第107話 空色ミリア

『ア、アサ、アーサーさんも、み、観てくれてるんですかぁ!?』

「なによ、わたしの時より驚いてない?」


 穂香の言うとおり、俺の時の方が驚きが強いように感じられるミリアちゃん。

 その理由こそ分からないが、そんなミリアちゃんの反応にちょっと不満そうにする穂香。


「観てるってか、今一緒に観てますよーだ」


 そして勝ち誇るように、配信画面に向かってベーと舌を出すのであった。


『あ、ああ、その、違うの! わたし、Vtuberになったのはアーサーさんの配信観てたからであって、ガ、ガチ恋とかそういうのじゃないからやめてよね! 向こうにも迷惑になっちゃうからっ!』


 同じくコメント欄にも煽られたミリアちゃんは、慌ててガチ恋とかではないと訂正する。


「はは、まぁそうだな。同じ事務所内でそういうのは、ちょっと勘弁してほしいかも」


 俺は笑いながら、ミリアちゃんに届くはずもない返事をする。

 すると隣の穂香は、何だか気まずそうな目でこっちをじっと見てくる。


「な、なんだ?」

「……いや、別に」


 誤魔化すように、目を背ける穂香。

 まぁよく分からないが、とりあえずミリアちゃんが否定してくれて助かった。


『……その、さ。わたし、ちょっとプライベートで色々あって、迷走してた時期があるんだよね……。そんな時、偶然見つけたのがアーサーさんの配信だったの。楽しくて、全ての配信を追ってたわ。それでほら、アーサーさんってあんな性格でしょ? 次から次へとみんなを輝かせていくっていうかさ……だからわたし、思ったんだよね。わたしもVtuberになれば、アーサーさんに輝かせて貰えるのかなって……』


 ミリアちゃんは、自身がVtuberになったキッカケを話す。

 そしてそのキッカケには、自分が関わっていたことに驚きを隠せなかった。


 コメント欄には『分かる』というコメントで溢れ出し、俺がみんなを輝かせていくという話についてはみんな納得してくれているようだ。


『って、今アーサーさん観てるんだっけ!? やっば! 今の話全部ナシ! さ、ゲーム再開するよぉ!』


 俺が今観ていることを思い出すミリアちゃん。

 恥ずかしそうに仕切り直すと、再びレースゲームを再開させるのであった。


「ふーん、この子、ちゃんと見る目あるじゃん」

「見る目って……」

「前も言った通り、わたし達は彰のおかげで今があるんだよ。だからもっと胸を張りなさい!」


 そう言って穂香は、微笑みながら俺の背中をバンバン叩いてくる。

 まぁ自分では未だにそんな自覚こそないけれど、周りにそう言って貰えるということは素直に光栄なことだった。


 結局そのあとは、奇跡的にレースゲームで四位になれたことで、物凄く勝ち誇りながら配信を終了したミリアちゃん。

 リスナーのみんなも、『やっと終わった……』とコメントしてる辺り、気を使ったのかもしれない。


「ふぅー! やっと終わったねぇー」


 穂香はぐっと伸びをすると、そのままその頭を俺の肩に預けてくる。

 そしてそのまま、上目遣いで俺の顔を見上げてくるのであった。


「……ちょっと、酔っちゃったかも」


 少し甘えるような、穂香らしくないその言葉……。

 そんな、急な変化に俺はどうしていいか分からなくなってしまう……。


 そのまま、無言の時間が流れる……。


 ガチャリ――。



「……わたしの家で、何をしてるの」



 ドアが開けられる音に振り向くと、そこには不信そうに立つクリスの姿があった。

 おでこに貼った熱冷ましシートは剥がれかけ、着ているパジャマもよれよれで、ちょっと男の前に立つには無防備すぎるその姿——。


「もう、タイミングが悪いよー」

「ふん、わたしからすればナイスタイミング」

「あははー、それもそっかぁー!」


 笑って誤魔化す穂香を無視して、穂香とは逆側に座って同じようにくっ付いてくるクリス。


「――両手に花。彰はどっちを選ぶ?」


 そしてクリスは、とんでもないことを言ってくるのであった。


「ど、どっちって……」


 左右を見れば、期待するように俺の顔を見つめてくる美女が二人――。

 俺はそんな、二人が何を言っているのかは分かったうえで、二人の頭に軽くチョップする。


「そういうのはナシな」

「「えー」」


 二人の不満の声が、見事にシンクロする。


「俺達はFIVE ELEMENTSの仲間だ。ハヤトやカノンだっている。もし本当に俺に興味があるなら、いつか解散とかした時にしてくれ」


 これが冗談なことぐらい分かっている。

 でも、もし仮に本気ならば、そういうのはこの活動が終わってから。

 だからそれまでは、今のまま大切な仲間でいよう。

 それが俺の一貫した、この活動を続けるうえでの心積もりなのだ。


「ま、そういうところが良いなって思うわけだけど」

「むしろ彰の方が、求めちゃうぐらいにしてやる」


 それは二人も分かっており、納得するように俺をおちょくるのをやめてくれた。

 だから俺も、安心してそんな二人に返事をする。


「まぁそうだな、もしも俺自身の気持ちが動いた時は、分からないかもだけどな」


 まぁそんなことになっても面倒なだけだと思うけどと、俺は笑い話のつもりで返事をした。

 しかし、二人の耳はピクピクと動き、それからバッチリ目を合わせて頷き合う。


「言ったからね?」

「言質取った」

「え、な、なんだ!?」


 慌てる俺を見て、悪戯な笑みを浮かべる穂香とクリス。


「覚悟しなさいよ」

「メロメロにさせてやる」


 そして二人とも、晴れ晴れとした表情でやる気に満ち溢れているのであった。

 そんな二人の美女を前に、さっそく見惚れてしまいそうになっている自分がいるのであった。


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