第3話 失礼だな――変態だよ

 森実高校を出発して4時間と少し。


 時刻は露出魔たちのゴールデンタイムである午後8時ジャスト。


 俺は高級住宅地にある古羊たちが住んでいるバカデカいマンションの隅っこでちょこんとい茂っている草むらにて、息を殺して身を潜めていた。



「ほ、ほんとに来るのかなぁ? 下着ドロボウさん?」

「コラ、気を抜くんじゃないわよ洋子。相手はその道のプロフェッショナルよ? 一瞬の油断が命取りだと思いなさい?」

「う、うん」

「すげぇヤル気だな、羊飼?」

「当然よ」



 俺の右隣でヤル気スイッチというかる気スイッチがONになっているのか、鼻息を荒くしながら変態が現れるのを今か今かと待ちわびている変態……もとい羊飼。


 そして俺を挟んで逆側に陣取っているのはもちろん、子犬系なんちゃってギャルこと古羊洋子その人である。


 2人は小声で軽口を言い合いながらも、視線だけはずっと前を向いている。


 釣られて俺も視線をあげると、そこにはもちろん古羊の洗濯済みパンツが堂々と吊るされていた。



「うぅ……あまりジロジロ見ないでよししょー……」

「そんなこと言われても、見ないわけにはいかねぇだろ?」

「そ、そうだけどぉ……。うぅぅぅ~」



 左隣ひだりとなりで身を潜める古羊が、落ち着かないとばかりにモジモジと自分の股を擦り合わせる。


 その仕草はなんとも扇情的せんじょうてきで……おいおい? 俺を誘ってんのかぁ!?


 我、夜戦に突入するかぁ!?


 そんな無自覚エロティックな親友の姿を羊飼は横目で確認しながら、歴戦の猛者のようなきびしい顔つきで口をひらいた。



「しっかりしなさい洋子。もうここは戦場なのよ。遊び気分なら帰りなさい!」

「メイちゃん……ここがボクの帰る場所我が家なんだけど……?」

「さすがは洋子ね! 戦場が帰る場所とはよく言ったわ! それでこそアタシの親友よっ!」

「いや、そういう意味じゃ無くてね……助けてししょ~!?」

「諦めろ、コイツはそういう女だ」



 そんなぁ、と悲しげな声をあげる古羊。


 相変わらず男の嗜虐心を逆撫でするような女だ。


 ついついイジリたくなってしまう。


 そんな気持ちをグッと抑え込みながら、息を殺して中庭に設置されたパンツを見守り続ける。


 パンツはまるで「盗んでくれ!」と言わんばかりに頼りなさげにユラユラと揺れていた。



「なぁ羊飼。さすがにコレはあからさま過ぎねぇか? 絶対に泥棒も罠があるって気づいちまうぜ?」

「大丈夫よ、奴は生粋きっすいの変態。例えこの場所に地雷が埋まっていようが、そこにパンツがあるならば必ずやってくる。ヤツはそういう男よ」

「ねぇ、なんなのその無駄な信頼感は?」



 羊飼と下着泥棒の間で妙な信頼関係が生まれていた。



「ハァ……夏休みまで残り3カ月しかねぇのに、こんな所で俺は一体ナニをしているんだ?」

「どうしたの、ししょー? 夏休みに何かあるの?」

「逆に何も無いから焦ってんだよ……」

「???」



 思わずこぼれ出た魂のため息に、すかさず古羊が反応する。


 意味が分からない、と言わんばかりに小首を傾げるなんちゃってギャル。


 そんな古羊に向かって俺はポツリと呟いた。



「……彼女が欲しい。もう1度言おう、彼女が欲しいっ!」

「大事なことだから2回言ったのかしら?」

「えっ? か、彼女さん? そ、それって……こ、恋人が欲しいって意味だよね? ししょー、恋人が欲しいの?」



 何故か頬を赤らめながらチラチラと確認するように俺を見てくる古羊。


 そんな古羊の言葉に「うん……」と力なく頷くと、羊飼が興味なさそうにその桜の蕾のような唇を動かした。



「別に焦って作らなくてもいいんじゃないの? アタシたちまだ高校2年生なんだし」

「バカ野郎っ! 『まだ2年生』じゃねぇ、『もう2年生』なんだよっ!」

「えっと……何が違うの?」



 古羊はそのキレイに整った眉根を寄せ、はて? と首を捻る。


 チクショウ、可愛いじゃねぇか……靴を舐めてやろうか?


