第23話 れもん100%

「それじゃシロちゃん、ゴールデンウィークにまた会おうねぇ~っ!」

「……お邪魔しました」

「うっす! 今日はありがとうございましたっ!」



 森実生徒会主導による『シロウ・オオカミ歓迎パーティーッ♪』という名のお宅訪問も終えた我が家の玄関にて。


 俺は敬愛すべき廉太郎変態――違う、廉太郎先輩と、羽賀先輩に頭を下げながら帰路につく2人を盛大にお見送りしていた。


 時刻は午後7時少し前。


 残すところゴールデンウィークもあと1日と数時間。


 妙な寂しさを心の中で感じながら、去って行く2人の背中を眺めていると、入れ替わるようにキッチンから古羊がやってきた。



「おう、片付けご苦労さん。羊飼は?」

「メイちゃんはお化粧を直しに行ったから、もうちょっと時間がかかるかな」

「あぁ、レコーディング中ね。了解」



 れこーでぃんぐ? と舌足らずな感じで小首を傾げる古羊に、俺は心の中でドヤ顔を浮かべていた。


 ふふっ、俺だって日々成長しているのだよ古羊くん。


 普通にここで『なんだトイレか』と言ったらまた『もうししょーっ!? デリカシーっ!』と怒られるのは分かっている。


 そこでオブラートかつウィットに富んだ俺の頭脳は素早く代替案として【おトイレ→音入れ→レコーディング】という藤井聡太9段も真っ青な神の1手を繰り出したというワケだ。


 まったく、自分の才能が怖くなるね!


 こんな複雑な論理的思考を瞬時に展開してしまう思考の瞬発力……もはや新人類ニュータイプの域と言っても過言ではないだろう。



「今日はありがとうね、ししょー」

「うん? なにが?」



 1人心の中でほくそ笑んでいると、突然古羊が優しい瞳になって俺を見上げてきていた。



「ししょーとお話してからメイちゃん、ほんのちょっとだけ元気が出たみたい」

「それは別に俺のおかげってワケじゃねぇよ。アイツが勝手に元気になっただけだ。俺は関係ねぇよ」

「それでも、だよ」



 何が嬉しいのか架空のシッポをピコピコさせながら上機嫌に微笑む古羊。



「ほんと、ししょーは不思議な人だよねぇ。あの猫を被ったメイちゃんを怒らせることが出来るだなんて」

「ねぇ、ソレ遠回しにデリカシーゼロって言ってる?」



 おっとぉ? いきなり喧嘩を売ってきたぞ、この女?


 上等だ、白黒つけてやろうじゃねぇか。ベッドの上でなっ!


 我、夜戦に突入す! と心の中で叫びながら、彼女をシロウ・ポッターの秘密の部屋へと招待しようとするのだが、「アハハッ!」となんちゃってギャルの弾けんばかりの笑顔に遮られ断念してしまう。



「ししょーは凄いよね。人の作った心の壁をアッサリ飛び越えて行っちゃうんだから」

「心の壁? なに? ATフィールドの話? 俺はエヴァ●ゲリオンだったの?」

「違うよぉ、ししょーは散歩するみたいに簡単に人の心の中に入ってくるねって話しだよぉ。……まぁデリカシーが無いからこそ出来る芸当なのかもしれないけどね」

「ねぇよこたん? もしかして、よこたんは俺のことが嫌いなの?」

「さぁ? どうだろうねぇ?」



 と、珍しく小悪魔チックにニヤリッ! と微笑む我が1番弟子。


 むぅぅ、何とも釈然しゃくぜんとしない気分だ。


 峰不二子ばりのイイ女ムーヴをかましてくるなんちゃってギャルに向かって顔をしかめていると、廊下の奥からレコーディングを終えた羊飼が姿を現した。



「あら、楽しそうね2人とも? なんの話をしているの?」

「聞いてよママっ! よこたんが俺をイジメるんだ!?」

「誰がママだ小僧。シバくぞポンコツ?」

「あっ、おかえりメイちゃん。それじゃ、ボクたちもそろそろお暇(いとま)しちゃおっか?」



 そうね、とサラリと俺を罵倒していた羊飼が小さく頷く。


 どうでもいいけど、ポンコツって豚骨と響きが似てて美味しそうだなぁと思いました、まるっ!



