第39話 実体化と深まる謎

「あぁ……あぁぁぁ……わ、私の……大願が……こ、こんなところで……こんな、凡人に……」


 辛うじて生存を許されている魔人は体をプルプルと震わせ、地面に仰向けに倒れている。


「これで、終わりだ……」


 魔剣を突き立て、魔人に向けた俺はそう言い放つ。


「ふ、ふざけるなぁ……!! わ、私が……私があなたのような者にぃ!!」


 必死に肉体を動かし、新たな肉を創出しようとする魔人だが、そんな余力は既に残されていない。

 あの一撃を放った俺には、それが理解できた。


 その時、異変が起きた。


『はははははは! 無様じゃのう!!』

「っ!? だ、誰ですか!!」

「……え?」


 魔人が、ゼノの声を認識したのだ。


「お、おい……お前ゼノの声が、聞こえるのか?」

「また魔王様の名を……!! いい加減に……!!」


 再び言葉の応酬を繰り出そうとする俺たちだが、


「いい加減、なんじゃ?」


 それはその一声で制止された。

 俺の持つ魔剣が突然輝きを発する。

 数秒の発光の後、その場には……


「ふふん!」


 可愛らしい幼女がいた。


「……誰?」


 あまりに唐突で脈絡のない登場に俺は一周回って冷静になっていた。


「誰とは酷いぞスパーダ! 儂じゃ!!」

「儂って……え? お前、まさか……!!」


 儂という口調、この話慣れた感覚。

 更にこの状況で現れる新たな人物という観点から考えた時、導き出される回答は一つだった。


「ははははははは!! 儂、顕現けんげん!!」

 

 艶やかな銀髪の長髪、紅蓮の瞳を持ち、普通の人間よりも少し発達した八重歯を見せながら得意げにそう言った。

 真偽を確認するまでも無く理解した。

 目の前にいるこの幼女が、ゼノであると。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!????」


 流石に叫ばずにはいられなかった。

 今まで声だけで意思疎通をしていた人物が、数年の時を経て突然現れたのだ。

 初めて見たゼノの姿に、俺の冷静さは更に一周し、激しく混乱する。


「お、お前本当にゼノか!?」

「む? 失礼じゃな。そう言うとろうが」

「で、でもどうして急に……」


 俺がそう聞くとゼノはニヤリと笑った。


「うむうむ! よくぞ聞いてくれた!! それはな、儂がそこに転がっとる奴の生命力を食い尽くしたからじゃ!!」

「そ、それって……」

「コイツの力を吸収したことで魔王である儂の力が戻ったらしい。存在を維持するのに魔力を使う必要がなくなり、こうして実体化できるよになったわけじゃ!!」


 自身の身体を見渡すゼノ。

 可愛らしい容姿に可愛らしい所作が加わり、そこには天使が誕生していた。


「後、力が戻ったことで魔剣の所有権もより強まったらしい。スパーダ、何か変化はないか?」

「変化って……そう言えば」


 俺は魔剣も持つ手を眺める。

 刀身が剥き出しになっている魔剣、この状態が続けば俺の魔力と生命力は吸われあの干からびたような状態になってしまっていたはずだ。

 しかし、今はそうなっていない。

 理性を以て魔剣を制御できるようになっただけでなく、使用の際に魔力や生命力を吸収されなくなったみたいだ。


「元々魔剣とは魔王である儂が使う武具。今までは魔剣よりも力が弱かったことで魔剣に使われていたが、儂の力が少し戻ったことで力の立場関係が逆転したようじゃ。今後魔剣が儂らの魔力を勝手に吸収することは無い」

「あぁ……あぁ……!!」

「む?」


 その声に反応し、ゼノは視線を下に落とす。

 視線の先にいたのは、口をパクパクさせながら激しい狼狽を見せる魔人の姿だ。


「おぉ、確か名は……ルオードとか言ってたな。こうして儂が実体化できたのはお前の尽力が大きい。感謝するぞ」

「あ、あ、あぁ……」

「どうした? お前があれ程復活を望んでいた魔王がこうして目の前に現れたというのに、感動の涙は流さんのか? 儂は泣かされるのは好かんが泣かすのは大好きなんじゃが」


 言いながら、腕を組むゼノ。

 見た目は天使のようだが発言や言動は魔王所以の傲慢そのものだった。


「……だ、誰だ……?」


 ――――え?


