第126話 振り返りとお誘い

 コンサートを終え、それから武と軽く夕飯を済ませてきた俺は、現在自分の部屋のベッドの上で横になっている。


 今日一日で、俺はこれまで知らなかった武の色々について知れたように思う。

 それは今の武についてだけではなく、知り合う前の武についても知ることができた。


 これまで俺は、ずっと武のことを凄いやつだと思ってきた。

 Vtuber活動はもちろん、音楽の才能まで併せ持っており、自分ではとても追いつくことなんてできないような存在――。


 だからこそ俺は、それが分かっているから今日まで本当の意味で深く関わろうとしてこなかったのかもしれない。

 何故なら、距離が近くなれば近くなるほど、劣等感にさいなまれてしまうから……。


 でも、そんなことはなかったんだ。

 武はずっと仲間のことを思ってくれていたし、それはきっと武以外のみんなも同じだろう。

 それは俺も同じではあったが、勝手に自分の中で線を引いていただけなのだ。


 そんな俺自身、ここ最近変わることができたように、武もこの活動を始める前とあとでは、大きく変わっていっていることを知れた。


 それは俺にとっても、嬉しいことであった。

 この活動を通じて、俺だけでなく武や、きっと他のみんなも変わることができていることを知れたから。


 特別な才能はあれど、悩んだりすることもあるし変わっていくことだってある。

 そんな風に、メンバーみんなも自分と同じように変わることが出来ていることが嬉しいのだ――。


 そんな気付きが得られただけでも、今日は本当に連絡をしてみて良かったと思えるのであった。


 まぁそんなわけで、この夏休み。

 ほとんど配信三昧ではあるものの、充実した毎日を送れているのであった。


 そして来週は、いよいよ武の別荘へ遊びに行く予定が入っている。

 それはFIVE ELEMENTSのみならず、DEVIL's LIPのみんなも来るこの夏一番の一大イベント。


 一体どうなってしまうのか想像もできないが、グループも増えたこともあるし、俺は今から楽しみだったりする。

 そしてそこには、同じ事務所の仲間であると同時に、同級生であり、大学内で唯一の友達と呼べる存在でもある梨々花も含まれている。


 そのことが、俺はやっぱり嬉しかった。

 最初はVtuberになりたいと話しかけてきた、大学で一番の美女と呼ばれる存在。

 それが今では友達であり、こうして同じ事務所の仲間としていてくれているのだ。

 そんな確かな繋がりが存在することが、俺は嬉しいのだ。


 ――それに、この前買った服もあるしな。


 部屋の片隅に置かれた、服屋の紙袋。

 その中には、この間梨々花と一緒に買った服がそのまま入っている。


 当日は、お互いにこの間一緒に買った服を着て行く約束をしており、そんな二人だけの繋がりが形としてあることが嬉しかった。


 そんな喜びを感じつつ、俺は今日も配信の準備を始める。

 ちなみに今日の配信は、外出していたこともあるしゲームをする気があまり湧かないため、雑談配信にすることにした。

 今日はちょうど武と遊んできた話のネタもあるため、ちょうどいいだろうと思いながら配信準備を終える。

 あとは三十分後に配信を開始するだけとなったところで、一件のチャットが送られてくる。


『ねぇアーサー。ちょっと相談があるんだけど、いいかな?』


 それは、カノンからの個別チャットだった。

 突然送られてきたそのチャットに少し驚きつつも、俺は返事をする。


『なんだ? 急にどうした?』

『ごめん、いきなりで悪いんだけどさ、明日は暇?』

『明日? 暇だけど?』

『じゃあ、夕方時間貰えたりするかな?』


 何事かと思えば、それはカノンからの急な誘いだった。

 驚きつつも、当然明日も特に予定がない俺は、少し考えてからチャットを返す。


『いいよ、何も予定ないから』

『本当? 良かった! じゃあ、明日なんだけどさ――』


 こうしてカノンから、明日の用件が伝えられる。

 どうやら明日は、久々にカノン――というより、紅羽のライブイベントが行われるらしい。

 だからそのイベントに、俺のことを誘ってくれたのである。


『分かった。じゃあ、明日は楽しみにしてるよ』

『うん! よろしくね!』


 すぐ返事が返ってくる辺り、チャットの向こうで喜んでくれているようだ。

 以前は俺に対していつも当たりが強く、ずっと距離があった紅羽。

 それがまさか、こんな風に紅羽から誘ってくれるようになるなんて思いもしなかったな……。


 そう思うと、これも武のみならず紅羽も変わっていっている表れなのだろう。

 こうして俺は、急ではあったものの明日は紅羽のライブイベントへ遊びに行くこととなった。

 今日は初めてコンサートへ行ったが、ライブハウスでのライブイベントというのも初めての俺は、ちょっと緊張はするけれど楽しみだった。


『了解、じゃあ明日は楽しみにしてるよ。頑張ってな』

『うん、ありがとう! わたしもこれから、アーサーの配信楽しみにしてるからね!』


 なるほど、どうやら紅羽はこれから俺の配信を観る気満々なようだ……。

 身内に見られることが分かっているというのは、少し恥ずかしい気もしてくる。

 でも、だったら面白い配信を頑張らないとなと気合いを入れつつ、今日もこのあと配信を行うのであった。


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