10話 強敵(ラスボス)と魔法少女たち

視点は切り替わります。


「あなたたちと会う、……会ってしまう前、あたしたちは戦っていたの。 あなたたちの町を守っていた内のふたり、島内千花と巻島美希という子たちのそばにいたわ。 ……普段の魔物なんかとは違う、ほとんど攻撃の通らないという「魔王」を倒せない絶望だったの」




時と場所は「だいふく」になる精霊が月本ゆいと一ノ倉みどりと出会ってしまう数時間前の市内へと移動する。


「だいふく」にとっては、まだ平和だった時間へと。


「ね。 あのさ、精霊ちゃん?」

「…………………………なによ」


「あのさー、あの、空の上に……あ、そっか。 なんか見覚えあるって思ったらあれね、入道雲みたいなの。 と言っても、どす黒いしゲリラ豪雨の方のだけど。 スコールとか? 海外の映像とかで見たことあるもの」

「……だから、あれは魔物の集合体だって。 あなたたちの表現で言うと百鬼夜行的なものがぎゅっと固まったやつよ」


「そっかー、百鬼夜行ねー。 ……普段出てくるのが西洋風、ゲームでよく見るビジュアルな魔物なのに、どうしてそこで妖怪的なの……?」

「くわしいことは……みんな忙しくて伝わって来ないみたい。 ごめんね。 …………っていうか、仲間が結構消えちゃっているから連絡網作り直すので精いっぱいだし」


「……………………そう。 辛かったら、いつでも抱きしめるからね。 ――それでね? あれなんだけど」


壊滅的な被害を受けた町並みが、彼女たちの下に広がる。

その上から散発的な攻撃――エネルギーの塊が空から降り注ぐだけのものが雨のように降り注いでいる。


高いビルほど窓ガラスは割れ、外壁も剥がれ、鉄骨がむき出しになっているものもあり……中には倒壊したものまである様。

割れ、剥がれ、崩れ落ちたモノが下へと降り注ぎ……緊急避難がかかっていなければ大変な犠牲者が出ただろうと分かるほどに、道という道が瓦礫で埋め尽くされている。


まるで局所的な竜巻がずっと町を覆っているような……特別な力を持たない人間だったら、頑丈な避難所にいなければまず助からないだろう衝撃が、もう何時間も続いている。


線状降水帯、爆弾低気圧、台風。


そんな生やさしいものでもなければ自然発生のものでもなかった。


その元凶たる超巨大な「魔王」――百鬼夜行のようなものだそうだ――の様子をうかがいつつ、ぬいぐるみのような存在と話している少女が改めて上空を見上げる。


その少女の、魔力で黄色に輝く髪は風でかき乱され続けている。


「――――――えっと。 ムリ、か、な……? あんなの。 えっと……ムリ。 厳しいわ。 戦力的以前に……ええと、戦力差になっていないって言うか? だって今、入道雲って言ったけど……どす黒いし重そうな威圧感があるし……あれ、もはや山じゃない……?  山が町の上に飛んできてるようなものじゃない? しかも敵性存在の」

「そうねぇ」


「まるであの映画の。 ほら、この前の金曜の夜に一緒に見たあれ。 精霊ちゃん好きだったでしょ? 特に滅びの呪文とか次の日何回もつぶやいて」

「止めなさい、相手は強大よ。 あと、いい加減あのことは忘れなさい」


「……少しおはなしして元気でたかな、ありがとう。 でも、あいかわらず精霊ちゃんたちは危機感ゼロだね? 感情があまり動かない……んだったっけ?」

「そういう性分だもん……」


「あなたはその中でもさらに……なんていうか、ぽわぽわしてるよね」

「そういう個体差だもん。 人間の子だってそうでしょ? あなたたち、千花と美希みたいなものよ」


「……そういうもの?」

「そういうもの。 ふぁ」


空に浮かんでいる規格外の「魔物」は、その山のようなサイズの体を存分に利用して変わらずに一方的な攻撃を続けていて、もう彼女――島内千花と精霊にできるのは、ただただ見上げるだけとなっていた。


空を飛ぶ要塞そのもの。

まさに彼女、島内千花が口にした伝説上の天空の城というイメージだった。


「けど、まさかでみんなショックを隠せなくて士気が……ね。 困ったわぁ……迎撃して一矢報いるというのすらできないなんて」

「……あれでも多少は足止めになったはずよ。 人間たちが逃げるための、ね。 あなただって、小さな虫に刺されたらイヤでしょう? ちょっと立ち止まったりして振り払ったりしたくなるでしょ? それとおんなじ」


