第16話 出発、そして追手
ギルベルトが戻って来てすぐ、私たちはリオンゲンへ向けて出発する馬車に同乗させてもらうことになった。これもまた荷馬車で、積み荷、荷下ろしをギルベルトが手伝う約束で取り付けたものだ。
木箱を積んだ荷馬車の隅っこに、私たちはなるべく小さくなって揺られている。
ギルベルトは早朝に入手した食料の入ったぱんぱんの麻袋を肩からおろし、後ろに流れていく景色を黙って眺めていた。カミルは欠伸を嚙み殺しながら、まだ眠そうな目を擦っている。
村が見えなくなると、ギルベルトが口を開いた。
「ユルム村、ハイム村を経由してからリオンゲンの街に向かうらしい。ちょっと、長旅になるぞ。覚悟しておけ」
ヨルン村に始まり、ベルン村、そして次はユルム村。少しずつ、最初にいた〈占いの館ローゼ〉から離れていく。ギルベルトの話では、占いの館は、王都エンガリアブルグの城下町にあったらしい。
ヨルン村は、王都エンガリアブルグからすぐのところにあり、比較的行き来しやすい。だから私もヨルン村に連れていかれるとき、そんなに距離を感じなかった。だけど、この先は違うのだろう。リオンゲンの街に行くまでに村を二つも経由するということは、それなりの距離があるということだ。
「あと、カミル。道中騒ぐなよ。善意で乗せてもらうのに、迷惑はかけられないからな」
「何で俺に言うんだよ?」
「騒ぎそうだからだ」
「そんな子供じゃないですぅ。ガキ扱いすんじゃねぇ!」
ゴンッ。
ギルベルトのげんこつがカミルの頭に落ちる。
「ってぇ! またやりやがったなぁ!」
「さっそく、うるさいんだよ。声を落とせ、このお子様が」
「コノヤロー! 覚えてろよ!」
カミルは小声で吠えて、頭を擦る。
しばらくは全員黙ったまま馬車に揺られ、青い空と道に面した森の姿を眺めていた。
(のどかだなぁ。平和だなぁ)
でも、その平穏な時間も長くは続かなかった。
遠くから馬の嘶く声が聞こえ、その蹄の音が次第に近づいて来る。
栗毛の馬に乗った、傭兵風の厳つい男が二人、荷馬車の後ろから顔を出す私たちをギロリと睨んでから、御者台の前に回り込み、馬車を止めてしまったのだ。一人は頬に傷があり、もう一人は頭に錆付いた銀の兜を被っていて、顔は良く見えない。
「おい、後ろに乗ってるのは誰だ!」
高圧的な声で怒鳴る傷のある男に、御者のおじさんは見るからに小さくなって震えている。
「手伝いの者です。荷積みの手伝いをお願いしたんです」
おじさんが何とか答える。
傷の男は鼻をふんと鳴らした。
「女と子供にか?」
おじさんがしどろもどろになる。
ギルベルトは厳しい表情を浮かべた。
「俺たちは女を探している。ミアという占い師だ」
私は息を呑んで、身を堅くした。
(私を探してる……!)
ギルベルトは私とカミルの肩に手を置き、囁くように、
「降りるぞ。カミル、俺が合図したら、ミアを連れて森へ走れ。絶対に振り向くな」
そう言うと、ギルベルトはさっと荷馬車から下り、私とカミルに手を貸してくれた。
「おじさん、悪い。荷下ろしは手伝えない。行ってくれ。それで良いな?」
ギルベルトは穏やかな口調で御者のおじさんに声を掛けたが、最後の言葉はぐっと声を低くし、男たちに投げつけた。
おじさんが男の顔をこわごわと窺うと、男は顎をしゃくった。
「行け!」
おじさんは急いで馬を走らせ、すぐに小さくなった。
ギルベルトは私とカミルを背中に庇うように立ち、男たちと対峙する。
「貴様ら、何者だ」
ギルベルトが睨みつけると、頬に傷のある男は馬から下りた。
「お前か、娘を連れて逃げているっていう輩は」
男は私を一瞥する。
「その娘を渡してもらおうか」
「教会からの使者か?」
「使者に雇われた傭兵だ」
ギルベルトは剣を抜き、両手で構える。
「『勇敢なる炎の神ファイエル、その力、我に与えたまえ! 纏え! 炎の鎧!』
両手に持つ剣に魔法をかけ、炎を纏わせる
一瞬たじろいだ男だったが、すぐに剣を引き抜いた。
「面白い、炎使いか」
男が切り掛かろうとしたその時、ギルベルトは叫んだ。
「カミル!」
突然呼ばれたカミルは口を開きかけたが、すぐに私の手を取り、後方に控える森へ駆けだした。
「ギルっ……!」
振り向いて、男と対峙するギルベルトの背中を見た。
「ギルっ!」
「ミア、急げ! 森の中に逃げるんだ!」
カミルは言い聞かせるように言って、私の手を強く握る。
足を取られそうになる根っこばかりの土の道を、急いで走っていく。
木々に隠れ、ギルベルトと男たちの姿が見えなくなった。
(ギルベルトは大丈夫なの⁉ 一人で戦えるの⁉ あんなに強そうな男の人、二人も相手にして⁉)
涙が浮かんでくる。もしかしたら、これがギルベルトの姿を見る最後になるのではと嫌な考えが頭を過った。足が止まり、引き返しそうになる。それでも、カミルが私の手を引き続けるので、転ばないようにただただ機械的に足を動かした。
(どうか、どうか無事でいて)
何度も何度もギルベルトの無事を祈り続けながら。
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