第15話 ギルベルトの気持ち
翌日、ギルベルトは朝食を終えると、詳しいことは言わず、村に繰り出してしまった。
「お前たちはここで大人しくしておけ」とだけ言い置いて。
取り残された部屋の中、暇を持て余し、仕方なく包んでいた紫の布で水晶玉をきゅっきゅと磨いていた。
一方、カミルはベッドに座って足をぶらつかせながら、カーテンを開けた窓から青い空を眺めている。
「なあ、ミアって何でギルベルトと旅してるの?」
私は手を止め、カミルを見た。先程まで窓の方を向いていた顔をこちらに向けている。
「えっと、ギルベルトが私のいる〈占いの館ローゼ〉に来てね、誘ってくれたのよ」
「もとから知り合いだったってこと?」
「ううん。ほぼ初対面」
確かギルベルトは、私が記憶喪失だと話したときにそう言っていた。
「初めて会ったってこと?」
カミルが納得いかない顔をする。
(うん? ……旅に占いの力を借りたくて来たんだとばかり思っていたけど、ほぼ初対面の占い師をゴブリン洞窟探検に誘うなんて……ギルベルト、強引だなぁ)
占い師を冒険のパーティメンバーと勘違いしてのことだろうか。でも、占い師が戦力になるとは思えない。パーティが戦闘している後ろで、一人必死に戦況を占っていても、弓矢が飛んできてゲームオーバーだ。
——お前がよかったんだ。
——俺は……お前がいればいいんだ。ただ、いてくれれば。
まどろみの中で聞いたギルベルトの言葉が思い出されて、顔がかあっと熱くなる。
(そう、こう言われてから、私を誘ったことに何だか納得してたんだよね)
改めて聞いた方が良いんだろうか。なぜ、ゴブリンの洞窟探検に私を誘ったのか。
聞いてみたい気持ちはある。でも、はぐらかされそうな気もする。それに今は、私を追手から守るという方向に全力を掛けようとしているのだ。とりあえず、その好奇心は置いておこう。
「じゃあ、一目惚れってことか」
カミルが手のひらに軽く拳を打ち付けて、頷いている。
「一目惚れ⁉ 誰が、誰に⁉」
驚きのあまり、膝の上に乗せていた水晶玉をベッドの上に落としてしまった。
「ギルベルトだよ。ギルベルトがミアに、一目惚れ。だから、誘って来たんじゃねえの」
カミルはニヤッと笑う。
(ギルベルトがミアに⁉)
確かにミアは美少女だ。薄紫の髪はさらさらしていて、紫水晶のような瞳は人の目をくぎ付けにさせる。その目を伏せるとまつ毛が長く、お人形さんみたいな顔立ち。
(ギルベルトが……)
ギルベルトが私を好きなんて……!
思わず舞い上がりそうになったが、とたんにすっと心が冷える。
——ミアが好きということは、私を好きということではない。
彼が好きなのは、私に入れ替わる前のミア本人で、榊美琴の入っているミアではないのだ。姿は同じでも、中身は別人。彼が好きになった子ではない。
もし、カミルの言う通り一目惚れで、彼がミアを好きだとしても、居るのはそのミアではない。
そう思うと、何とも言えない悲しい気持ちが込み上げてきて、私はその感情を無理に押し込めた。
「まさか、そんなことないよー。たまたま目についたからだよ」
笑いながらそう答えると、カミルは変な顔をしたが、ため息をついてベッドにごろんと仰向けになる。
「まあ、俺には何にもわかんないけどさ」
それきり、カミルは話しかけてこなかった。
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