第50話 不安と喫茶店

 いきなり送られてきた、その藍沢さんからのその弱気なメッセージ。

 これが他の人であれば、ちょっと弱音を吐いているだけだろうと流せることかもしれない。

 しかし、相手が藍沢さんなのであれば、それで済ませることなどできるはずがない。


 何故なら、ずっと憧れていたVtuberにようやくなれるのだ。

 あれだけ望んでいたことなのに、それなのにどうして……。


 心配になった俺は、ひとまずメッセージを返す。


『お疲れ様。大丈夫? 何かあった?』


 まずは藍沢さんに、何があったのか確認しよう。

 全てはそれからだと思い、俺は藍沢さんからの返事を待つ。


 しかし取り込んでいるのか、藍沢さんからの返事はそこでパタリと絶たれてしまったのであった――。


「藍沢さん……」


 心配になった俺は、自然と身体が動き出すように身支度を始める。

 とりあえず、今は確実に藍沢さんはうちの事務所にいる。


 だから俺は、もう何も考えずに事務所の方まで向かうことにした。

 行ったところで何ができるのかも分からないし、多分無駄足に終わる気がする。


 それでも、これまで俺が藍沢さんから貰った物に比べれば、たとえ無駄足に終わったとしても大したことではないのだ。

 そう思い俺は、急いで支度を済ませると家を出たのであった。



 ◇



 事務所の前へとやってきた。

 ここへ来るまで、藍沢さんからの連絡はない。


 そして何より、完全に思い付きだけでここまでやって来てしまったものの、ここより先どうしたら良いのか分からなくなってしまう。


 事務所に入ること自体は、何てことはない。

 自分が所属している場所なのだから、出入りは自由なのだ。


 しかし、事務所の中で直接会うわけにもいかないし、ここで突っ立って出てくるのを待つわけにもいかない。

 要するに、わざわざここまでやってきたものの、俺は軽く詰んでしまっているのである――。


 ――さすがに、ちょっと見切り発車過ぎたかな……。


 しかし、心のモヤモヤが晴れない俺にとって、こうしてすぐ近くへやってきたというだけでも少しだけ心が軽くなっているのであった。

 何もしないよりマシってやつだ。


「せっかくここまで来たことだし、いつもの喫茶店でも行くか……」


 恐らくこのまま無駄足に終わる気しかしないが、連絡が返ってこないことにはあれこれ考えるだけ無駄だろう。

 だから俺は、とりあえず近くにある行きつけの喫茶店に入ることにした。


 事務所のすぐ向かいにある、こじんまりとした昔ながらの喫茶店。

 それでも、店内の内装は昭和レトロな雰囲気で、店内に漂うコーヒーの良い香りがとても落ち着く空間なのだ。


 そして何より、ここは料理もおいしい。

 とりあえず俺は、ここへ来る度頼んでいるいつものタマゴサンドとコーヒーを注文する。


 こうして俺は、窓から一番事務所が見えやすい席へと座りながら、とりあえずここで藍沢さんからの連絡を待つことにした。



 ◇



 ――ピコン。


 小一時間経っただろうか、スマホに一件のメッセージが届く。

 俺はその音にドキッとしながらも、すぐにメッセージを確認する。


『ごめん、午後も打ち合わせだったよ。今終わった』


 そのメッセージを受けて、とりあえず返事がきたことにほっとする。

 窓から事務所の方へ視線を向けるも、まだ出てきた様子はなく、恐らくまだ事務所にいるのだろう。

 だから俺は、すぐに返信を送ることにした。


『お疲れ様。藍沢さん、このあとはどうするの?』


 よし、送信——。

 まずは、このあとの予定を聞き出して、可能ならば会えないか探ってみる。

 なんて、やってることはまるで探偵だなと思いつつ、俺は藍沢さんからの返信を待った。


 そして、少しの間を空けて藍沢さんからの返事が返ってくる。


『何も予定ないよ。桐生くん、良かったらこのあと少し会えないかな?』


 やはり、文面からも普段の元気が感じられない藍沢さん――。

 しかし、藍沢さんから誘ってくれたため俺はすぐに返事をする。


『大丈夫だよ。俺も今外に出てるから、どこで待ち合せようか?』

『そっか、もうベッドと一体化はやめたんだね! 今事務所にいるんだけど、最後にマネージャーさんから書類を受け取ったらこっちは出られそうなんだけど』

『せっかくの休みだからね。分かった! じゃあ、ここの喫茶店で待ち合せない?』


 そして俺は、すぐにここの住所を藍沢さんへ送る。


『え、今すぐ近くにいるんだけど!? 分かった! ありがとね桐生くん!』


 近くも近く、真ん前だからね。

 こうして俺は、完全に成り行きではあったが無事に藍沢さんと会えることになったのであった。


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