第12話 『めいちゃんクラブ』は永久に不滅ですっ!

 デート。


 それは男女交際を前提とした下半身の異文化交流。


 我が偉大なる残念な姉上曰く、



『デートぉ? あぁ、あの男にみつがせるだけ貢がせて、タダ飯を喰らうイベントのことでしょ?』



 とクソみてぇなコトを言っていたが……俺は知っている。


 そうっ、デートに行った約90%の男たちが――子どもの殻を脱ぎ捨て、大人の階段を上るシンデレラへとクラスチェンジする事実にっ!


 現に隣のクラスの守安くんも先日、クラスメイトの女の子とお出かけし、子どもであることをやめたとのことっ!


 まぁ守安くんはそのあと、嬉しさのあまり小便器でよく分からん骨を骨折し、盛大に彼女にフラれるというエキセントリックな離れ技を披露したワケだが……今は脇に置いておこう。


 ようはデートというのは『交尾してい~い?』とお互いに意志を確認し合う、卑猥極まりない儀式であるということだ。


 そしてここに大神士狼至上、重要な問題が発生した。



 わたくし大神士狼は、生まれてこの方、男を16年やってきました。



 16年と言えば、もはやベテランの域です。


 もうベテラン男の子です。


 そんなベテラン男の子の僕に……いよいよ春がやってきました。


 なんと、あの『女神』と呼ばれている学校1の美少女である羊飼芽衣さまと『おデート』させていただくことになったのですっ!


 これはつまり……そういうことなのか!?


 お、大人の階段をホップ・ステップどころかエスカレーターでのぼる事になっちゃうんですかぁ!?




 ――と、並みの男なら浮かれポンチになっている所だろうが……この俺、シロウ・オオカミは違う。




 冷静に、いつもの知的でクールな微笑みを絶やすことなく、己を律しながら下準備へと取りかかるのであった。

 



 ◇◇




 ゴールデンウィーク2日目。


 世間はスペインのトマト祭り並みの熱気で満ち溢れる中、俺は制服に着替えて森実高校の廊下をツカツカと歩いていた。


 吹奏楽部の調子外れたトランペットの音色を耳にしながら『科学部』と書かれた部室の前で立ち止まる。


 そのままキョロキョロと辺りを見渡し、誰も居ないことを確認するや否や、素早く4回扉をノックした。


 途端に扉の奥から聞き慣れた野郎の声が響いてきた。



『パンスト・ニーソは?』

「和の心」

『無駄を削った?』

「わびさびの世界」





 ――カチャリッ。





 と目の前の扉の鍵が開く音が聞こえた。


 俺は何ら躊躇ためらうことなくドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開くと、むわっ! と男臭い熱気が俺の肌を撫でた。


 思わず顔をしかめながら部屋の中に足を踏み入れると、そこにはキュイィィィィンッ! と謎のドリル音を響かせながら何かを開発している我が親友と、パソコンとにらめっこしながらカリフォルニア州美人のエロ画像収集に青春の全てを捧げているクラスメイトの姿があった。



「んっ? なんや相棒やないか」

「やっぱりカリフォルニア美人のお尻のエロさは異常――って、どうした大神? ゴールデンウィークなのに学校に来て? ヒマなのか?」



 そう言ってドリル音を響かせていた我が親友、猿野元気と10代中盤にしてワールドカップへと進出していた我がクラスメイト、三橋倫太郎こと『アマゾン』が不思議そうな顔で俺を見てきた。



「いや、ちょっと2人に相談したいことがあってさ。少しいいか?」



 俺は机を挟んでアマゾンの目の前に座ると、2人は怪訝そうに顔を見合わせながら、俺の言葉の続きを促すようにその薄汚ねぇ口を開いた。



「どったんや相棒、そんな改まって? らしくないやんけ?」

「あぁっ、空気の読めなさと女にモテないおまえらしくない。なんかあったのか?」



 と、心配するフリをして軽く俺をディスってくる2人の言葉を無視して、俺は満を持して言葉をつむいだ。



「名前は伏せるけどさ? 実は俺……昨日、女の子とお出かけしたんだ」

「山?」

「川」

「こらこら? 俺の死体遺棄いき場所を相談するんじゃありません」



 さらっとクラスメイトを学校どころかこの世界から退学させようとする2人の精神状態が心配になる。


 なんで公安はこんな危険人物たちをノーマークで世に解き放っているんだ? 仕事してんのかあいつら?



