第75話 最後の一人+α
「えっと、じゃあ質問いいか?」
「ええ、どんときなさい!」
謎のやる気満々のカノン。
そんなカノンのテンションに少し驚きつつも、俺は他のみんなと同じように質問を始める。
「じゃあ、もう質問も一巡してるから……六番の――最近あった楽しかったことは?」
まずは、当たり障りのない質問から。
きっとリスナーのみんなも、カノンのプライベートな部分には興味があるだろうと思って。
「楽しかったこと? ――そうね、この間渋谷にあるカフェに行ったことかしらね」
するとカノンは、自然に思い付いたまま答えてくれた。
さっきまで配信していたカノンは、ずっと続いた無理矢理にでも俺に絡めて答える流れを知らないのだ。
だからコメント欄も、『初めて普通の答えきたw』と逆に盛り上がりを見せていた。
――でも、渋谷のカフェって……。
それってもしかしなくても、この間一緒に行ったあのカフェのことですよね……?
リスナーのみんなには伝わらないものの、実際には俺に関係する答えが返ってきたのであった。
「――ちなみに、何が楽しかったの?」
「んー、そうね。渋谷とは言ったけど、ぶっちゃけ場所はどこでもいいのよね。――どこへ行くかよりも、大事なのは誰と行くかじゃない?」
「……それはまぁ、そうかもね」
「でしょ? 大事な友達と一緒に過ごす時間は、どこでだって楽しいわ」
カノンのその回答に、俺はなんて言葉を返したら良いのか分からなくなってしまう――。
どうやらカノンも、俺が気付いていることを分かった上で言ってきている感じがして、尚更困ってしまうのであった。
「あぁごめんね! こんな感じで良かった?」
「あ、ああ、十分だ! じゃあ次の質問な? えーっと、それじゃ八番の――最近よく聴く音楽とかある?」
カノンの機転もあり、俺は次の質問に話題を繋げる。
この界隈において、カノンはその歌唱力の高さから歌姫とも呼ばれている。
だからそんなカノンが、最近どんな音楽を聴いているかについてはきっとみんな興味があるだろうと思い、次はこの質問を選んだ。
「音楽? そうね……。あっ! 音楽ってわけじゃないけど――」
その前置きに、俺は少し嫌な予感がしてくる……。
「――アーサーの歌枠はたまに見てるわよ? アーサーの高音って、綺麗よね」
「あぁ、やっぱりこうなるのか……」
その予想どおりのオチに、俺はもう力なく受け入れるしかなかった。
そしてそんな俺の反応に、コメント欄は笑いに包まれる。
結果、質問に答えたカノンだけは、状況が分からずちょっと困惑しているのであった。
それもそのはず、さっきまで別の配信をしていたのだから、この流れも分からなくて当然である。
つまりこれは、カノンは知らずして同じ答えを回答してきたということを意味しており、その偶然がまた笑いを誘っているのであった。
「ああ、ごめん。他の人に同じ質問しても、全員同じ答えを返してくれたからさ」
「え? そうなの?」
俺の言葉に、きょとんとした様子で返事をするカノン。
やはり本当に知らずに言っていたようだ。
「まぁ、みんなそうよね」
「そうよねって?」
「だって、本当に聴いていられるもの、アーサーの歌枠って」
カノンのその言葉に、『たしかに』『俺は毎日聴いてるぞ!』と同意するコメント欄。
そんなみんなの反応のおかげで、これまで自信のなかった俺も、少しだけ自信を持てるようになった。
何より、歌の上手なカノンにそう言って貰えることが嬉しかったのだ。
少し前までは、カノンからこんな言葉を言って貰えるなんて思いもしなかっただけに――。
「……なんか、ありがとな。カノンにそう言って貰えるのは、素直に嬉しいよ……」
「そ、そう? なら良かったわ」
恥ずかしそうに返事をするカノン。
「おう、じゃあ次が最後の質問な」
「え? もう? ――って、みんなそうなら仕方ないわね。分かったわ」
「それじゃあ、最後のはみんなに聞いてるんだが、十三番の――好きな異性のタイプは?」
今日何度もしてきたこの質問を、最後にカノンにも投げかける。
配信に対して、一番意識高く取り組んでいるのは間違いなくカノンだろう。
そんなカノンの色恋ネタというのは、ある意味今日凸してくれた人の中でも一番レアだと言えるだろう。
だからだろうか、コメント欄もそんなカノンの答えにワクワクしている様子だった。
「こんなこと全員に聞いてるの? これ大丈夫? ……まぁそうね、難しい質問ね」
ちょっと呆れるカノンは、回答に悩み出す。
「……でもそうね、急な誘いにも応じてくれたり、重そうな荷物を持っている人がいたら自然に持ってあげたり、そういうさり気ない気遣いができる人って、いいなって思うわよ」
そして少し悩んだ結果出された答えは、やたらと具体的だった。
それは俺の自惚れでなければ、カフェに続いてあの日のことを言っているのだろう――。
でもそんなことを配信上で言えるはずもなく、とりあえずここは話を合わせて配信を進行することに集中する。
「そうだな、気遣いって大事だよな」
「ええ、もちろんそれだけじゃないんだけどね?」
そんなカノンの返しは、きっとみんなには他の条件もあるよという意味に聞えただろう。
でも俺にだけは、その言葉はそれとは違った意味で聞えてくるのであった――。
「じゃ、こんな感じで良かったかしら?」
「ああ、来てくれてありがとな」
「ううん、こっちこそ終わりがけに飛び込み参加してごめんね! 来られて良かったわ! それじゃ、またね」
そしてカノンは、満足した様子で通話から抜けていった。
こうして俺は、そのままこの凸待ち配信を終了させると、今日も配信をやり遂げたことに満足しながら一回大きく伸びをする。
ピコン――。
するとまた、配信が終わったにも関わらず鳴り出す通知音。
しかしそれは、パソコンの通話の通知音ではなく、スマホから鳴る通知音だった。
気になった俺は、とりあえずスマホを手にする。
『やっぱまだ無理でしたーwww』
メッセージの送り主は梨々花で、表示されているのはよく分からない内容のものだった。
何だろうと思い開いてみると、どうやら配信していて気付かなかったが他にもメッセージを送ってきていたようだ。
『ねぇ彰! わたしももうDEVIL's LIPのメンバーだから、アーサー様の凸待ち参加していいよね!? いいんだよねぇ!?』
その梨々花から送られてきていたメッセージを見て、俺は思わず吹き出してしまう。
「いや、まだ駄目でしょ」
思わずツッコミを入れてしまう。
当然まだデビューしていないし、そもそも通話の連絡先も共有していないのだから入って来られるわけがないのだが、一人ワクワクしている梨々花の姿は用意にイメージできた。
――まぁ、これもある意味凸には成功しているわけだけどね。
だって、こうしてアーサー本人に直接メッセージを送っているわけだから――。
そう思うと、やっぱりちょっとおかしくて、俺は一人笑えてきてしまうのであった。
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