第10話 女の子はメンドくさいのが可愛いんですっ!

 芽衣と古羊と共に我が家で鍋をつついて1日経った土曜日の早朝。


 ママンは「それじゃテスト勉強の方、しっかりな」という言葉を残して、出張先の大阪へ戻って行き、姉ちゃんも「さて、アタシもイベントを進めなきゃな」とネットの海に帰って行った午前10時。


 俺は勉強道具一式を持って、芽衣と古羊が下宿している高級マンションへとやって来ていた。



「ハァ~、近くで見たらバカデケェなぁコレ……」

「外観だけじゃなくて、中も広くて綺麗だよっ!」

「これで家賃が2万円弱って破格過ぎるわよね」

「……ソレ絶対事故物件だろ?」



 ニコニコしている古羊と、猫を被るのをやめた芽衣の隣で、高級住宅街にデカデカとそびえ立っているマンションを見上げる俺。


 う~ん、ここだけ世界観が違いすぎる……。


 誰が住むんだよこんな高級マンション? 天竜人てんりゅうびとか?


 さて、何故俺がこのマンションの前に居るのかと言えば、芽衣の要望であるからに他ならない。


 最初は古羊の、



『ししょーの家だとテレビとか誘惑するモノも多いし、図書館で勉強しない?』



 という提案に一も二も無く乗っかった俺だが、芽衣が、



『図書館では勉強を教えたくない』



 と駄々をこねた結果、彼女の希望に沿って2人の下宿先であるマンションで勉強することになったのであった。


 説明終わりっ!



「こんな所で立ち話も何だし、そろそろ行こっか? ボクたちの部屋まで案内するよ、ししょーっ!」

「お、おう。ヤッベ、なんか緊張してきた」

「なになにぃ? もしかして女の子の部屋に入るから緊張しちゃった? なによ可愛いところもあるじゃなぁ~い♪」

「女の子? ……あぁ、そうか。そういや芽衣おまえも一応女の子だったな」

「…………」

「あっ!? ちょっ、芽衣さん!? ビンタはグーでするものじゃっ!?」

「ダメだよメイちゃんっ!? 死んじゃうっ! ししょーが死んじゃう!?」



 口の中が芳醇ほうじゅんな鉄の香りでいっぱいになった頃、慌てて古羊が芽衣の暴挙を止めに入る。


 芽衣は「チッ」と軽く舌打ちを溢しつつ、気を取り直したかのように古羊に視線を向けた。


 そのままポケットの中身をガサゴソと漁り、



「あっ、そうだ洋子。ちょっとお昼の買い出しに行って来てくれない? 多分食材が足りないだろうから。はいこれ、買ってくる物リストね」

「へっ? う、うん。わかったよ」

「おいおい、流石に女の子1人じゃ荷物が重いだろうし、俺も手伝う――」

「アンタはコッチでアタシとテスト勉強」



 古羊に着いて行こうとした俺の襟首を、犬のリードよろしくグイッ! と芽衣に引っ張られた。



「あと1週間で赤点回避して学年順位100位にならなきゃいけないんだから、遊んでるヒマなんかないわよ?」

「でもよぉ、流石に古羊1人で買い出しに行かせるのは気が引けるぜ……」

「ボクは大丈夫だから。ししょーはメイちゃんと勉強してていいよ」

「う~ん、そうか? ……ならお言葉に甘えて。車には気を付けろよ?」

「うんっ! じゃあ行ってくるよっ!」



 ふんすっ! と気合十分の古羊を見送り、「行くわよ」と歩き出す芽衣の後ろをとっとこハム野郎よろしく大人しくついて行く。へけっ!


 オートロック式のドアにさっさと番号を入力し、エレベーターで5階まで移動し、一番奥の角部屋もとい羊飼と古羊が住んでいる部屋の前までやってくる。



「一応言っとくけど、女の子の家を家探やさがしするとかナシだからね? とくにアタシの部屋とか覗いたら……うっかり殺しちゃうかもしれないから、気をつけてね?」

「モジモジしながらすげぇコト言ってるコイツ……」



 頬を赤らめ上目使いで俺を見上げる芽衣。


 その表情と仕草はかなり可愛いのだが、言ってることは全然可愛くない……。


 どうやら芽衣は俺が下着類が収まっているであろうタンスを漁って『ほほぅ? あんな澄ました顔をしているクセなかなか大胆なモノを……♪』みたいな事をされるんじゃないかと危惧きぐしているらしい。


 まったく酷い話である。


 人をなんだと思っているんだ?



「舐めるなよ芽衣? 俺なら痕跡こんせきはおろか髪の毛1本すら残すことなく、色々やってみせる自信がある」

「もう発言がアウトなのよねぇ……」



 何故か芽衣の俺に対する警戒度が跳ね上がったような気がしたが、気のせいだよねっ!