「大神テメェ!? そのお出かけした女の子って、ま、まま、まさか羊飼さんじゃねぇだろうな!?」

「ハァ!? ふざけるんやないで相棒!? 最近妙に仲がいいなと思っとたら、抜けがけしたんか!?」

「ま、待て待てっ! 相手は羊飼じゃねぇよ。別の女の子だよ」

「ハァンッ!? プレイボーイのつもりかこのカスぅ!?」

「見損なったで相棒っ! いつからそんな『なろう』系ハーレム主人公に成り下がったんや!?」



 我が級友たちによる豪華絢爛ごうかけんらんの罵倒のエレクトリカル・パレードが開催される中、




 ――ヴヴヴヴヴヴヴッ!




 とポケットの中に仕舞い込んでいたスマホが激しく震えた。


 俺はスマホを取り出し「これ幸いっ!」と2人から逃げるように画面へ視線を落とすと、そこには2年A組男子のグループラインからひっきりなしに俺宛てのメッセージが届いていた。




『ふざけんな大神カスっ!? 殺すぞっ!?』

『というか、なんでおまえ羊飼さんと仲良くなってんだ!? 殺すぞっ!?』

『一体どんなエロい催眠術を使った!? 殺すぞっ!?』

『オレたちの心を弄んだばつとして、羊飼さんが1日履き古したパンストを持って来いっ! 殺すぞっ!?』

『もちろん気密パックしたうえでなっ! さもなくば殺すぞっ!?』



 ……まったく、男子高校生とはなんと恐ろしく、おぞましい生き物なのだろうか。


 勝手に誤解したあげく、それを訂正すれば殺害をほのめかされたうえに、クラスメイトのパンスト(使用済み)を要求されるなんて……人間、こうはなりたくないものだ。


 というか、なんで俺の話が一瞬で拡散してんだよ?


 誰ぇ? 勝手に拡散したのぉ?


 ヴヴヴヴヴヴヴヴッ! と鳴りやまないスマホの着信から視線を切り、俺は再び元気たちに視線を向けた。



「まぁ待て、落ち着け2人とも。気持ちは分からんが、本題はここじゃない」

「本題? なんや相棒? ワイらに処刑されたいからどんな処刑内容がええか相談したいんちゃうんか?」

「ちょっと待ってろよ大神。今、石田と高橋率いるA班が生コンクリートを購入するために走ってるから。大丈夫、今の瀬戸内海は温けぇからワンチャンあれば生きて帰れるぞ」

「違う違う。別に俺の処刑を手伝ってくれってお願いじゃねぇんだ」



 もしかしたら相談する相手を間違えちゃったのかなぁ? と不安に駆られつつ、俺はやっと本日の本題を口にした。



「まぁこれまた名前を伏せるんだが……。明日さ、デートすることになったんだよ俺。昨日とは違う女の子と。それでさ? なんかデートに必要なモノ? みたいなヤツを教えて貰ううか、一緒に考えて欲しいなって思ってさ」

「アマゾン、今B班とC班が裏門と正門を固めたみたいやで」

「よし、ならD班とE班はコチラに合流しろ。ここで大神カスの息の根を必ず止めるぞ。みな気合を入れろっ!」

『『『『『おうっ!』』』』』



 もはやヤバい薬でも使っているとしか思えないテンションで野郎共カスどもを使役する元気とアマゾンの姿は『はっは~ん? さてはこれから軍事演習ですな?』といったおもむきがあり……うん。


 これは相談する相手を間違えたな。


 俺は『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴっ!』と初期の武天老師むてんろうし様のように筋肉を膨張させる2人を尻目に、慌ててその場を後にした。

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