 妙な敗北感を覚えながら、ポケェとした表情を浮かべる白ギャルに俺は懇切丁寧に説明してやった。



「来年の今頃はよぉ、進路や就職やらで俺たち恋愛どころじゃなくなるだろ?」

「う、うん」

「まあ確かにそうね」

「かといってこのまま何も行動を起こさなければ……それはそれでモテない男たちにとっては鬼門と呼ばれている夏休みが到来し、半ば強制的に俺の青春は絶たれてしまう」



 その瞬間、2人は打ち合わせでもしていたかのように「あぁ~」と声を揃えた。



「確かに男の子にとって夏休みは結構重要よね。なんせ気になる女の子が夏休み中に自分の知らないところで彼氏作って、2学期の頭には死ぬほど後悔したりとか」

「あああぁぁぁぁ――ッ!? やめて、やめて!? 去年の夏を思いだすからマジでやめて、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」



 底意地の悪い笑みを浮かべる羊飼の真横で、聖水をぶっかけられた悪魔のように頭を抱えて苦しみだす。


 ついでにクネクネと身体をねじって、少しでも精神の痛みを和らげようと努力してみる。


 しかし、そんな俺の努力も虚しく、古羊が怒涛の追撃を開始し始めたっ!



「メイちゃんの言う通り、夏休み明けに彼氏さんを作ってる女の子って結構いるよね」

「でしょでしょ? 清純そうだった子が、2学期には彼氏の影響で髪を染めてたりとかザラでしょ、ザラ」

「うんうん。彼氏さん好みの女の子になりたくてイメチェンしてくる子は多いよね」

「ねぇ? 2人は俺の心の地雷処理班か何かなの?」



 的確にトラウマを掘り返していくそのスタイル……俺じゃなきゃ心が壊れているところだ。


 まったく、なんて恐ろしい女たちなんだ。


 カサブタどころかまだぬめっている人の古傷に、喜々として塩を塗りたくるなんて、ほんとに同じ人間か?


 あまりにも丁寧に塩を塗りこんでくるもんだから、このまま漬物にされちゃうんじゃないか? って錯覚しちゃったくらいだよっ!



「なるほどねぇ~、そりゃ健全な男の子なら焦っちゃうわよねぇ」

「あ、焦っているってことはさっ!」



 納得したような声をあげる羊飼とは対称的に、何故かズイッ! と俺の方へ身を寄せながら上ずった声をあげる古羊。



「そ、そのっ! も、もしかしてだけどね、ししょー?」

「うん? どったよ?」

「い、今、気になっている女の子とか、その……す、好きな子……とか、いる、の?」



 何故か伏し目がちにチラチラと俺の方を確認しながら、緊張したようにたどたどしく尋ねてくる古羊。


 なんでこんな緊張してんだコイツ? と内心首を傾げつつ、俺はニヒルな笑みを浮かべてみせた。



「フッ、愚問だな。俺は学校中の女の子全員を気にしているし、愛しているぜ?」

「ナチュラルに気持ち悪いわね、コイツ」

「そ、そういう意味じゃなかったんだけどなぁ……」



 女の敵を見るような瞳で1歩俺から距離をとる羊飼。


 そして古羊はどこかホッとしたような、それでいて残念そうな表情であいまいに笑っていた。



「あ~あ、彼女が無理だとしても、せめて夏休み前までには女友達の1人や2人できねぇかなぁ」

「…………」

「ちょっと古羊ちゃん? 無言で師匠のわき腹をつねるのはやめてくれます?」



 何故か不機嫌そうに頬をぷくぅっ! と膨らませた古羊に脇腹をぎゅぅぅぅ~っ! とつままれる。


 いや痛くないから別にいいんだけどさ、なんで何も喋らないの? 普通に怖いよ?


 そんな俺たちのやりとりを見ていた羊飼が、何故か怪訝けげんそうな瞳で俺を睨んできた。



「な、なんだよ?」

「ねぇ? なんか洋子、妙にアンタに懐いてない? ……まさかエロいことでもしてるんじゃないでしょうね?」

「あの羊飼さん? 襟首を握るのやめてくださる? 苦しいんですけど?」



 巨乳に脇腹をつねられ、虚乳に襟首をめられる。


 一体俺が何をしたというのか……。



「おいキサマぁ? 今、どこを見た? おっ?」

「んん~? おそらく俺は今、地獄を見ているかな?」



 人を殺しそうな目で俺の襟首を締め上げる羊飼。


 別にチミの嘘で塗り固められた乳なんか見てないから、離してくんないかな?


 なんてやり取りを羊飼としている間に、さらにムッ! とした顔を浮かべた古羊がイジけたようにポショリとつぶやいた。



「ししょーのバカ……もう知らないもん」

「俺が一体ナニをした……?」



 すごく納得がいかなかった。

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