第2話 羊飼芽衣は女神である

 思えばこの世に生を受けて16年。


 わたくし、大神士狼おおかみしろうの人生は平々凡々といっても過言ではなかった。


 父はどこにでもいる幼稚園教諭だし、母はゴリッゴリのスポーツインストラクター、そして4つ上には20歳になったばかりのネトゲ廃人の姉が1人。


 そんなどこにである一般的な日本家庭に生まれたナイスガイ、俺、大神士狼。


 光源氏の再来、歩くジョニーデップ、最終兵器イケメンと呼ばれた才気溢れる若者、それが俺だ。


 持っているスベらない話と言えば、子どもの頃、ママンに東京をうたいながら千葉県にある日本唯一の治外法権『夢の国』に行きたいとおねだりしたら、何故か富士の樹海に連れて行かされ『黄泉の国』へと出航しかけたことくらいのごくごく一般的な人生を歩んできたイケメン。


 そんなナイスガイな俺も無事高校生になり、この県立森実高校で2度目の春を迎えようとしていた。


 4月。桜が舞い散り、新たなる物語が幕を開く季節。


 たった1度きりの高校生活。


 ここで俺は一体どんな出会いをするのだろうか?


 そんな高校2年生となる俺の新たなる船出は――



「米が炊けたで相棒!」

「よっしゃ! テメェら、肉を焼け! 肉を!」

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」






 ――家庭科室でクラスメイトたちと勝手に焼肉パーティーを開催する所から始まった。






「いやぁ、お昼休みに食べる焼肉は中々に乙なもんがあるのぅ。なぁ相棒」

「あぁ、しゃぶしゃぶとどっちにするか迷ったが、やっぱ焼肉で正解だったな」



 ガンガンお肉を焼いていく俺の隣で、上機嫌に笑ってカルビを頬張るこの男の名前は猿野元気。


 エセ関西弁をたくみに使いこなす岡山県と香川県のハーフである。


 頭とノリの軽さは天下一品であり、文字通り元気だけはすこぶるいい。



「うひゃひゃひゃひゃっ! ガンガン焼け、ガンガン焼け――って、あぁっ!? アマゾンてめぇ!? それは俺が育てておいたお肉ちゃんだぞ! 横取りすんな!」

「なら肉にちゃんと名前でも書いとくんだなぁ! って、あぁ!? コラ大神カス! その肉はオレが狙ってたヤツじゃねぇか! なに勝手に食ってんだ!?」

「ブワッハハハハハハッ! 俺のお肉ちゃんを寝取った仕返しじゃ! ざまぁみやがれ!」

「2人とも仲良く食べぇや……まだまだお肉はたくさんあるんやからさぁ」



 元気の言葉を無視して、俺と競い合うようにお肉を胃袋という名の宝物入れに納めるこの男の名前は三橋倫太郎みつはしりんたろう、通称『アマゾン』。


 頭と股の緩さは天下一品であり、齢30を待たずして簡単な魔法なら使えるんじゃないか? とクラスメイト達の間でまことしやかに囁(ささや)かれている男だ。


 ちなみに『三橋倫太郎』→『三倫』→『みつりん』→『密林』→『ジャングル』→『アマゾン』という由緒ゆいしょ正しきあだ名の変遷へんせんを経た猛者でもあったりする。



『あっ、コラカスッ! ソレは俺のオンナだぞ!?』

『うるせぇっ! 所詮この世は焼き肉定食(?)なんだよ!』

『テメェこのカスッ! 肉喰い過ぎだ! 野菜食え、野菜!』

『野菜は牛が食ってくれているから問題ねぇ! 肉よこせ、肉っ!』



 俺とアマゾンが言い争っている間にも、他のテーブルでは2年A組のクラスメイトたちが必死にタンパク源を摂取しようと我先に肉へとむしゃぶりついていく。


 その姿はまさに女体を前にした男子中学生のようだ。



「さて、場も盛り上がってきたコトやし相棒。そろそろ実験を始めよか?」

「OK牧場」



 白米を口いっぱいにかきこみながら、適当に相槌を打つ。


 そう、別に俺たちは何も肉が食べたいために家庭科室に忍び込んだわけでは断じてない。


 これにはちゃんと深い理由があるのだ。



「それで元気? 今度の文化祭で発表するつもりのアイテムってなんだよ?」



 そう、俺たちは元気が作りだした最新鋭の科学アイテムの使用実験を手伝うべく、奴の要請で焼肉パーティーを開いていたのである。


 ほんと神様も何をトチ狂ったのか、顔面の偏差値と引き換えに、我が親友に発明の才能を与えたらしく、俺はよくこうして奴がワケの分からん発明をしては実験に巻き込まれる日々を送っていた。 