「まぁいいわ。それじゃちょっと準備してくるから、ココで待っててちょうだい」



 芽衣はそれだけ告げるや否や、俺の返事を聞くこともなく、さっさと部屋の中へと姿を消した。


 う~む、やることもないし、暇つぶしに元気にイタ電でもかけてみるかな。


 そう思い、俺はさっさと元気のスマホに着信を入れた。


 数コールの後、『ハァハァ……も、もしもし?』と荒い呼吸を繰り返す元気の声が不愉快に鼓膜を叩いた。



「おーす元気、自家発電中すまんな?」

『ハァハア、いやええんやで? それで? どうしたんや相ぼ――あふぅっ!?』



 まるで公園で遊んでいる幼女に声をかけようとする紳士のように、どこか熱っぽい吐息を溢す元気。


 気のせいか、スピーカーから微かに『ジュボッ、ジュボボボボボボボボッ!』と掃除機が何かを吸い込んでいるような音が聞こえてくる。



「おいおい、まさかおまえ、掃除機のノズルという名の鞘にテメエのお股の日輪刀を納刀のうとうしているワケじゃねぇだろうな? 忘れたのか? 去年の臨海学校りんかいがっこうでの悲劇を?」


 ぞくに言う【アマゾンの乱】と呼ばれているソレは、1人の『男の子』が『女の子』にメタモルフォーゼしかけるという、全部話すとN●Kが取材に来るレベルの超大作ドキュメンタリー番組が1本出来上がっちゃうような話なので、ここでは割愛。


 まぁ強引に要約するならば、当時の俺たちに【好奇心は猫を殺す】ということわざは難し過ぎたね♪ って話しである。



『い、いやっ……ちょっとペットがジャレついて来てのぅ。あっ、ダメ!? 今、電話中、おふぅっ!?』

「あれ? 元気ん、ペットとか飼ってたっけ?」

『さ、最近飼い始めた――んぁっ!?』



 ……なんか元気の妙なあえぎ声ともつかない謎の声が、鼓膜を蹂躙してきて、気分が悪くなってきたわ。



「ワリィ、ヒマだったから電話したけど、忙しそうだからもう切るわ」

『す、すまんな相棒――うぁっ!? い、イクイクイクイクっ!? イッ――ッッ!?!?』



 ――ブツン、と電話をブツ切りしつつ、何も無い天井を見上げた。


 あぁ……電話なんてかけなければ良かった。


 耳にあの男の嬌声がこびりついて離れないよぉ……。


 気分ガタ落ちで突っ立ていると、私服からラフな部屋着に着替えたらしい芽衣がガチャリッ、と玄関のドアを開けた。



「お待たせ士狼。待った?」

「んにゃ。そんな待ってない」



 まるでデートの待ち合わせに遅れてきた彼女を笑顔で許す彼ピッピのようなやり取りをしつつ、俺は心の中でひっそりと感嘆の声をあげていた。


 おぉ……あんなに見事に隆起していたお胸の富士山が、いまや天保てんぽ山へと天変地異メタモルフォーゼしてやがる。


 超偽乳パッドを盛っていないせいか、よりボディの凹凸の無さがハッキリと分かるぜっ!


 う~ん、ほんと今にも戦闘機が着陸しそうなほど、まっ平(たいら)だ。


 一体コイツはどこに女性ホルモンを忘れてきたのだろうか?



「コラコラ坊主? どこ見てんだ、コロスゾ?」

「さ、さーせん……」



 相変わらず爽やかな笑顔で殺害予告を口にしてくる我らが生徒会長殿。


 あのさ? なんで俺の考えが読めるの? メンタリストなの?



「たくっ、謝るんなら最初から見るんじゃないわよ。それよりもホラ、はやくがりなさいよ」

「うぃーす、おじゃましもーふっ!」

「どんな挨拶よソレ……」



 ぷっ、と小さく吹き出す芽衣に促され、意気揚々いきようようと玄関をくぐる俺。


 そのまま靴を脱ぎ、先行する芽衣に従ってリビングまで移動し……そのあまりの広さに驚愕きょうがくの声をあげてしまった。



ひろっ!? リビング広っ!? 1LDKどころじゃねぇよ! ほんとに家賃2万円か!?」



 パッと見た感じだと、軽く20畳弱はありそうだっ!


 この広さで古羊と2人暮らしとは、贅沢にもほどがありません?



「なんかもう、我が家との生活レベルの違いに緊張してきたわ……」

「ほらっ、バカなこと言ってないでこっち来なさい。さっさとテスト勉強はじめるわよ」



 そう言って羊飼は絨毯の上に敷かれた足の短い机の前に座ると、ポンポンッ、と自分の隣に座るように俺に促してきた。


 なるほど、そこに座れってことですね。かしこま☆


 心の中で横ピースをキメながら、素直に羊飼の隣に腰を降ろすと、柑橘系の爽やかな匂いが俺の鼻を、肺をこれでもかと蹂躙(じゅうりん)してきた。


 その瞬間、心臓が1オクターブほど跳ね上がる。


 ちょっ、メッチャいい匂いするんですけどコイツ!? 



