第127話 ライブ当日

 次の日。


 結局昨日は、雑談配信が終われば疲れてすぐに寝てしまったため、今日は珍しく早起きに成功した俺はのんびりと朝食を済ませている。

 換気のため全開にした窓からは心地よい風が入り込み、早起き出来ているというだけで嬉しくなってくる。


 今日はこのあと、紅羽のライブイベントへ遊びに行く予定が入っているものの、それは夕方から。

 そのため、二度寝には気を付けつつも、特にすることのない俺はのんびりと過ごしながら時間を潰すことにした。


 しかし、俺に出来る暇つぶしと言えば、パソコンでのゲームぐらい。

 そう思い俺は、朝食を済ませてからとりあえずパソコンを立ち上げてみると、チャットが届いていた。

 何だろうと思いそのチャットを開いてみると、それは今日このあと会う予定の紅羽からのものだった。


『ちなみに明日なんだけどさ、良かったらライブの前に少し会えたりしない?』

『って、もう寝ちゃってるよね! ごめん、さっきのは忘れて!』


 一回目のチャットから五分後に、続けてチャットが送られてきていた。

 確かに寝ていたわけだけれど、今日は何も予定のない俺としては、別に早くに会うなら会うで何も問題はない。

 だから俺は、とりあえずそのチャットに返事をすることにした。


『おはよ、別に構わないよ』


 断る理由がないどころか、今実際に暇をしている俺としてはむしろ助かるまである。

 まぁでも、紅羽も昨日の時点で諦めてるだろうし、夕方からはライブも控えていることだしこの時間に起きてはいないだろうと思っていると、紅羽からすぐに返信が届く。


『本当に? 良かった!』


 即レスからの、続けて集合する駅と時間が手短に伝えられる。

 だから俺は、意外と早起きな紅羽に少し驚きつつも分かったと返すことで、今日は早めに紅羽と会うことになったのであった。



 ◇



 午後の一時。

 俺は紅羽に言われたとおり、今日ライブが行われるライブハウスの最寄り駅へとやってきた。


 しかし何ていうか、紅羽は俺と同じFIVE ELEMENTSのメンバーだけれど、こうして女性と待ち合わせをするというのは中々慣れないものがあった。


「おつかれ、彰」


 すると、少し遅れて駅の改札口から出てきた紅羽が声をかけてくる。

 白のトップスにスキニージーンズと、シンプルな格好ながらも女性らしい服装。

 そして何より、そのスタイルの良さが際立っているというか、やっぱり会う度に少し意識してしまう自分がいた。


 昨日の武もそうだが、FIVE ELEMENTSのメンバーはバーチャルであることがもったいないと思えるほど、みんな美男美女揃いだと思う。

 たまにネット上には、Vtuberは容姿に自信のない奴らがやる云々の書き込みを目にすることがあるが、そいつら全員並ばせて会わせてやりたくなる。

 それぐらい紅羽は、主観的にも客観的にも普通に美人と言えるのであった。


「おつかれ」

「ごめんね、変な時間にチャットしちゃって」


 やってきた紅羽は、申し訳なさそうに謝ってくる。

 いつも当たりの強かった紅羽が、こんな風に対等に接してくれていることが、改めて嬉しく思えてくる。

 だから俺は、笑って大丈夫だよと返事をすると、紅羽も一緒に笑って応えてくれた。


「それじゃ、行こっか」

「行くっていうと?」

「んー、適当にブラブラ的な?」


 どうやら紅羽もノープランだったようで、それならそれで構わない俺は一緒に街ブラをすることにした。


 というわけで、始めてやってきた街を紅羽と二人で散策する。

 それは以前、梨々花と事務所の周辺を散策した時と同じ感覚で、こうして知らない街を歩くというのはそれだけでワクワクしてくる。


 普段は駅から降り立つこともなく、きっと知ることもなかったであろう街並み。

 しかしここにも沢山の人がいて、沢山のお店が建ち並んでいる。

 やっぱり一人では来ようとは中々思えないものの、こうして誰かと一緒に新たな発見ができる体験というのは、それだけで楽しいものがあった。


 ふと隣を向けば、そこには紅羽の姿。

 こうして二人でいるのは、以前の渋谷の時以来だろうか。


 同じFIVE ELEMENTSのメンバーで、家族のように互いをよく知る存在。

 それでも今日はこのあと、俺はきっと紅羽の新たな一面を知ることが出来るのだろう。

 それもまた、俺にとっては楽しみであり喜ばしいことでもあった。

 昨日の武同様、俺はメンバーのことを知っているようで知らないことだらけだと思うから。


「ん? どうかした?」


 すると、俺に見られていることに気付いた紅羽が、楽しそうに表情を緩めながら声をかけてくる。


「いや、なんでもない。この辺も、住み心地良さそうだよね」

「うん、そうね。引っ越してきちゃおうかしら」


 俺の言葉に、紅羽も楽しそうに笑ってそんな冗談を言う。

 こうなるまでに時間は掛かってしまったものの、こんな風に気兼ねなく一緒に時間を過ごすことが出来ていることが、俺はやっぱり嬉しくなってくるのであった。


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