「おまえが何か立食パーティーみたいなモノを開けっていうから主催したが、これでよかったわけ?」

「バッチリや! これで今回の目玉アイテムの性能が分かるで!」



 そう言って元気は懐から水晶玉サイズのメタリックボールを取り出してみせた。



「なにソレ?」

「これはやな、半径10メートルに渡って美味しいモノを食べている人間に衝撃波を発生させる装置や」

「? つまりどういう装置?」

「つまり……こういうことや!」



 元気は手に持っていたメタリックボールを優しく3回撫でまわした。


 途端にメタリックボールの色が銀色からピンク色に変わり、




「「「「「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ❤❤❤」」」」」




 ――男達の卑猥な叫び声と共に、制服が弾け飛んでいった。


 俺と元気以外、歩く猥褻物わいせつぶつと成り下がるクラスメイトたち。


 顔面モザイクどころか、全身モザイクである。


 おいおい、なんで男の裸を見ながらメシを食わにゃならんのだ? これも試練か?



「よし、成功や!」

「ちょっと元気さんや? 何コレ? 嫌がらせ?」

「ちゃうちゃうっ! これはな『食撃しょくげきのソープ』Version1・5の力や!」



 元気は喜々としてメタリックボールを撫でまわす。


 その度にあちらこちらから男共の嬌声が怒号のように飛び交った。


 もはや視覚と聴覚の暴力である。


 俺がもう少し心の弱い少年だったら、今頃ワケの分からないことをのたまいながらこの場で紐無しバンジージャンプを敢行かんこうしている所だ。



「よくグルメ漫画とかで、美味しいモノとかを食べると服が弾け飛ぶシーンがあるやろ? ワイなぁ、アレをどうしても再現しとぉてなぁ。コレはその集大成となるアイテムや!」



 ヘヘッ、と鼻の下をこすりながら自慢げに自分の作りだしたアイテムを見せてくる元気。


 その横でアマゾンが全身を痙攣させながらお肉片手に「んほぉぉぉぉぉっっっ❤❤❤」と歓喜の声をあげていた。


 正直、今すぐ目と耳を取り外してガンジス川で洗濯したい気分だ。



「この『食撃しょくげきのソープ』Version1・5は美味いモノを食べることによって生じる衝撃を増強させ、身体から微小のソニックウェーブを発生させることにより、身に着けている衣服を弾け飛ばすことが出来るシロモノや! どうや圧巻の光景やろう?」


「あぁ、まさにこの世の地獄としか思えない光景だ」



 俺はサファリパークと化した家庭科室を一瞥しながら感嘆の吐息をこぼした。


 もちろんこのサファリパークにいる動物はゾウさん一択である。なにソレ? 閉園しそう。


 アマゾン率いる2年A組男子一同は、お股に巣食う大蛇だいじゃをブラブラさせながら、モチャモチャと何事もなくお肉を咀嚼していく。


 おまえら肉を食う前に服を着ろや?


 どこの部族の人間ですか? 露出卿ろしゅつきょうですか?


 ……なんだよ露出卿って? 裸族の貴族かよ?


 もう自分で言ってて意味わかんねぇ!


