第58話 岩盤浴

 着替えを終えた俺は、更衣室を出たところで藍沢さんがくるのを待った。

 そして少し遅れて、着替えを終えた藍沢さんがこちらへやってくる。


 お互い岩盤浴用の服に着替えているのだが、さすがは藍沢さん。

 別に露出が多いわけでも、お洒落なわけでもない岩盤浴用のセットアップ姿。

 しかしそれでも、藍沢さんが着ていると何でも魅力的に見えてしまうのだから凄い……。


 ――なんて、変なこと考えている場合じゃない!


 慌てて俺は変な考えを打ち消しながら、俺は立ち上がりやってきた藍沢さんを迎える。


「お、お待たせ……」

「よし、じゃあ行こうか」


 少しだけ、恥ずかしそうにする藍沢さん。

 こうして俺達は、一緒に岩盤浴の浴室へと向かった。



 ◇



「わぁ、ちょっと蒸し暑いね――。わたし、実は初めてなんだよね」

「そうだったんだ。良いリフレッシュになると思うよ」


 そう言いながら俺が横になると、藍沢さんも真似て俺の隣で横になる。

 まだ時間が少し早いからだろうか、幸いこの浴室には他に誰もおらず貸し切り状態だった。


「あー、これヤバイかも……。たしかに疲れに効く感じする……」

「でしょ? 俺もよく知らないけどさ、副交感神経が刺激されて云々、実際に効果があるらしいよ。だから俺も、身体を動かした日はここへ来るんだ」

「そうなんだね……」

「うん、だから今日はさ、藍沢さんにもゆっくりして欲しいなって思って、ちょっと強引に誘ってみました」

「……ふふ。そっか、ありがとね」


 隣を向くと、そこには嬉しそうに微笑む藍沢さんの姿があった。

 もう吹っ切れたようで、今は岩盤浴を楽しむ方に意識を切り替えてくれているようで良かった。

 だから俺も、そんな藍沢さんの笑みに微笑み返す。


「まぁ、身体もそうなんだけどさ。きっと気持ち的にもスッキリすると思うから」

「気持ちも?」

「うん。今日は色々デトックスしてこ」

「あはは、なにそれ」


 俺の少しふざけた言葉に、クスクスと笑い出す藍沢さん。

 こうして笑ってくれるのもまたデトックスになるだろうと、俺も嬉しくなりつつ一緒に笑った。


「――わたしね、これまでダンスなんてやったことがなかったから、どうしても上手く踊れない振り付けとかがあるの――。だから、ちょっと焦って詰め込んじゃってたのかも……」

「うん、分かるよ。ダンスって難しいよね」

「え、桐生くんもダンスやってるの?」

「ああ、いや、まぁ……そうだね」

「へぇー、ちょっと意外! だったら、桐生くんに教えて貰おうかな」

「あはは、残念ながら人に教えられるほど立派なものじゃないよ。――でもさ、これは俺の実体験でもあるんだけど、上手くいかないときこそ、こうして休んでみるのも意外と大切だったりするんだよ」


 そう、上達には詰め込むだけが正解ではないのだ。

 こうして適度に休むことで、かえって良くなることもあるというのは、これまでのVtuber活動の中で学んだことの一つだったりする。


 俺も初めてダンスと歌のレッスンをした時は、周りのメンバーのレベルの高さに引け目を感じて、裏でも練習に明け暮れたことがあった。

 でも全然上達しなくて焦っていた時、そんな俺のことを連れだしてくれたのはハヤトだった。


 ハヤトに連れられて向かったのは、今と同じく岩盤浴。

 二人で横になりながら会話をすることで、俺は初めてハヤトのことを色々と知ることができたのだ。


 ハヤト自身、音楽の才能はあってもダンス経験はなく、その面ではむしろ俺の方が勝っていたということ。

 そのうえでハヤトは、程ほどに頑張るように自分で自分をセルフコントロールしているからこそ、Vtuber活動と音楽活動の両方を続けることができていること。


 そんなハヤトいわく、長く活動するうえで大切なのは、頑張るだけが全てではなく、時に休むこともまた必要なのだとその時教えて貰ったのだ。

 それは俺にとって、考え方を根本的に変えることだったし、あの時ハヤトが誘ってくれたからこそ、今の俺があると言っても過言ではないだろう――。


 俺がそう思えるのは、今こうしてその先に掴んだ成功が実体験として感じられるから。

 でも藍沢さんには、まだその経験はない。

 きっと焦りや不安を感じているから、そんな自分を客観視する余裕もなかったのだと思う。

 だからこそ、誰かがこうして導いてあげることも、俺は必要なんだと思っている。

 だって人は一人では、必ず限界が訪れるものだから――。


「――分かった。じゃあ、桐生くんの言うとおりにしてみるよ」


 すると藍沢さんは、俺の言葉にそう返事をしてくれた。

 もうちょっと色々あるのかと思ったのだが、意外とすんなりと受け入れられたことに少し驚く。


 すると藍沢さんは、そんな俺の反応を見て言葉を付け足してくれる。


「――だって、これまでだって桐生くんは、わたしをずっと導いてくれてたから。だからこれも、きっと意味のあることなんだろうなって。――そう、急がば回れ的な?」


 俺の考えを汲み取るように、そう言って微笑む藍沢さん。


「そうだね、急がば回ってこ」

「あはは、今は横になってるんだけどね」

「たしかに」


 おかしくなって、二人で笑い合う。

 でもこれで、藍沢さんにとって良いリフレッシュになればいいなと思った。


 そんなこんなで、しばらく時間も経ったことで、全身から汗がふき出してくる。

 俺自身、ずっと大学や配信と慌ただしく過ごしていたため、良いリフレッシュになっていた。


 隣を向けば、そこにはリラックスした表情で横になる藍沢さんの姿。

 どうやらちゃんと、岩盤浴自体も楽しんでくれているようだ。


 こうしてみっちり二十分間汗を流した俺達は、一度外に出て休憩をする。


「やばいこれ、ハマりそう……」

「でしょ? はい、これ藍沢さんの分」


 満足そうに微笑む藍沢さんの姿に満足しながら、俺は予め買っておいたドリンクの片方を差し出す。

 岩盤浴は、適度に水分補給するのも大切なのだ。


「ありがとう! ――ぷはぁ! 生き返るぅ~!」

「じゃあちょっと休憩したら、これをあと二回繰り返そうか」

「は~い!」


 元気よく返事をする藍沢さん。

 そこにはもう、来た時のような疲れは感じられなかった。


 こうして俺達は、他の岩盤浴を残り二回繰り返して、みっちりと全身のデトックスを行ったのであった。


 要するに、岩盤浴サイコー!



 --------------------

 <あとがき>

 岩盤浴、サイコー!回でしたー。(最近行けてないな……)


 おかげさまで、星がついに1000を超えました!!

 カクヨムで初の星四桁到達です!!

 評価頂いた皆様、本当にありがとうございます!!

 とても励みになっておりますので、引き続き頑張って執筆させていただきますね!(`・ω・´)ゞ


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