第51話 悩み

「お待たせ、桐生くん」


 しばらく待っていると、喫茶店へとやってきた藍沢さん。

 しっかりとお洒落をした、今日も眩しいほどに美しいとすら思えるその姿。

 それでもやはり、その表情はどこか晴れないようだった。


「ううん、待ってないよ」


 とりあえず俺は、そう返事をして向かいの席へ促す。

 そして、藍沢さんが飲み物の注文を終えるのを見届けて、俺達は改めて向き合った。


 ――さて、まずはどう切り出したらいいものか。


 これまで俺は、困っている人と対面で会話するような機会自体、自分の人生を見返してもそう多くはない。

 というか、あったかすらも怪しいレベルだ。

 ましてや、相手が異性となれば確実に初めてと言えるだろう――。


 それでも俺には、これまでのVtuber活動を通して培ってきた経験がある。

 メンバーのみんなに教えて貰ったように、俺には俺のできることがあるはずなのだ。


「お疲れ様。今日はどうだった?」


 まずは何気ない話から切り出してみる。

 すると藍沢さんは、そんな俺の言葉に弱々しく微笑む。


「……うん。みんな良い子だったし、上手くやっていけそうかな」


 返ってきたのは、何も問題などない言葉だった。

 しかし、言葉とは裏腹に、藍沢さんの表情は全く上手くいっているようには見えなかった――。


「……でもわたし、ちょっと自信なくしちゃったんだ」


 そして、弱々しく呟かれたその言葉は、やっぱり藍沢さんらしくない言葉だった――。


「自信って言うと?」

「凄かったんだ……」

「凄かった?」

「うん……。わたし以外の四人は全員、配信経験者だったんだ。みんな、DEVIL's LIPに入るためにこれまでしっかりと準備してきたのが分かったし、それぞれ目標もしっかりと持ってた……。そんな中、何もないのはわたしだけ……。だから、わたしがここにいるのは場違いなんじゃないかって思えてきちゃって……」


 弱々しく語られる、藍沢さんが自信を見失ってしまった理由――。

 そんなの気にしなくても大丈夫だよと励まそうと思ったが、俺はその言葉を告げずに飲み込んだ。

 だって、藍沢さん自身が場違いだと感じてしまっているのならば、その言葉は今の藍沢さんに必要な言葉ではないと思ったから――。


 だから俺は、代わりに自分の話をすることにした。


「そっか……うん。周りとの差を感じてしまう気持ちは、俺にも分かるよ。だって俺も、つい最近までずっとそのことで悩んでいたからね」


 自虐的に笑いながら、俺は自分語りを始める。

 理由は、藍沢さんの今抱えているその悩みは、多分この間まで俺が飛竜アーサーとして抱いていた悩みと同じだと思ったから――。


 自分以外のみんな、自分より優れている――。


 そんな思い込みにより、俺はこれまでずっと自信を失っていた。

 でもそれは、憧れていたメンバー達の口から、そうではないことを教えて貰えたのだ。


 正直に言えば、本当にそうだろうか? と思う自分がまだいた。

 でもそんな不安も、たった今俺の中から完全に消え去ったのだ。


 何故なら俺は今、自分と同じことで悩む藍沢さんに対して、全く同じことを思っているからだ――。


「桐生くんも、一緒……?」

「うん、でも俺は最近、それを克服できたんだ。自分でではなく、周りのみんなから自分の本当の価値に気付かせて貰えたんだ」

「本当の、価値――」

「そう、だからさ藍沢さん。まだ始まったばかりなんだし、色々不安とかはあると思うんだ。――でも、どうかこれだけは忘れないでいてほしい。自分がどうして、Vtuberになりたかったのかっていう気持ちだけは」

「なりたかった、気持ち……」

「そうだよ――。藍沢さん、ずっとなりたかったんでしょ?」

「……うん、そうだね」

「良かった。その気持ちがあれば、きっと大丈夫」

「でも……わたしには他の子達みたいな、知識も経験も才能もないし……」


 目を逸らしながら、それでも藍沢さんは自信のない言葉を呟く――。


「じゃあ、知識なら俺が全部教えるよ。経験なら、これから積めばいい。――そして才能なら、それこそ何も心配いらないよ」

「ど、どうして?」

「だって藍沢さん、絶対に向いてるから。配信者に」


 当たり前の話をするように、俺はすぐに返事をする。

 そんな俺の言葉に、キョトンとした表情を浮かべる藍沢さん。

 どうやら自分では、全く自覚がないようだ。


「まぁここは、俺が言うんだから大丈夫だと思って」

「……き、桐生くんが言うと、どうして大丈夫なのよ?」

「それはまぁ、俺だから?」

「答えになってないってば」

「答えは、きっともうじき分かるさ。――だから藍沢さん、今は俺のこと信じてみない?」


 その言葉とともに俺は、絶対に大丈夫だからという気持ちを込めながら藍沢さんに笑いかける。

 すると藍沢さんの頬が、見る見るうちに赤く染まっていく――。


「……もう、分かったよ」


 そして藍沢さんは、そう呟くとともに諦めるように微笑んだ。

 それは、ここへきて初めて見せた藍沢さんの笑みだった――。


「桐生くんってさ、謎の説得力あるよね」

「そ、そうかな?」

「うん。――そういうところ、なんだかアーサー様みたい」


 そう言って、恥ずかしそうに微笑む藍沢さん。

 急にアーサーの名前が出てきたことには驚いたが、今はその言葉に乗っかることにした。


「きっとアーサーも、同じこと言うと思うよ?」

「そっか――うん、よしっ! 分かった! 気持ち切り替えるよ! 今日わたしは、自分に足りないものに沢山気付くことができた! だからもっと、みんなに追いつけるように頑張らないとだよねっ!」


 小さくガッツポーズをしながら、再びやる気に満ち溢れる藍沢さん。

 Vtuberになるということが夢から現実に変わった今、これが藍沢さんにとって本当の意味でのスタートを切った瞬間なのかもしれない――。


「桐生くんっ!」

「は、はい!」

「ありがとね! 今日は桐生くんに会えて、本当に良かった!!」


 満面の笑みとともに、真っすぐ告げられるその言葉――。


「うん、どういたしまして」


 だから俺も、笑って返事をする。

 やっぱり俺は、こうして元気に微笑んでいる藍沢さんが一番好きだなと思いながら――。



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