第108話 仲間

「というか、クリス。もう体調はいいのか?」

「うん、おかげさまで凄く楽になった。少しお腹空いて目覚めた」


 嬉しそうに腕に抱き付きながら、たしかに元気そうなクリス。

 お腹が空いてくるというのは、健康になってきている証拠だろうから本当に良かった。


「クリスの分も、食べやすそうなもの買ってあるから、ちょっと待っててくれ」

「彰が用意してくれるの?」

「ん? ああ、そうだけど」

「やった。うれしい」


 喜んだクリスは、また俺の腕にぎゅっと抱きつく。


「あ、ちょっとクリス! それはズルじゃない?」


 そして張り合うように、逆の腕に抱き付いてくる穂香。

 結果、両腕に抱き付く美女が二人という、まるでハーレムラブコメ主人公のような状況になってしまう――。


「はいはい。二人とも一回離れてくれ? 用意できないから」

「「はぁーい」」


 俺の言葉に、渋々離れる二人。

 こういう聞き分けのいいところは少し面白いなと思いつつ、俺はクリスのご飯の用意に取り掛かることにした。


 その間、二人は一緒に穂香のスマホを見ながら楽しそうに会話している。

 まぁさっきのも、今はこの場に男が俺一人なこともあり、おふざけの延長なことは分かっている。

 それでも、時おり本気で奪いに来ているようにも感じられるから、ちょっと意識してしまう自分がいたことがちょっと恥ずかしい……。


 そんなことを考えながらも、おかゆと食べ合わせのお漬物、あとはだし巻き玉子を用意すると、クリスのもとへ運ぶ。


「わぁ、美味しそう」

「全部出来合いのものだけどな」

「ううん、彰が用意してくれたことが大事」


 そう言って、本当に嬉しそうな笑みを向けてくるクリス。

 やはり弱っているからだろうか、普段より素直で可愛いクリスに、俺はまた見惚れてしまいそうになってしまう。


「じゃあ、わたしがあーんしてあげよっか?」

「穂香のはいい。彰がいい」

「何よ? わたしじゃ駄目だっていうの?」

「そう。自分で食べれる」

「もう! いいから、わたしにさせなさいよねっ!」


 断るクリスを無視してレンゲを奪い取ると、そのままおかゆをあーんと差し出す穂香。

 クリスも仕方なくその差し出されたおかゆを口に含むと、モグモグしながらも「美味しい」と微笑む。


 そんなクリスの微笑みが嬉しかったのか、穂香も嬉しそうに微笑み返すことで、結果二人仲良く微笑み合っているのであった。


 なんやかんや仲良しな二人の姿に、俺も自然と笑みが零れてしまっていたのは言うまでもないだろう――。



 ◇



「ずっと寝てたから、眠たくない」


 食事を終えたクリスは、そうぼそりと呟く。

 たしかに俺が来てから、暫く眠り続けていたクリス。

 あれだけ寝れば、目も冴えてしまうだろう。

 とは言っても、まだ完治したわけではなく、恐らく薬がしっかりと効いてるだけ。

 まだ安静にしてなければならないだろう。


「でも、ちゃんと薬は飲んで安静にしないとな」

「はーい」


 そう言って俺は、水と薬をクリスに差し出す。

 するとクリスは、嬉しそうにそれらを受け取って微笑む。


「……いつも一人だから、今日は賑やかで嬉しい」


 そしてクリスは、そんな胸の内を呟くのであった。

 それは俺も、そしてきっと穂香も同じだった。

 みんな普段は一人暮らしだから、こうして賑やかなことがなんやかんや嬉しいのだ。

 だから俺も穂香も、顔を向き合わせて笑い合う。

 俺達の繋がりは、周りからしてみれば同じVtuberグループというだけなのかもしれない。

 それでも俺達は、これまで沢山の苦楽をともにしてきた仲間なのだ。

 だからこそお互いが大切だし、こうして一緒にいるだけで家族のように心地良いのだ。


「じゃ、今日はわたしもクリスの寝室で一緒に寝ようかな」

「え……でも、風邪が移っちゃう」

「平気よ。というか、わたしはゲームぐらいしかすることないし、貰ってあげるわよ。お泊り用の布団はあるんでしょ?」

「う、うん」

「じゃあわたしは、床に敷布団で眠るわ」

「……大好き」


 傍にいてくれるという穂香に、嬉しそうにぎゅっと抱きつくクリス。

 そんなクリスの頭をよしよしと撫でながら、穂香は歯を磨くため一緒に洗面所へと向かって行った。


「……じゃあ俺は、このソファー借りるかな」


 さすがに男の俺も一緒に寝るわけにはいかないしな。

 俺はテーブルの上を片付けながらも、自然と笑みが零れだす。

 それはきっと、仲間の新たな絆みたいなものを感じられたからだろう。


 そんなわけで、今日から始まった大学生活初の夏休み。

 最初は何も予定のなかった俺だけど、気付けば慌ただしくも、最終的には嬉しくなっている自分がいるのであった。




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