッ、と首を傾げる元気。


 そのあまりのプリティさに首だけ抱きしめてやろうかと思ったが、やめた。


 そう、元気アホは知らないのだ。


 あの女の今日も元気にバルンバルン♪ 揺れている巨乳の本当の真実に。


 あの羊飼芽衣という女の巨乳は、実は巨乳ではなく……虚乳であるという真実にっ!


 一体どこで手に入れたのか、冗談みたいなバカデカい超偽乳パッドでビルド・アップしていて、その奥に眠るお乳さまは、それはもう何とも慎み深い恥ずかしがり屋さんであることかっ!


 マジでどういう技術で盛っているのか、本物さながらに揺れ動くハリボテおっぱいに、野郎共の視線はKU☆GI☆DU☆KE☆ である。


 きっと今頃、ほくそ笑んでるんだろうなぁアイツ……。



「珍しいのぅ。おっぱい星人の相棒が、あの巨乳に反応せんやなんて……ほんとにキサマは相棒か?」

「酷い言われようじゃん俺……。いや、どっちかと言えば、乳よりも脚の方に目がいくなぁと思ってさ」

「なるほど。確かにあの脚はいいもんや」



 んだんだ、と元気と共に頷き合う。


 そう、今の芽衣の脚はあの60デニールのパンストから解き放たれ、その初雪を彷彿とさせる眩いばかりのナマ足を世界に向けて発信しているのだっ!


 ハーフパンツから伸びるおみ足は、もはや御来光が差しているとしか思えないほど綺麗で……うん。


 相変わらずのエロさだ。


 何がエロいのか分からんが、無性にそう感じてしまう。


 アイツ、お願いしたら60デニールのパンストを履いた状態で俺の頭を踏んでくれないかなぁ?


 もしくはそのパンストを引きちぎる、いや食い千切らせてくれないかなぁ。




「ほんと芽衣のヤツ、いい脚してんだよなぁ……。ぜひとも、スリットの深いチャイナ服を着て1日過ごしてもらいたい所だ」

「――その夢、叶えてみせようか?」




 ぼけぇ~、と芽衣の脚を生温かく見守っていると、突然、横から不愉快な男の声が聞こえてきた。


 なんだなんだ? と思いつつ、眉根をしかめてソチラを見やると、そこには我が残念な友人、三橋倫太郎こと『アマゾン』率いる休憩中の2年A組の野郎共が居た。



「どうしたおまえら、雁首がんくびそろえて? 暑苦しい」



 妙に真剣な顔を浮かべる我が愉快な仲間たちの先頭で、アマゾンが珍しくキリッ! とした表情で俺に熱い視線を送ってきて……うぜぇ。



「大神、そして猿野よ。メイド服やチャイナ服、ゴスロリ衣装や競泳水着……クラスメイトの女の子たちの『非日常的なカワイイ姿』を見たいと思わないか? オレはみたいっ!」

「マジでどうした、おまえ?」

「ヤバい宗教にでもハマったんか?」

「まぁ真面目に聞け2人とも。……もうすぐ森実祭だよ?」



 森実祭もりみさい――それは9月の頭に3日間で行われる森実高校の文化祭の名称である。


 学年ごとに、1年生は展示、2年生は演劇か創作ダンス、3年生は出店か演劇と決められていて、1・2年はあまり楽しくないことで有名なお祭りだ。


 2学期の始業式当日開催ということもあり、みなうだるような暑さの中、学校へと登校し夏休み返上覚悟で準備を進めなければならず、まるで休日出勤の社畜のような死んだ魚の目で作業する生徒たちが続出している悪しき伝統でもある。



