第11話 ねえ、浩紀君、好きになってくれたかな?
「私、君に聞きたいことがあるの」
「な、なんですか……」
「それはね」
先生からの誘うような問いかけ。
今日のプール掃除が終わった直後の夕暮れ時。
千年に一度の美貌を持つとされている、
美玖先生もデカさが強調された胸を持っているのだ。
そんな先生と同じ教室にいること自体、恥ずかしさも相まって、どこへ視線を向ければいいのか迷う。
本当に見れば見るほど、美人だと思う。
お世辞とかではない。
心の底から、そう思っているのだ。
「ねえ、好きになった感じ?」
「好き……?」
急にどうしたんだろ、先生……。
美貌を持つ先生から直接言われると、視線を合わせられなくなる。
そもそも、今はなんの用で呼び出したのだろうか?
モヤモヤと考え込んでしまう浩紀。
聞き返せばいいだけなのだが、誘惑してくるような口ぶりの先生に対して、何も言い返せないのだ。
やはり、童貞だからなのだと思う。
今日、夏芽先輩から童貞かどうかを問われ、浩紀は今も気にしているぐらいなのだ。
女性の発言に対し、勇気をもって話せないのは、やはり、童貞だからなのだと痛感した瞬間だった。
「好きっていうのは、水泳部に入る気になったどうかってことよ」
「……で、ですよね」
美玖先生が変な質問の仕方をするものだから、てっきり、先生のことを好きになった的な内容かと、若干勘違いしてしまっていた。
今、そう思うと、体が熱くなるほど羞恥心が湧き上がってくるようだ。
「水泳部に関しては、まあ、はい……一応、やることにしましたけど」
「そう。よかったわ」
先生はホッと胸を撫でおろしていた。
「先生ね、一応、入部届はもらっていたんだけど。君からも直接聞きたいと思っていたの。この前、入部を拒否したでしょ?」
「そうですね」
「だから、急に気分が変わったのも何かあるのかなって思って。何か、あるのかな?」
「えっと……それはですね……」
浩紀は口ごもってしまう。
本音で言えば、夏芽先輩からの誘惑に耐えきれなくなったからである。
二つ目の選択肢があるのならば、過去の決別するため、もう一度水泳をやってみようと決心したからだ。
「このままではいけないと思ったので。やっぱり、今後のために何かしらの活動をした方がいいと思うようになったからですね」
浩紀はアドリブ交じりで、それらしいことを口にしたのだ。
「そうなんだね。うん、しっかりとした目標があるのなら、私は何も言わないわ。頑張ってね」
「はい……」
少々嘘をついてしまっていることに、疚しさを感じつつも、浩紀は頷いた。
「でも、美玖先生は、どうして、水泳部の顧問になったんですかね?」
「それは、夏芽さんから、頼み込まれたからよ」
「先輩から?」
「ええ」
「それで承諾したって感じですか?」
「そうなの」
「でも、夏芽先輩は、そろそろ、進路のことを決めないといけない時期な気がするんですが? それでも、引き止めなかったんですか?」
「そうよ。あの子には、明確な目的があるからね。だから、少しでも手伝ってあげたくなったの」
美玖先生は空き教室の扉から夕暮れ時の外を見、黄昏るように、懐かしさが相まった瞳を見せていた。
再び、先生は、浩紀へと視線を向けてくるのだ。
「私、学生時代、特に何かが秀でてできる人ではなかったの」
「え? そうなんですか?」
「そうよ」
「でも、美玖先生は周りの人から美人って言われてますよね。それだけでも、他の人よりも秀でているような気はしますけど」
「……」
美玖先生はあまりいい顔はしなかった。
余計なことを言ってしまった感じかな……。
「私は、最初っから他人から評価されていなかったわ。大学生ぐらいになってから努力してこうなっただけ」
「……すいません。勝手な憶測だけで言ってしまって」
「わかってくれればいいわ。でも、最初から迷わずできる人はいないよ」
「ですよね」
「浩紀君も今できることとちゃんと向き合った方がいいわ。こういうのができるのって、高校生ぐらいまでなんだから」
「そうなんですかね」
「そうよ。私が高校生ぐらいのときは、あまり人生を楽しめていなかったの。だから、今の高校生には、最後の最後までやり切ってほしいの」
人生の先を行く美玖先生から思いが伝わってくる感じだった。
先生も先生で大変だった時期がある。
そういったことを初めて知り、意外な一面があるのだと痛感していたのだ。。
「夏芽さんもね、色々なことで悩んでいると思うの。だから、彼女の想いもしっかりと受け止めてあげてね」
「え? でも、悩んでいるようには思えないんですが」
「そういうのよくないよ。私だって、色々と悩んでいるの。現役の高校生の夏芽さんは、もっと悩んでいることがあると思うわ」
「……」
美玖先生はそういうものの、今、夏芽先輩のことを振り返っても、やはり、何かについて迷っている感じがしないのである。
先輩はいつも明るく、嫌らしい接触を図ってきたり、エッチな発言を耳元で囁いてきたりと、何かを悩んでいるような雰囲気を感じさせない。
本当は心の奥底では、誰にも言えないような苦しさを抱えているのだろうか?
「でも、童貞ってことなんだよね?」
「⁉ え、え⁉ な、なんで知ってるんですか⁉」
「さっきね、しっかりとプールの掃除ができているか覗きに行った時、そういう話が聞こえてきたの」
「覗きはよくないですからね」
「ごめんね。でも、童貞らしさが解消されればいいね」
と、先生は意味深な口ぶりで、一言、告げてくる。
浩紀は、千年に一度の美人教師から直接言われ、恥ずかしさがマックスに到達してしまうのだった。
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