「それじゃ大神くん、今日はお邪魔したわね」

「また明後日、学校で会おうね!」

「おいおい、夜道にレディー2人って危なくないか? 送っていくけど?」



 流石に我が家から近いとは言っても、こんな物騒な世の中だ。


 いつ何が起こるか分かったものじゃない。


 現にこの間も襲われかけたし。


 というワケで2人の身の安全を考え、紳士全開のお言葉を口にするのだが、何故か返ってきたのは批難と侮蔑ぶべつの視線だった。


 えっ? なにその目?


 完全に変態を見る目なんですけど?


 羊飼はまるで自分の身体を抱きしめるように半歩俺から距離をとると、ドM大歓喜のゴミを見るような目でこうおっしゃった。



「ソッチの方が身の危険を感じるから結構よ。ねぇ洋子?」

「あ、あはは……ノーコメントで」

「古羊はともかく誰がテメェの嘘で塗り固められたAカップおっぱいに興味があるかよ、俺は名探偵じゃねぇんだ」

「どきなさい洋子っ!? じゃなきゃあのバカの頭をかち割ることが出来ないっ!」

「落ち着いてメイちゃん!? ピンヒールはマズイよ! ピンヒールはマズイよ!?」



 玄関に置いてあった姉ちゃんのパンプスを握り締め、俺の頭に叩き込もうとしてくる羊飼。


 慌てて古羊が俺の身体を守るように前に出て来てくれなかったら、間違いなくあのパンプスが俺の脳天に突き刺さり超エキサイティングしていたことだろう。



「ほらほら、帰ろうメイちゃん!? バイバイししょーっ! また学校でねっ!」

「アンタ、次会ったときは覚えてなさいよ!?」



 という捨て台詞を残して、古羊に無理やり背中を押された羊飼が荒ぶったまま我が家からフェードアウトしていく。


 虚乳生徒会長がログアウトしました(笑)



「……最後まで騒がしいヤツだったなぁ」



 急に静かになった玄関に俺の言霊だけがコロコロと床に転がる。


 もう最初の頃に会った羊飼が懐かしいぜ。……明後日、学校に行きたくねぇなぁ。



「さてっと。とりあえずシャワーでも浴びてゆっくりするか……って、うん?」



 不意にポケットの中に入れていたスマホがブルブルと震えた。


 どうやら誰かからの着信らしい。


 俺はスマホを取り出して画面に視線を落とすと、そこには我が残念な友人代表のアマゾンこと三橋倫太郎の名前がデカデカと表示されていた。



「たくっ、なんだよこんな時間に電話してきやがって。――はい、もしもし?」

『大神か!? 大変だ、猿野がとんでもねぇ事実を発見しやがった!』



 まるで好みのエロイラストを発見したかのように、鼻息を荒くした興奮気味のアマゾンの声に、思わずため息をこぼしそうになる。


 休み日にまで聞きたい声じゃない……。



「なんだよ『とんでもねぇ事実』って?」



 どうせロクでもないコトなんだろうなぁ、と思いつつ静かにアマゾンの声に耳を傾ける。



『今、猿野が隣に居るからちょっと代わるぞ?』

『相棒……どうやらワイは歴史に残る大発見をしたかもしれへん』

「だから何だよ? 俺、これからシャワー浴びるから手短に――」



『よく【ファーストキスはレモン味】って言うやろ? つまりワイらがレモン味のアメちゃんを食すことによって疑似的なファーストキスを何度も経験することが出来ると考えられへんか?』