 と、心の中でツッコんでいると突然、バンッ! と家庭科室のドアが勢いよく開いた。



「今の悲鳴なん……だ……あぁっ?」

「ゲッ!? ヤマキティーチャーッ!?」



 野郎共の汚ねぇ嬌声きょうせいを呼び水に、ゴリッゴリに仕上がったマッチョがほうけた様子で口をポカンとあけた。


 我らが2年A組の担任ビッグ・ボスにして、森実高校の生活指導を担当している山崎先生、通称ヤマキティーチャーである。


 ヤマキティーチャーはモッチャモッチャとお肉を貪り食うアマゾンたちを一瞥して、



「な、何をしているんだおまえ達は……?」



 と、頭痛を堪えるように片手で額を覆った。


 気持ちは分からなくもない。


 なんせドアを開けたら自分の受け持っている男子生徒たちが全裸のまま焼肉パーティーを開催していたのだ。


 ヤマキティーチャーがどんな絶景を目撃したのか……もはや言うまでもない。



「これは一体なんの儀式だ……って、ハァ。またおまえか大神?」



 ヤマキティーチャーは野郎共の隙間から俺を見つけると、これみよがしに大きくため息をこぼした。


 な、なんかいつの間にか俺が主犯扱いされている件について。



「ちょっ!? なんでいつも俺が犯人だって決めつけるんですか先生!」

「こんなことをするのは貴様しかいないからだ! このバカたれが!」

「ひ、酷いっ!? 可愛い生徒の言葉を信じられなくて、何が聖職者だ!?」

「勘違いするな大神。おまえは可愛くない、ブサイクだ」



 ほんと酷い言われようである。


 これが元気だったらコンクリートに詰めて瀬戸内海に沈めているところだ。命拾いしたね、先生?



「ほら職員室へ行くぞ大神。今日も反省文とお説教だ」

「ちょっ、待ってくださいよ先生!? よく見て! 俺の目をよく見て! これが嘘を吐いている人間の瞳に見えますか!?」

「見える」



 ヤダな、泣いてないよ?



「…………」

「……ハァ。分かった、分かった。ちゃんと確認してやるから、そんな泣きそうな顔をするな。」



 ヤマキティーチャーは「しょうがない」と言わんばかりに首を横に振ると、俺から視線を切り、モチャモチャとお肉を貪(むさぼ)り喰っているクラスメイトたちに向かって言葉を投げかけた。



「それじゃおまえら、一体このバカ騒ぎの主犯は誰なんだ? 言ってみろ?」



 家庭科室に反響するほどハキハキした声を出すヤマキティーチャー。


 もちろんそんなヤマキティーチャーの問いに答える輩は俺たちの仲間にはいない。


 男の友情は鉄より固いのだ。


 そんじゃそこらの奴らじゃ断ち切ることが出来ないほどに、な。


 これで主犯は誰かわからず有耶無耶になり、俺は晴れて無罪を勝ち取る寸法だ。


 ふふふっ、ごめんなティーチャー?


 でも、まだ捕まるワケにはいかないのだよ。


 と、俺が自信たっぷりに頬を歪ませていると、またもや家庭科室の扉が無造作に開かれた。


 なんだ? ヤマキティーチャーが呼んだ援軍か? と、全員がドアの方へと視線を向けて……絶句していた。


 そこには、俺の理想の大和撫子をコピー&ペーストしたような美少女が立っていた。




「あっ、みなさんこんな所に居たんですね。探しましたよ」

「「「「ひ、羊飼さん(はん)っ!?」」」」



 俺や元気やアマゾンが、いやクラスメイトたち全員が直立不動になり、頬を朱に染めながらその女子生徒の名前を呼んでいた。




 ――羊飼芽衣ひつじかいめい




 俺たちの通う県立森実高校において、彼女を知らない人間はまずいないだろう。


 もし知らないという奴がいれば、そいつはホモかモグリに違いない。


 2年A組に在籍し、出席番号30番。文武両道。容姿端麗。眉目秀麗びもくしゅうれい。偉才秀才、エトセトラ、エトセトラ……。


 太陽の光を一身に受け止めたその黒髪はまさに黒曜石。


 スラッとしたモデル顔負けのボディに初雪が降りそそいだかのような白い肌。


 神に選ばれたとしか思えないその容姿に、誰に対しても朗らかな笑みを崩すことがないその姿は、この森実高校においてもはや生きる伝説とさえなっている。


 誰もが羨むパーフェクトな容姿と成績を誇る生徒。


 高嶺の花という言葉があるが、この言葉は彼女のためにあるようなもの、とまことしやかにささやかれている女子生徒、それが羊飼芽衣ちゃんである。


 一部の生徒からは天使の生まれ変わりだとか、この世に蘇った聖母マリアだとも言われているが、真相は定かではない。おそらくどちらも正解だろう。


 風の噂では『ひよこクラブ』ならぬ『めいちゃんクラブ』なるものが男子生徒の間で発足しているらしく、羊飼さんに手を出した人間は例え永遠の愛を約束した恋人だろうが、その髪の毛1本に至るまで必ず瀬戸内海に沈めるというおとこの誓いならぬイカれた誓いを立てている男子が多数存在しているらしい。