「そうね、まずは得意科目から始めて勢いをつけましょうか。士狼の得意な科目ってナニ? もちろん保健体育以外で。……って、士狼? ちょっと、聞いてるの?」

「お、おふぅっ! き、聞いてる聞いてるっ!」



 俺の様子が変だったのが気になるのだろう、羊飼はコテンと首を傾げた。



「なによ? なにか気になることでもあるの?」

「いやその、え~と……あれだ! なんかいつもと芽衣の格好が違うからさ、ちょっと気になって……ねっ?」



 芽衣ちゃんの匂いに興奮していましたっ! と素直に白状すると家から追い出された挙句あげく、出禁を喰らいそうだったので、俺は取り繕うように適当な理由をでっちあげた。


 あぁこれ? と自分の格好に視線を落とした我らが会長さまは、肩を軽く揺すりながら口をひらいた。



「取り繕う相手も居ないんだし、いいでしょ別に。部屋の中でくらい好きな格好で居たいのよ。士狼はもう知ってるんだから、いいかなって思ったんだけど?」

「まあ芽衣の家だから、それは自由にしていいんだけどよ」

「あによ? もったいぶった言い方して?」

「いやぁ、誠に言いづらいんだが、格好が格好なだけにノーブラなのかなって? もしそうならさ、最高に素敵だなって思ってさ」

「言いづらいなら少しは言いよどみなさいよ……」



 芽衣は爵位しゃくいを有する変態でも見るかのような視線で、俺を甘く睨みながら。


「あのねぇ? 男の子を部屋に呼ぶのに、ノーブラなわけないでしょうが。それじゃまるで、アタシが士狼をさそっているみたいじゃないの」

「えっ、誘ってんの?」

「誘ってない!」



 芽衣のエターナル・フラットちっぱいへと伸びていた俺の指先をパシッ! と虫でもはたくように撃ち落とす女神さま。


 そのまま乱れた服の裾を正しながら「ハァ」と小さくため息をこぼした。



「心配しなくてもちゃんと身に着けてるわよ。……ナイトブラだけど」

「ナイトブラ? なにソレ? 騎士かな?」

「騎士じゃないわよ。夜につけるブラだからナイトブラ。士狼は男の子だから知らないでしょうけどね、このナイトブラって、かなり使えるヤツなのよ?」



 ふふんっ! と自慢げに鼻を鳴らした芽衣が、聞いてもいないのに喜々としてナイトブラジャーについて語り出した。



「基本的に寝ている間にバストが崩れないようにするのが目的なんだけどね? なんとコレ、身に着けているだけでバストアップ効果が期待できる代物なのよ!」

「へぇ」

「それだけじゃなくてね! 血行促進や睡眠の質の上昇なんかといったね、バストアップに適した環境を手に入れながら体の健康まで気が使えるのよっ! しかもねっ!? マッサージやエクササイズなんかを組み合わせれば、より効果が期待できて――」



 ニコニコと楽しそうにナイトブラについて熱く語る、我らが虚乳生徒会長さま。


 いやぁ、楽しそうでなによりなんだけどさ?


 その話、男の俺にしてもいいヤツなの?



「――でねでねっ!? 最近のナイトブラはね、安くて可愛いモノも多くてね、つい衝動買いしちゃうのよねぇっ! 今、アタシが身に着けてるヤツだってね、すっごい可愛かったから、思わず衝動買いしちゃったヤツでね! 見てみる?」

「おっ、マジで? 見る見るぅ~♪」

「ほらこれ♪」



 どれどれ~? と自分の胸元を軽く摘み上げる芽衣の方へと身を乗り出し、



 ――ぺちんっ!


 と、おでこを叩かれた。



「なぁ~んて、見せるわけないでしょうが、このスケベ。なぁに本気で覗こうとしてんのよ?」

「えぇ……男の子の純情をもてあそんでおいて、その言いぐさですか?」

「なぁにが純情よ。下心の間違いでしょ? スケベ、ドスケベ、ド変態♪」

「…………」



 こ、このアマ……いつか絶対に泣かしてやるからな!


 ケラケラと楽しげに笑う芽衣を恨めし気に眺めながら、俺はさっさと鞄から勉強道具一式をを取り出した。



「そんなことよりもっ! はやく勉強を教えてくれよ。ハリーアップ!」

「はいはい、ちょっと待ってなさい。それじゃアタシが得意な数学から始めましょうか」



 こうして紆余曲折はありつつも、俺と芽衣の秘密のテスト勉強がやっと幕を開けたのであった。

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