第23話 これは、俺らの約束だから

「なんか……色々あったな」

「……」


 春風浩紀はるかぜ/ひろきは壁に寄りかかっていた。

 辰巳に話しかけられたが、自分の中でまだ納得できないところがあり、何も返答できずにいた。


「浩紀には、申し訳ないと思ってる」


 刹那、隣にいる辰巳が頭を下げてきた。

 急なことで、浩紀は動揺してしまう。


 今、喫茶店内の殆ど誰もいない場所に二人はいる。

 誰かに見られる心配もない。

 けど、辰巳と一緒に会話することに戸惑いの感情があった。


 数年ほど関わることをせず、連絡を取ることもなかった間柄。

 今更、何を話せばいいんだよと思いつつ、辰巳の話を聞いていた。


 浩紀は先ほどまで無言を貫き通していたのだが。まさか、辰巳の方から謝罪を口にしてくるとは思ってもみず、驚き以外の何物でもなかった。


 突然すぎて、浩紀は言葉を失う。




「……俺は、浩紀のことが嫌いになったわけじゃないさ」

「え……どういうこと?」

「いや、なんていうか。そうしなければいけなかったんだ」


 辰巳は口ごもりながらも、浩紀に対し、ゆっくりと言葉を語りかけていく。


「何か……事情的な何か?」

「まあ、そうなんだ」


 辰巳は俯きがちになり、申し訳なさそうに頭まで下げ始める。


「……なんか、怪しいな」

「んッ、そう思われてもしょうがないけど。やっぱり、そうとしか言えないんだ」


 辰巳から伝わってくる感情は、本当に困っているように思えてきた。


 小学生から中学二年の初めまで、親友として仲良くしていたのだ。

 何となくだが、辰巳は嘘をついているわけではないような気がする。


 だがしかし、中学生の頃は距離が開いていた間柄。信じるというのも、浩紀の中では、そうそうできるものではなかった。




 ……けど、今回は信じてもいいような気がする。

 そんな心境に一瞬だけ陥ったのだ。


 浩紀は視線を向け、頭を下げている辰巳の肩を軽く叩き、顔を上げるように促す。


「……⁉ 俺のことを信じてくれるのか?」

「まあ、一応はな」

「本当か?」


 辰巳の表情が明るくなった。


「でも、だったら、なんで相談しなかったんだ?」

「いや、そういう約束をしていて」

「約束? 誰と?」

「ここでは言えない」

「なぜ?」

「なんていう。色々と俺にもあるんだ。浩紀、俺と一緒に来た人らがいただろ?」

「え、うん、いたね。そういや」


 浩紀はあの時のことを脳内に思い浮かばせ、振り返る。


「この喫茶店には、あの人らがいるんだ。だから、ここでは大きな声では言えない。俺も、ここに浩紀がいるとは思ってもみなくてさ。重要な準備ができていないんだ」

「準備? それって何?」

「それは、後で言う」

「あとで? なんか、さっきから、そういうの多いな」

「すまん。そういう事情があるんだ。俺、一緒に来た奴らには、ドリンクコーナーに行ってくるって言ってたんだ。あまり、ここで長話はできなくてさ。後で真剣に話したいんだ。信じてくれとは言わないけど。絶対に、後で時間を見て、本当のことを話す」

「……」


 次第に怪しくはなってくる。

 話せば話すほどに、少々謎が増してきてしょうがなかった。


 本当に、辰巳のことを信用してもいいのだろうか?


「……その表情、やっぱり、怪しいと思われているよな」

「――ッ」


 ば、バレてる?


 表情に出やすいんだと痛感した。




「でも、後で言う。これは……絶対だから。何度も言うようだけどさ。信じてほしいとまでは言わないが……。約束するから」

「……わかった」


 浩紀は言葉に濁りを混ぜたまま、一応、頷いておいた。


 元々仲の良かった友人が本気で困っている。

 苦しそうな顔を、今、目の前で見せられているのだ。


 だから、約束はできないとは言い出せなかった。


 確実に何かがある。


 確かに、色々と怪しいところが目立つ。

 だが、元親友だったとしても、心のどこかでは信じたいという思いがあった。


 中学二年生の頃。

 その間柄が崩れるまでは、普通に仲良く遊んだりもした。


 苦しい時は、一緒に乗り越えたりと、お互い様のような関係だったのだ。


 あの頃、急に距離を置いたのには何かしらの理由があるに違いない。

 多少時間がかかってでもいい。辰巳から本当のことを知りたいと心の底から思う。


「俺は約束するさ。でも、絶対に、今度は裏切るなよ、辰巳」

「わかってる。もし、俺が裏切るようだったら、その時は、それなりの罪を背負うさ」


 辰巳の表情は真剣そのもの。


 いくら嫌いになっても、辰巳の言い分を信じていたいという思いが、浩紀の心の奥底に存在しているのだろう。


「じゃあ、後で……な、浩紀」

「あ、ああ。本当に約束だからな」

「わかってる、約束だ」


 辰巳は急いでいることもあり、早口になっていた。


 そのあと、辰巳は握った拳を見せてきた。

 浩紀はその行為を察する。

 だから、辰巳の拳に、浩紀は拳をぶつけてやった。


 これは、親友同士の約束だ。


 本当の意味で、過去の出来事を解消できたわけじゃない。

 けど、目に見えるところで、過去と決別するための過程が欲しかったのだ。


 辰巳は背を向け、そのまま駆け足で、今いる場所から立ち去って行った。




 今、一人になった浩紀。

 私服のポケットからスマホを手にした。


 連絡帳には、佐々木辰巳ささき/たつみのアドレスがある。

 本当は消す予定だったが、まだ削除せずに残しているのだ。

 時間を見て、辰巳とはもう一度連絡しようと思う。


 浩紀はスマホをポケットにしまい、夏芽先輩がいるテーブルへと戻ることにしたのだった。






 席に戻れば、そこには夏芽雫なつめ/しずく先輩がいる。


 先輩はサンドウィッチをすべて食べておらず、注文したココアも、そこまで量が減っている様子もなかった。


「ようやく戻ってきたんだね。それで、どうだったの?」

「……いや、特にそこまでは」

「でも、あの子、ちょっと隠している様子あったでしょ?」

「はい」

「けどね、嘘をついているわけじゃないから」

「夏芽先輩は知ってるんですよね?」

「……大体ね。けど、あの子から直接聞いた方がいいよ。むしろ、あの子も、それを望んでいると思うし」

「そうですよね……夏芽先輩に聞くのはおかしいですよね……」


 浩紀は席に座り、考え込むように大人しくなり、ココアを飲む。

 一旦、心を落ち着かせたのち、再度、先輩の方を見やった。


「私からは何も言えないけど。あの子と、仲直りできればいいね」


 夏芽先輩も少々気まずげな態度で、勇気を持った発言をする。


「……それと、俺、食事を終えたら、そのまま帰りますので」

「そう……わかったわ」


 夏芽先輩は落ち着いた感じに返答するなり、軽くココアを飲んでいた。


 そのあとは、余計に話すことなく無言で食し、二人は店内で会計を済ませると、各々の岐路につくことになったのだ。

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