第39話 本音
「よし、じゃあ次はカノン行ってみようか」
抱き付いてきていたハヤトは、満足したのかようやく次へと進行する。
しかし、さきほどまでのカオスな状況はどこへやら、アユムとネクロも頬を赤らめながら嬉しそうな笑みを浮かべているのである。
「じゃあ、僕から。――カノンはそうだね、僕達のリーダー的存在だよね」
「そうね、しっかりしてるしいつも頼りにしてるよ」
「カノンの歌は好きよ」
ハヤト、アユム、そしてネクロが、さっきまでとは異なりカノンのことを褒める。
「な!? ちょ、ちょっとぉ! さっきまでこういう流れじゃなかったでしょお!?」
そんなメンバーからの褒め言葉に、顔の前で手をブンブンと振りながら慌てるカノン。
それが酒のせいなのかどうかはよく分からないが、その顔は真っ赤だった。
コメント欄も、『照れてるカノンかわいい』のコメントで溢れており、今日の酔った状態のカノンに限界化してるリスナーもちらほらと見受けられるほどだった。
「じゃあ、最後はアーサーどうぞ」
「ん? ああ、そうだな……」
最後にハヤトに振られた俺は、そんな照れているカノンのことをもう一度見る。
そこには、やっぱり顔を真っ赤にしつつも、最後に俺に何を言われるのかと、不安そうにこちらを見つめ返してくるカノンの姿があった。
今日駅で会った時は、キレイ系で自分とじゃまず繋がることなんてないような存在にすら思えたカノン――。
でも今目の前にいる同じ女の子は、やっぱり俺のよく知るカノンであり、そして何より大切なFIVE ELEMENTSのメンバーなのであった――。
「うん、カノンは歌が上手いし、みんなを引っ張ってってくれる存在だよね。まぁ、何故か俺にだけやたら厳しいところもあるけど……」
そう言って俺が苦笑いを浮かべると、カノンは慌てた様子でビクッとする。
「――でも、俺は知ってるから。カノンが誰よりも俺達FIVE ELEMENTSのことを大切に思ってくれていることを。それから、メンバーの中でも一番努力してくれていることもね」
これも俺の、思ったままの本心だった。
ちゃんと俺は知っているのだ。
いつも配信前には、コラボ相手のことを調べてメモをした紙の擦れる音がマイクに乗っていることを。
歌配信をするために、常に歌う楽曲の練習や発声練習を欠かさないことを。
それから、自分だけでなくFIVE ELEMENTSというグループとしてもっと大きくなっていけるように、配信だけでなく裏でも色々と俺達のために動いてくれていることを――。
それに気付いているのは、俺だけではなかった。
他のメンバーも、俺の言葉にしっかりと頷いてくれていた。
「ちょ、ちょっとぉ……違うじゃん……」
そんな俺の言葉を受けて、分かりやすく困った様子のカノン。
普段はこんな反応を見せることは絶対にないだけに、酒に酔った状態のカノンの変貌にどうしていいかこっちも困ってしまう。
「……もう、ありがとうアーサーぁ」
カノンのその瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる――。
「それから、いつも素直になれなくて困らせてごめんね……」
そして、これまで抱えていた気持ちを吐き出すように泣き出すカノン。
「え、ちょ、カ、カノン!? だ、大丈夫だから!」
「大丈夫じゃないよぉ! ごめんねぇ! ちゃんと見ててくれてありがとぉおおお!」
大号泣だった――。
そんなカノンの涙は、他のメンバーにも伝染していく。
「……じゃ、最後にアーサー行ってみようか」
そしてハヤトが、最後に俺を指名する。
「僕にとってアーサーは、親友であり仲間であり、それから道しるべだよ。アーサーがいてくれるから、僕は今もここにいられるんだ」
「うん、わたしも同じ――。ゲームしか取り柄のないわたしだけど、アーサーが今のままで良いって言ってくれたから、今のわたしがあるんだよ。――だから、本当にいつもありがとう」
「みんな同じ――。わたしも、アーサーがいてくれたから続けられてる。本当なら、きっともう辞めてたと思う」
ハヤト、アユム、そしてネクロが、普段は口にすることのなかったそんな本音を言葉にしてくれる――。
「わたしもそう。最初はわたし、自分にないものを全部持っているアーサーに嫉妬してたの……。だから素直になれなくて、それでもコラボすればいつも楽しく上手に盛り上げてくれるし、本当はずっとありがとうって言いたかったの……それなのにわたし、いつも素直になれなくて」
そして最後に、カノンも本音を口にするとともにまた泣き出してしまうのであった。
「……みんな」
――やばい、そんなこと言われたら俺まで……。
一気に込み上げてくる涙を堪えつつ、今は配信中だし何か返さなきゃと思っていると、俺のスマホの通知音が鳴り出す。
『うわぁーん! FIVE ELEMENTS大好きだよぉおおおおお!』
それは、藍沢さんからのメッセージだった。
大号泣するスタンプとともに、配信の向こう側でもきっと涙してくれているのであろう藍沢さん。
――ああ、本当に。俺は良い人に恵まれてるな。
「みんなありがとう。――俺もみんなのこと、大好きだよ」
「「アーサーぁあああ!!」」
我慢していたものを爆発させるように、抱きついてくる四人。
そしてみんなで肩を組み合いながら、一緒に笑い涙を流し合うのであった。
こうして、ただのおふざけ企画だったはずが、コメント欄含め謎の涙に包まれてしまったのであった――。
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