第27話 『ハッピーエンド』はいらない?

 今起こったことをありのまま話すぜ?


 古羊と羊飼を助けたと思ったら火事に遭遇していた。


 ナニ言ってるのか分からんと思うが、俺は分かってるから大丈夫☆



「――とか言ってる場合じゃねぇ!? ちょっ!? なんで火の粉が上がってんの!? どういうコト!?」

「お、落ち着いてししょー。コレも佐久間くんのせいだよぉ」

「あのクソ野郎の?」



 どういう意味? と俺が視線で問いかけると、古羊の言葉を継ぐように羊飼が頬に冷や汗を一筋流しながら口をひらいた。



「佐久間くんが吸っていたタバコが近くに落ちていた新聞紙に引火したのよ」

「おい佐久間テメェ!? だからポイ捨てすんなとアレほど心の中で言っただろうが!」

「心の中じゃ聞こえないよ、ししょー?」

「ツッコんでいる場合じゃないわよ洋子っ! アタシたちも早く脱出しないとっ!」

「羊飼の言う通りだ! 逃げるぞおまえら!? このままじゃ3人仲良く唐揚げの仲間入りだ!」



 俺の号令を合図に1階の出口まで駆けだす古羊と羊飼。


 舞い上がる火の粉を潜り抜け、部屋を飛び出す――前に、重要なコトを思い出す。



「ちょ、ちょっと待って2人とも! この男の人、どうしよう!?」



 そう言った古羊の視線の先には、ここまで案内させた例の大柄の男が気を失って寝転がっていた。


 男は「もう食べられないよぉ~」と呑気なコトを口にするだけで一向に起きる気配が無い。


 その間にもモクモクと黒煙が部屋に充満し、俺たちを焼き殺そうと炎の勢いが増していく。


 チリチリと肌を炙るような熱さを前に、気がつくと俺は野郎に向かって怒鳴り散らしていた。



「ざけんな! 起きろ! このままじゃ全員死ぬぞ!? ……クソ、起きねぇ! 誰だよ、コイツを気絶させたバカは!?」

「ししょーじゃないの?」

「大神くんでしょ?」



 俺だったわ、ヤッベ☆



「クソッ、時間がねぇ!? とりあえずその寝転がって居るヤツは俺が抱えるから、はやく脱出するぞ!」

「う、うんっ!」

「急いで2人とも! ほんとに時間無いわよ!?」



 羊飼の怒声に尻を叩かれ、俺は素早く大柄の男を小脇に抱えて廃ビルの出口を目指す。


 俺を先頭に古羊と羊飼があとを着いて来ていて――



「――キャッ!?」

「メイちゃん!?」

「羊飼っ!?」



 燃え朽ちて耐久性が無くなったのか、天井が俺たちを分断するように落下。


 結果、羊飼だけが1人部屋に残されるような形になってしまった。


 しかも最悪なことに、焼け落ちた天井が部屋の出入り口を塞いでしまい、女神さまが脱出できない!



「ちょっと待ってろ! すぐにこの邪魔な天井モドキを退かすからっ! 手伝え、古羊っ!」

「うんっ!」

「もういいわ大神くんっ! アタシの事は放っておいて、はやく洋子とその男性を連れて逃げなさいっ!」

「ナニ言ってるのメイちゃん!?」

「そんなこと出来るワケねぇだろうがっ!」



 トチ狂ったコトを言い始める女神さまを無視して、部屋の出入り口を塞いでいる天井モドキを退かそうときびすを返す俺と古羊。


 もはや1分1秒も時間が惜しい!


 早く退かさないと!


 と焦る俺たちの心を見透かしたように、羊飼の至極落ち着いた声音が鼓膜を揺さぶった。



「アタシなら大丈夫よ。部屋の隅にある換気口から一足先に脱出するから。だからアンタたちもさっさとその人を連れて脱出しなさい。これは会長命令よっ!」



 あの部屋に換気口なんてあっただろうか? と必死に間取りを思い返そうとするのだが、燃え盛る火の粉がソレを邪魔して許さない。


 近くでこの廃ビルを支えているであろう柱の1つが倒壊する音が聞こえてくる。


 ……もう迷っている時間はない。



「メイちゃんをここに残して行けるワケ――」

「分かった、お互い外で合流な。行くぞ古羊」

「ッ!? でもししょーっ!?」

「大丈夫だ古羊」



 俺は狼狽うろたえるなんちゃってギャルの瞳をまっすぐ見つめながら、小さく頷いた。



「俺たちを信じろ」

「……ししょー」



 古羊は一瞬だけ逡巡しゅんじゅんした様子を見せたあと、すぐさま覚悟を決めたようにキリッ! と眉根を吊り上げた。



「わかった、2人を信じるよ」

「よしっ、急げ! もうほんとに時間がないぞっ!」

「先に外で待ってるねメイちゃん!」

「洋子も、ケガすんじゃないわよ?」



 俺たちは部屋に取り残された女神さまから背を向けて、再び廃ビルの出口へと駆け出し始めた。




 ◇◇




 耳を澄ませ2人が遠ざかって行く音を確認し終えた芽衣は、その嘘で塗り固められた虚乳をほっ! と撫で下ろした。


 これで少なくともあの2人が死ぬことはない。


 黒煙と火の手が燃え盛り、いよいよ息をすることさえ苦しくなってきた部屋の中で、芽衣は1人苦笑を浮かべた。



「ようやく行ってくれたわね。もうヒヤヒヤさせるんだから」



 そう言って芽衣は部屋の隅へと視線を向けた。


 そこには彼女が脱出するための換気口が……なかった。



「ほんと何をしてるんだか、アタシは……」



 酸素を喰らい、彼女を焼き殺そうと大きくなる炎から少しでも遠ざかろうと、まだ燃えていない部屋の中央へと移動する。


 おそらく自分はこれから死ぬのだろう。


 凪のように酷く落ち着いた気持ちで今の現状を分析してしまう自分に、芽衣は思わず笑みを溢してしまう。



「不思議なものね。もっと慌てふためいて錯乱するかと思ったのに……案外人間の最期なんでこんなモノなのかしら」



 死にたくない! と泣きわめくでもなく。


 生きたい! と強く願うワケでもない。


 ただただ静かに、その時が来るのを待つ自分に、いささか驚きを覚える。


 が、すぐさまその理由を思い至り、何とも言えない表情になった。



「まぁ、これはコレで『幸せな結末ハッピーエンド』ってヤツなのかもね」



 なんせロクデナシの自分が最後の最期には人の命を助けた上でこの世を去れるのだから。


 きっと神様もあの世でビックリ仰天ぎょうてんしていることだろう。


 人命救助が出来た上に、この世からお荷物が1人居なくなる……まさにイイコト尽くめだ。


 コレ以上のハッピーエンドが他にあろうか?


 自分のような女にはあまりに上等過ぎる終わり方だ。



「……もうそろそろかな」



 だんだんと熱に犯されたように頭がぼぅっとしてきて、身体に力は入らなくなってくる。


 呼吸をするたびに喉が焼かれるような痛みが走る。


 だというのに、どんどん意識が遠ざかっていく。


 どうやらお迎えが近いらしい。


 芽衣は全てを諦めたように、ゆっくりと瞳を閉じ――

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