 ようやく絞り出された魔人の言葉、その意味が俺には理解できなかった。


「ははははははは!! よもや自身の主の顔を忘れるとはのう!! ま、儂も覚えとらんが!!」

「ふ、ふざけるな!!! ゼノ様はお前のような方ではない!! 誰だ、お前は……!!」


 魔人の口調は真剣だった。

 本気でゼノを魔王ではないと言っている口ぶりだ。


「まぁよい。何か他に情報でも聞き出そうと思ったが、この様子ではこれ以上の対話は無駄なようじゃ」

「ふざけるな!! お前はゼノ様では無い!!! 見た目はあの方の姿の一つを模している、内に内包する力もお前がゼノ様であると示している……!! だが!! 私の心が、それを否定している!! お前は!! 誰だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ギャーギャーとうるさいのう……」


 言いながら、ゼノは軽くかがむと魔人の頭部を掴み、片手で持ち上げる。


ももらうぞ」

「かっ……」


 魔人の頭部を握りつぶすゼノ。

 すると激しく破損している魔人の全身は黒い粒子となり、ゼノの身体へと吸い込まれた。


「うむ! これで完食!!」


 まるで出された食事を食い、満腹感に浸るゼノ。


「……」


 そんな彼女を、俺は横目で見る。


 どういうことだ……?


 魔王の名はゼノ。

 それは魔人も言っていたし、ゼノもそう名乗っているから間違いではないはずだ。


 だけど、あの魔人はゼノを魔王ではないと言った。

 なら……ここにいる「ゼノ」は――――誰だ?


 疑問に直面する俺だが、その解は得られない。


「スーちゃん!」

「ん?」


 直後、後方から声が掛けられる。

 戦闘による憔悴とゼノの実体化というとんでもない状況に俺は肝心なことを忘れてた。


「大丈夫!?」


 幼馴染を守るために戦っていたのだということを。


「リ、リンゼ」


 駆け寄ってくる彼女に対し、その名を呼んだ。


「その子……もしかして」


 実体化したゼノの姿をリンゼは眺める。


「察しがいいな小娘」

「じゃああなたが、いつもスーちゃんが話してた……」

「うむ! 儂の名はゼノ!! 魔王じゃ!! この高貴な名をしかと脳に刻み付けろ小娘!!」


 ビシィ! とリンゼを指さすゼノ。

 そんな自己紹介に何やらリンゼは不服そうな様子だった。


「ん? どうしたリンゼ?」

「女の子だったんだ……しかもそんな小さな子……」


 何だろう。とても勘違いしている気がする。


「ふふん!!」


 だがそんなリンゼの様子を見たゼノは得意げに鼻を鳴らすと、


「ははははは!! そうじゃ!! 儂とスパーダは相思相愛!! お前の入る余地などないわ!!」


 そう言って俺の右側に抱き着いた。


「だ、だめだめだめ!! スーちゃんは私と結婚するんだから!!」


 対抗するように、リンゼは左側を占領する。


「お、おいお前ら……!!」


 慌てて二人を引き剥がそうとするが、万力で締め付けられているのかと思うような強さで抱き着かれており、剥がすのは不可能だった。


「今までよくも儂の目の前で好き勝手やってくれたのう!! じゃがこれからはお前の思い通りにはならんぞ!!」

「そ、そんなことない!! スーちゃんは私を選んでくれるもん!!」


 男としては感無量のような状況なのだろうが、如何せんどちらも性格や行動に問題ありのため全く嬉しくない。


「はぁ……」


 そんな初対面とは思えない言い合いの中心にいる俺は、ため息を零すしかなかった。




◇◇◇

小話:

遂に登場(実体化)しました! 最高に可愛い残念のじゃロリ魔王ゼノ!!

リンゼや他の面々との絡みにご期待ください!

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