第49話 週末と顔合わせ
週末がやってきた。
ようやく終わった一週間、そして今日は土曜日。
珍しくこの日は夜の配信以外何も予定のない俺は、窓から差し込む朝日を全身に浴びながらベッドと一体化して過ごしている。
まぁそんな、本当に何もしていない俺とは異なり、今日藍沢さんはDEVIL's LIPのメンバーとの初顔合わせに向かう日だ。
だから俺も、ベッドで横になりながらも正直物凄く気になってしまっているのであった。
道に迷ったりしてないかな……。
上手くメンバーと打ち解けることができるかな……。
など、俺が今何もしていないことも相まって、余計にそんなお節介な心配を巡らしているのであった。
ここは一度様子を見に、事務所行ってみるか――?
そんな考えが一瞬脳裏をよぎるも、すぐに却下する。
何故なら、それでもし藍沢さんと鉢合わせでもしようものなら、もう完全に言い訳なんてできないからだ。
ニーチェいわく、深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているように、俺が藍沢さんを覗く時、藍沢さんもまたこちらを見ているのだ、うん――。
なんて意味不明なことを考えながら、俺はベッドの上から一歩も動かず、結局自堕落の極みを満喫しているのであった。
ピコン――。
すると、そんな俺のスマホに一件のメッセージが届く。
確認するとそれは、たった今考え事をしていた藍沢さんから送られてきたメッセージだった。
『おはよー桐生くん! 今、例の件へ向かうべく電車に揺られてまーす! どの服着て行けばいいのかとかすごく迷っちゃって、結局遅刻スレスレになっちゃったよ』
そんな、まるで遠足へ行く時のようなノリで送られてきたメッセージ。
藍沢さんはいつもお洒落だし、服装ならどれでも大丈夫だよと思ったけれど、きっと女性にとってこの答えは間違いなのだろう。
この特別な日に何を着ていくか、それはこの間ファッションというものを学んだ今の俺は少しだけ理解できた。
まぁそれはともかく、遅刻スレスレだと言いつつ随分と余裕がありそうなそのメッセージに、俺はクスリと笑えてきてしまうのであった。
――いや、余裕がないからこそ、こうしてメッセージを送ってきたのかも。
このことを知っているのは、恐らくは俺だけ。
だから俺は、そんな藍沢さんをリラックスさせるべく返事を返す。
『おはよー藍沢さん! 今日は頑張ってね! 俺は今、絶賛ベッドと一体化しております』
よし、送信っと――。
こういう時、こちらからのお節介は多分不要なのだ。
代わりに下らないことでも送って、リラックスして貰えたらいいなと思いながらメッセージを送った。
『一体化ってなにそれ? ウケるw』
『ベッドから起き上がれずに、おおよそ一時間が経過しました』
『あはは! それずるいって! 替わって欲しいんだけど!w』
『じゃあ俺が、DEVIL's LIPの新メンバーってことでオッケー?』
『それは無理あるってばwww』
普段の大学でする会話のように、そんな他愛のないメッセージのやり取り。
でもそれは、何もせず横になっているだけだった俺にとっても正直嬉しいことだった。
こんな休日でも、藍沢さんとこうして繋がっていられることに対して、純粋に嬉しいと思っている自分がいるのだ。
『おっと! 次降りる駅だ! それじゃ桐生くん、わたし頑張ってくるね!』
『うん、頑張って! 何かあったら相談してね!』
そして楽しいメッセージのやり取りも、これにて一旦終了。
時計を見れば、時刻は午前十時ちょっと前。
マネージャーの早瀬さんいわく、今日は十時から集まりがあると聞いているから、たしかに本当に時間スレスレだった。
とは言っても、うちの事務所は最寄り駅からすぐ近くだから、藍沢さんが駅を間違えてさえいなければ十分間に合う時間だろう。
――藍沢さんも頑張っていることだし、俺もそろそろ起きないとな。
そう思い、俺はようやくベッドから起き上がる。
そして顔を洗い歯磨きを済ませると、とりあえず朝食をとることにした。
しかしその間も、俺はずっと藍沢さんのことが気になって仕方がないのであった。
◇
気が付けば、あっという間に昼の一時を迎えていた。
あれから三時間、未だ藍沢さんからの連絡はないのだが、もうお昼時ということもあり、そろそろ話しも一区切りついている頃だろう。
結局ずっと気になってしまっていた俺は、藍沢さんからのメッセージが届いていないかとスマホばかり気にしてしまっているのであった。
これまでスマホなんて、ただ持っているだけでゲームで遊ぶ用の端末ぐらいにしか思っていなかったというのに、俺も随分と変わったものだなと自分で自分に笑えてきてしまう。
まぁそれもこれも、全てが藍沢さんのおかげなのだ。
藍沢さんと出会えたから、俺は大学でもボッチじゃなくなったし、色々なことを知ることができている。
だからこそ、そんな藍沢さんの夢であるVtuber活動が成功したらいいなと思うし、そのためのサポートなら惜しまないつもりだ。
そのうえで、もうじき俺の正体がバレることになるのだから、その時ガッカリされないような自分であろう。
結局それが、この件に対して俺の出した答えだった。
ピコン――。
そんなことを考えていると、スマホにメッセージが届く。
そしてそれは、俺がずっと待っていた藍沢さんからのメッセージだった。
俺はワクワクとした感情とともに、すぐにそのメッセージを確認する。
『どうしよう桐生くん。わたし、ちょっと自信なくなってきちゃったかも』
しかし、その送られてきたメッセージには、いつも明るい藍沢さんからは想像もできないような、ネガティブな内容が書かれていたのであった――。
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