「元気、おまえ天才かよ?」




 間違いない、コイツはやっぱり天才だ。


 常人では考えもしないようなことを考えつく、天才の天才たる所以である。


 俺はニトログリセリンを発見したアスカニーオ・ソブレロのように身体を震わせた。


 もちろん歓喜の震えである。



「つまり、毎日レモン味の食べ物を食すことによって、俺たちはエブリデイ・ファーストキスを味わうことが出来るわけだな?」

『その通りや、相棒!』

『おいおいっ!? オレたちとんでもねぇ発見をしたんじゃねぇの!? どうする!? 学会に報告しとくか!?』

「……いや待て2人とも。残念だがその理論は成立しない」

『はっ!? なんでだよ!?』

『ワイの理論に穴でもあるっていうのかいな!?』

「いや、おまえらの理論は完璧だった……。それこそも言えぬ程にな」

『『ならっ!』』



 俺は悲しげに目を伏せ、誰も見ていないのに首を真横に振った。


 そしてゆっくりと、耳に残るような確かな声音でつぶやいた。


「隣のクラスに守安もりやすくんって居ただろ?」

『ああ、あの先月彼女とセクロス出来た嬉しさのあまり小便器でよく分からん骨を骨折したっていうアイツやろ?』

「その守安くんが先々月、初めて彼女とキスをしたらしい。そのときさ、アイツ、死んだ魚のような顔をしてさ、俺にこう言ったんだよ」



 どくんっと心臓が跳ねたのが分かった。


 まるでギアを変えたかのようにドクン、ドクンと脈を打ち始める鼓動。


 それはさながら俺の胸を突き破って天にまで昇ってしまいそうな勢いである。


 これ以上は誰も幸せにならない。


 それが元気たちにも分かったのだろう。


 奴らの本能が、『これ以上聞いてはならない』と警報を鳴らしているのが聞こえてくる。



『……ゴクッ。な、なんて? なんて言ったんや?』

『も、もったいぶってないで早く教えてくれ!』



 しかし、それでも好奇心の方が本能を上回ったのである。……後悔するとも知らないで。


 俺は元気とアマゾンに向かって【パルプンテ】に匹敵する呪文を唱えた。




「【ファーストキスは――焼きそばの味がした】って」


『なん……やと……ッ!?』

『そ、そんなバカなっ!?』




 ドサッ、とスピーカーの向こうから膝の折れる音が聞こえた。


 信じられない、いや、信じたくないという気持ちは分からんでもない。


 だが、これが真実なのだ。……残酷なほどに、な。


 それでもアマゾンが一縷いちるの希望を賭けて、口をひらく。



『う、嘘だ……そんなの嘘に決まってる。だって……だってっ! お、女の子の唇はフルーティーな味がするってテレビで言って――』

「アマゾン」

『ッ!?』



 スマホの向こう側でもハッキリと分かるほど震えているアマゾンに、俺は無慈悲にも告げてやった。



「違うんだ、それは違うんだよアマゾン」

『大神……』

「女の子の唇は――その直前に食べた食べ物によって味が変わるんだ」



 俺はこれほどまでに神様を恨んだことはないだろう。


 なんで世界は俺達に残酷な現実を押し付けようとするのか?


 なんでファーストキスくらいは夢を見させてはくれないのだろうか?


 なんで石原さとみさんの唇はあんなにぷるぷるしているのだろうか?


 なんでこの世から戦争は無くならないのだろうか?


 なんで羊飼のお胸はニセチチなのだろうか?

 

 なんで、なんで、なんで……。


 気がつくと俺の唇はカサカサに渇いていた。



「だからレモン味のモノを食しても疑似的ファーストキスは出来な――」






 ――ガッシャァァァァァァァァァァァァンッッ!!






「うぉっ!? ビックリしたぁ!?」

『おい大神? なんかスッゲェ音がソッチからしたけど大丈夫か?』

『なんの音や今の? 相棒のガラスのハートが砕け散った音かいな?』



 突然リビングの方から何かが壊れる音が響き、思わず身体を硬直させてしまう。


 な、なんだ今の音は?



「確かに俺の心はニトログリセリンより繊細だが、違う。居間の方で何かが割れたっぽい。とりあえず確認するから一旦電話切るわ」



 お疲れちゃ~ん、と陽気な2人の声を身体に染みこませながらスマホをポケットにしまう。


 そのまま恐る恐るリビングのドアを開け、中を確認すると……。



「な、なんじゃこりゃぁ――っ!?!?」



 思わず太陽に吠える俺の視界の先、そこには。


 粉々になった窓ガラスが部屋の中に散乱している光景が映し出されていた。



「おいおいおい、ふざけんな!? ローンがあと何年残ってると思ってんだ!?」



 俺は慌てて割れた窓ガラスに駆け寄って――




 ――ゾクッ。




 チリチリとうなじの辺りがバーナーであぶられたように熱くなる。


 もう何度経験したか分からない、何か危ないコトが起こる兆候。


 瞬間、俺の意識が割れた窓ガラスの一部へと引っ張られた。


 割れた窓ガラスに映る俺は、なんだかどこか滑稽で、見ていてちょっと腹が立った。





 そしてそんな俺を映すガラスの破片に、もう1人、別の誰かが映っていた。





 ……俺の背後に誰かが居た。



「ッ!?」



 刹那、弾かれたように背後に振り返る。


 その瞬間。









 ――黒い服に身を包んだ大柄の男が、俺の顔面めがけて鉄パイプを振り抜こうとしていた。

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