「……私たちが、人に対する虫程度の存在ってこと?」

「……………………言い方が悪かったわね、ごめんなさい。 内包している魔力が、戦力が……あっちにとっての他の存在がってこと。 だって、あなたを含めても何人かしか攻撃が届かないんだから」


「駅前のビルよりずっと上で浮かんでるものねえ……空中戦は基本軍の人か魔女さんたちのお仕事だからって訓練してこなかったし、ムリねぇ……」

「下手な攻撃じゃ返り討ちだもの。 気を失ったりして空から落ちる危険を考えると許可できなかったの。 だから、ムリってことで良いのよ。 時間さえ稼げたら」


島内千花。


魔法少女に変身中のため髪は黄色に輝き、肩の辺りでふわりと動き続けている少女は、顔を青ざめさせなからもこの町の「リーダーと」しての責任だけで立っている。


それが、中学生である彼女を支えている。


「――千花さん、どうしよう! あ、C班ですっ! 今3人負傷して――」

「……落ち着いて。 陣形を維持したまま撤退、……その近くに小学校があるはずだから、その避難所に、ね?」


「…………こういうとき、リーダーって大変ね。 あたしにはムリだわ」

「何回かやっていればできるようになっちゃうのよ」


島内千花は、魔法での通信で頭の中へ絶え間なく流れてくる情報、ほとんどが応援と救援と治療をと言うSOSばかりをなんとか取りまとめ、なだめつつすかしつつ逃げ遅れた民間人の確認をさせ……底を尽きつつある戦力を再編成させて地上を徘徊している魔物の討伐へと向かわせている。


ただの中学生、学校では誰とでもすぐに仲良くなることができ、話すことに楽しみを見出すという明るい性格の少女。

そんな彼女が指でくるくると髪の毛をいじりながら言う。


「……千花、お疲れさま。 でも……どう考えてもアレは異常なのよ。 おかしいの。 魔物って呼んでいいかも分からないくらいのなの。 だって、ほら。 大きすぎるの。 あたし、無理よ。 エレガントじゃないもの」

「そうねぇ――……大きいわよねぇ……分かるわ。 他の子たちにはがんばろ? って言ってるけど、投げやりになるの……すっごく分かるわぁ――……」


千花の顔の近くをふわりふわりと浮かぶ「精霊さん」(数時間後に「だいふく」になってしまう)は、この戦いが始まってからすぐに共に行動し、魔物を屠る手助けを夜通し続けてきた。


子犬をベースに耳がウサギのように長い、通常の精霊とは少々以上に個体差を持っているクリーム色のそれは、つぶらな瞳で怠そうに浮かんでいる。


「千花。 あれって、この町に来るまで何個も町を壊しながら進んできたんだって」

「え、ちょっと初耳なんだけどそれ」


「ええ、初めて言ったわ。 だって、そんなよゆーなかったでしょ? さっきまで。 というか、今? 近くの個体からやっと情報が来てるの。 もー、たいへん。 しっちゃかめっちゃかよ。 あたしたちは人間みたいに順番とかないから隣に情報流していくしかないんだもの」

「上下関係がないって言うの、こういうときには致命的ね……他にまだある?」


「んーとねー、……あー、他の町でもやっぱり、通り過ぎるの待つ戦法っていうかやり過ごすっていう選択しかできなかったみたいね。 アレが表れてすぐに駆けつけた強い子たちが挑んだらみんな返り討ちで『あ、これもうムリ』ってなったらしいわ? あたしたちの長老も、人間の……なんとか本部の人たちも」


「……だろうねぇ、あれじゃ。 これでも一応、このあたりの町じゃ最強のひとりって自信あったんだけど、そんなのとっくにぐしゃぐしゃだもの。 これで「お母さん」呼びも返上できそうね」


「いい感じで来てたところに手痛いのもらっちゃって引退しちゃう子も多いって言うし、ちょうどよかったんじゃない? ほら、千花って今まで負けなしで何年もやってきたから。 あと、あなたの性格的にそう呼ばれるの……それこそムリじゃないかしら。 人間にとってのお胸って、母性って言うものなんでしょう?」


「私、まだ中学2年なのになぁ……高校生の人たちも冗談で呼んで来るし」

「冗談じゃ……あ、ううん、なんでもないわ。 冗談よね、冗談」

「?」


無差別に降り注ぐ魔力が彼女たちの近くに落ちそうになるが……千花はそれを、おもむろに取り出したまな板ではじき返した。


まな板で。


まな板と言っても、ただのまな板ではない。

高級な方のまな板だ。


……もちろん魔力で作った防壁というものだった。

木製に見えるそれは、軽くて頑丈だった。


「……私たちの町、もうぼっろぼろ。 なんか悲しいよ、精霊ちゃん」

「避難誘導は先にしてあったしいし、ほとんどの人間の命は大丈夫でしょ。 生きてさえいれば、セイフのホショーキンでちょっといいお家に住めるんでしょ? お家ができるまでの辛抱よ。 前よりもっと綺麗なお家に住めるわ」