「森実祭って……まだ4カ月も先の話じゃねぇか」

「ハァ? ナニ言ってんだ大神?」

「相棒、知らんのかい? 今年の森実祭は生徒たちの強い要望もあり、1学期終業式の次の日から開催されるんやで?」

「えっ、マジで!?」



 マジやマジ、と頷く元気。


 その言葉を継ぐように、アマゾンが声をひそめて唇の端を吊り上げた。



「しかも今年から全学年、出店OKなんだってよ」

「なんだと!? マジでか、おいっ!?」

「……なんで生徒会役員である相棒が知らないんや?」



 我が残念な友人の冷めた声を軽くスルーしながら、アマゾンの話に食いつく俺。


 途端にアマゾンは粘着質に悪鬼のような笑顔スマイルを浮かべながら、



「本題はここからだ。次のロングホームルームで、ヤマキが『文化祭のクラス展示の内容を話し合うように!』って、言ってただろう?」



 そこでっ! と仰々ぎょうぎょうしく両手を広げ、アマゾンはこう言った。




「文化祭でコスプレ喫茶をクラスでやることにすれば、女の子たちのチャイナ服姿やメイド服姿を、合法的に無料で見ることが出来るとは思わねぇか?」

「アマゾン……おまえ天才かよ?」




 俺は人知れず、ブルリッと身体を震わせた。



 コスプレ喫茶――それは『女体盛り』『ノーパンしゃぶしゃぶ』に並ぶ日本が世界に誇る珠玉しゅぎょくのエンターテインメント・レストランだ。


 コスプレ喫茶で有名なところで言えば、やはり『メイド喫茶』が1番メジャーどころだろうか。


 まぁメイド喫茶が分からない人も居るだろうから、簡単に説明させてもらうと、メイド喫茶とはメイドさんにふんした女性が股間にオレンジジュースをこぼしてくださるので、ソレに合わせて粘着質な口調で『ふひっ、失敗は丁寧なご奉仕でつぐなうべきだよね常考じょうこう!』と茶番を繰り広げながら、濡れ濡れになった股間を合法的にふきふきして貰える夢のお店なのだっ!


 ソレを文化祭で、クラス展示でやろうとするとは……このアマゾン、やはりあなどれない。


 侮れない……ド変態だ。


 コイツ、絶対カノジョ出来ないだろうなぁ、と心の中で思いつつ、アマゾンの作戦概要に耳を傾ける。



「野郎共全員で結託して、多数決に持ち込めば文句ナシの過半数だ。なんせ女の子たちは意見をまとめてすらいないのだから」

「すげぇ、すげぇよアマゾンッ! よわい16にして、やっと脳の電源が入ったのか? 親御さんもさぞ喜びになるだろうよっ!」

「ヘヘ……よせやい」



 アマゾンは照れるように鼻の下を人差し指でこする。可愛くない。



「もう残りの2―A男子には事の詳細は伝えてある。あとは大神と猿野だけだ。どうする? オレの話に乗るか?」

「アマゾンの案は魅力的やが……流石にソレは女子たちから不興を買わへんか?」

「ハァン!? なにイイ子ぶってんだ猿野テメェ!? 彼女が居るからって余裕なツラしやがって、殺すぞ!?」



 最近元気へのヘイトが溜まりまくっているアマゾンが牙を剥く。


 が、元気はとくに気にした風もなく、淡々とこの作戦の問題点を口にした。



「いやいや、冷静になって考えてみろや? 例え力づくでコスプレ喫茶にしたとしても、女子たちがボイコットしたらソレでおしまいやで? 最悪、ワイら野郎共が女装してお店を回さなきゃならなくなる」

「む、ぅ……っ!? そ、それは……」

「――ならこういうのどうだ?」

「大神?」

「相棒?」



 キョトンとした顔を浮かべる我が友たちと2年A組の野郎共に、俺は「寄れ寄れ」と合図を出しながら円陣を組む。


 そのまま声をひそめて、今しがた脳裏に舞い降りた天啓を全員に聞かせてやった。


 瞬間、「おぉっ!」と野郎共が小さく歓喜の声をあげた。



「なるほど、流石は相棒や! 汚いコトを考えさせたら右に出る者は居らんでっ!」

「まったくだ! ほんと同じ人間として恥ずかしいぜっ!」

「一体どうやったら、そんなゲスの極みのような発想が出て来るのか、親御さんの顔が見て見たいもんだっ!」

「よっ! ホモサピエンス界の面汚しっ!」

「歩く猥褻物!」

「人類史の汚点っ!」

「HA☆HA☆HA! 褒めるな、褒めるなっ!」



 口々に俺をたたえるクラスメイト達の中心で、1人小さくつぶやいた。





 おまえら、あとで覚えとけよ? ――と。

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