 そんなサイコパスなヤツらに見つかったら最後、中世の魔女裁判よろしく火あぶり拷問されたあげく、瀬戸内海の魚のエサにされるのが目に見えている。


 その他者を魅了してやまない圧倒的カリスマ性により、去年、1年生にして生徒会長に就任した豪傑でもあり……何て言うかもう、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している女の子なのだ。



「ほらほらみなさん、今日はお昼休みを利用して委員会を決める予定でしたよね? はやく教室に戻りましょう?」



 委員会が決まっていないのはウチのクラスだけですよ? と、困ったように苦笑を浮かべる羊飼さん。


 その困り顔もなんとキュートな事か……。


 ほんともう、結婚したい。


 それがムリなら椅子になりたい。


 なんてことを考えていると、急に羊飼さんがポッ、と頬を染めて視線を明後日の方へ向けた。


 どうしたのだろうか? 俺があまりにイケメン過ぎて直視できなくなったのだろうか?


 ごめんね、イケメン過ぎて?



「ところであの……どうしてみなさん裸なんですか?」

「「「「ッ!? は、はわわっ!?!?」」」」



 羊飼さんに注意され、今気がついたと言わんばかりに机の影に身を隠すクラスメイトたち。


 そんなアホ共を尻目に、俺は羊飼さんに見惚れていた。


 ほんと恥らう姿も可愛いなぁ……結婚したい。


 と、婚活意欲がメラメラバーニングしている俺の目の前で、ヤマキティーチャーが羊飼さんに何やらコショコショと耳打ちをしてい――って、おい!?


 テメェ、この筋肉ダルマ!? 誰の許可を得て俺の女(予定)に触れてやがる!?


 離れろロリコン野郎!


 俺が汚らわしいモノでも見るかのようにヤマキティーチャーに視線を送っていると、不意に笑みを浮かべた羊飼さんが、確認するかのようにその愛らしい唇を動かした。



「みなさん、この焼肉パーティーの主犯は誰ですか?」

「「「「「大神です」」」」」



 友情? なにそれ? 美味しいの?


 麗しき男の友情に涙が止まらないね!


 ほんと男の友情って墨汁で浸した書道半紙のようにペラッペラだぁ♪


 なんてことを考えているとポンッ、と何者かの手が俺の肩に置かれた。


 いや、もうよそう。現実を見るときがやってきたんだ。


 俺は『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ……』とか文字が浮かんで見えそうなくらい重い空気の中、覚悟を決めて振り返ると、そこには袖の下(ワイロ)を貰った悪徳商人のような笑みを浮かべるヤマキティーチャーが居た。


 最高の笑顔を浮かべて、立っていた。



「というわけだ大神ぃ。先生と一緒に職員室まで一緒に行こっか♪」

「先生、メリメリ言っています。僕の肩が発してはいけないパッションを奏(かな)でているんですけど? 人体が奏でちゃいけない音色を奏でているんですけど?」

「そうかそうかっ! そじゃあ、先生と一緒にセッションしようじゃないか……肉体言語でな」

「た、助けて!? 誰か助けて!? 生徒指導に犯される!? いやぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!?!?」

「人聞きの悪いことを言うなっ! あっ、コラ! 暴れるんじゃない!」



 必死に逃げようと、半分泣きが入った状態で家庭科室のドアを目指す俺。


 だが、分厚い筋肉の鎧で出来たヤマキティーチャーの拘束は1ミリも緩むことはない。


 なんなのこの人? 鎧的な巨人なの? イエェェェェガァァァァァ――ッ!



「さぁ羊飼さん、教室に戻りましょか?」

「えっ? あっ、はい。でもあの……大神くんは?」

「相棒なら心配いりまへん。いつもの事ですから!」



 さぁさぁ、帰りましょう♪ 帰りましょう♪


 困惑する羊飼さんを無理やりエスコートして2年A組の教室へと帰って行くカス共。


 あいつら全員、不幸になぁ~れ♪ 心の中で魔法をかけながら、俺はズルズルとヤマキティーチャーに引きずられ職員室へと連行されるのであった。

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