「……金銭感覚とか物に対する意識がここまでの差なのね」

「ジシンとタイフーっていうのがなくて、ドロボーさんがいないんだったら、あたしたちがぱぱーって作れるんだけどねぇ、お家。 あ、でも、電化製品ってのとかはムリ。 複雑すぎるし、ぴりぴりするもの。 あと、美しくないわ」


「避難所とかシェルターとか、精霊ちゃんたちが作るときあるもんねぇ。 なんていうか……こう、メルヘンなやつ」

「人間たちが作るお家って、かくかくし過ぎててセンスが無いのよ、センスが。 色合いもダメダメね、石ころみたい。 絵本とかアニメとか映画とかで見るお家は素敵なのがあるのに」


「メルヘンな世界観は難しいかなぁ……あ、色がダメってのは同意。 あと看板と電線が……ね。 ……………………………………そういうのもみーんな、壊されちゃってるけど……」


彼女たちが話しているあいだにも、散発的な攻撃が空から降り注ぐ。


上から見て目につきやすいもの――背の高いビル、電波塔、小高い山になる建物、大型建造物など、気まぐれで攻撃したら目に見えて壊すことのできるようなものを優先的に、1射1射正確に狙い撃ちする傍らに無差別の攻撃。


この町に来たばかりのように、もっと無差別に魔力を放出させて全ての建物を平等に破壊する状態よりは随分とマシだろうが、もはやこの町は復興までに相当の時間を要するだろうことは……一般的中学生女子な島内千花にも、ぼんやりした性格の精霊にもよく分かっていた。


だからこそ、雑魚……普通の魔物は他の魔法少女たちに投げ、自分たちは司令塔として身を隠しながら状況を静観するだけになっているわけだが、決してさぼっているわけではない。


彼女たちがいくらがんばろうとも、ムリなモノはムリ、だからだ。

ある「魔法少女」でなければ、倒せない存在だから。


「……あ、また情報来た。 待ってて、えっと……ん。 あれ、最初はあんなには大きくなかったって」

「え、でも緊急招集で出た魔女さんたち、部隊の人たちが返り討ちだったんでしょ?」


「ん。 だから、今のあれはさらに成長しちゃっていて……も、ほんっとーにどーしよーもないくらいに魔力を吸収して膨れちゃったんだって。 あちこちの魔力を吸い上げて。 なんかこの国の妖怪でもいたわよね。 でーだらぼっちだっけ? そんな感じだから千花は自分から手出しちゃダメ。 あたしが守り切れない。 ……千花だけならまだしも、美希もってなると、ムリ」


「……力量差は分かってるわ、大丈夫。 バカなことなんてしないよ」

「そ、ならよかった。 千花って、ときどき突撃し出すことあるから」


ごう、と、急な突風が吹く。

……空から魔物(通常サイズ)のおかわり(ばらまき)と、魔力による破壊の余波だった。


「……生きた心地しないなぁ……あー、落ちてくとこに人割り振らなきゃ――……」

「あ。 えっとね? アレのために新しいランク作ったって。 まだ名前もつける余裕ないけど、とりあえずみんな逃げてー、ってことで」

「…………お偉いさんがそう言うんだったら、私たちは普通の魔物を地道に削っていくしかないなぁ。 とりあえず地図とにらめっこかな」


「だねぇ。 ……ふぁ。 眠いわ」

「のんきねぇ、精霊ちゃんってば」


ぎゅ、と、魔法少女として指揮を執る少女は言う。


「どうしようもないってのはよく分かったけど……悔しい。 私たちがもっと強かったら、もっと力があったら。 ――こんな風にして、生まれ育った町が壊されていくのを見下ろすしかないってのはなかったはずなのに」


「だからムリなものはムリなの。 分かってるでしょ? ね、無茶は」

「分かってる。 ただのグチよ。 …………美希もそう思うでしょ?」


「!」


びくっ、と。


千花と精霊(だいふく)の話している下で、頭を抱えて丸まっていた少女が震えた。




「あのときはまだ平和だったのよ。 あのときまでは」

「だいふ……精霊ちゃん、抱きしめる?」


「そのお胸で苦しくなるから止めて。 あと、その名前で呼ばないで……」

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