7話 卒アルと耳かきと甘い吐息
「お先にお風呂いただきましたー」
風呂から出てきた絢音が水羽と一緒にリビングへ顔を出した。
お気に入りのモコモコパジャマ姿で、やけに上機嫌な様子の絢音と、少し疲れた表情の水羽。
絢音が水羽に襲われないか心配だったが、まさか絢音のやつが水羽にベタベタしたんじゃ……。
「ゆーちゃんのお部屋に絢音ちゃんの分のお布団も置いておいたからね?」
「ありがとうございます。お母さん」
絢音は母さんにお礼を言いながら、テレビの前にいる俺の元まで歩み寄ってくる。
「絢音、先に部屋へ行っててくれ。俺も風呂入ってからすぐに行くから」
「うんっ」
絢音には先に俺の部屋で寝支度をしてもらい、俺も風呂を済ませてから2階にある自室へ向かう。
自分の部屋、久しぶりだな。
ずっと荷物置きになってたらしいが、俺が帰るから母さんが片付けをしてくれたらしい。
「絢音、お待た」
「あ、おかえりー」
並んだ二つの布団の片方に寝そべりながら、何か読んでいる絢音。
……ん、あれは。
「それ小学生の頃の卒アルじゃねーか! 勝手に読むなよ!」
「子供の頃の祐太郎、可愛い〜」
「い、いやいやいや、全然可愛くはないだろ。どんなフィルターかかってんだ」
「あれ? 卒業文集も挟まってるじゃん」
絢音は何の了承も得ずに文集を開いて、ページをめくる。まあ、大した事は書いてないだろうし、別にいいが。
「6年2組、槇島祐太郎、将来の夢は——」
そういや俺、どんなこと書いたんだっけか。
あんまり、というかほぼ覚えてないな。
小学6年の頃はもうサッカーやってたし、無難にサッカー選手か?
「プロのサッカー選手になって——」
お、やっぱり、
「歳上の美人とケッコンする。だって」
おそらく初恋のお姉さんのことを想って書いたんだと思うが……当時の俺、ただのませガキじゃねーか。
卒業文集になんつーこと書いてるんだよ!
「へえー。祐太郎、一つ夢叶っちゃったじゃーん」
「…………そういえば絢音って、俺より歳上だったな」
「ちょっ、ひどっ! あたしは祐太郎よりちゃんとお姉さんだから! ほら、もっと甘えるの!」
「甘えるのは今関係ないだろ」
絢音は正座をすると、もこもこのホットパンツからチラッと見える肌白の太ももを、ぽんぽん、と叩く。
「何のつもりだ?」
「耳かきしてあげる。お姉さんだから」
「耳かき?」
絢音は得意げに梵天の付いた耳かきを出す。
「お母さんから借りてきたんだー」
「んなもん借りてくんなよ……」
「借りた時、お母さん凄いニヤニヤしてた」
絢音に耳かきを渡しながらニヤつく母さんの顔が思い浮かぶ。
くそっ、明日俺がいじられる光景が目に見える。
だが、誘惑に負けた俺は大人しく絢音の太ももに頭を預けた。
さらさらで、柔らかい絢音の太もも。
心の中だけに留めておくが、できることならこれを枕にして毎日寝たい……。
見上げれば国宝級の美少女がいるし……ここは天国か?
絢音は、ごそっごそっ、とちょっとずつ耳かきを進める。
連日の練習や講義で、慌ただしい毎日を送っていたが、この時間だけは全てを忘れることができ、癒やされる。
「ふーっ」
時折、甘い吐息を耳に吹きかけてくるので変に興奮してしまい、俺はその度に下半身がムズムズする。
「あれれー? 祐太郎ったら、耳ふーだけで意識しちゃってんのー?」
「ああ、めっちゃする。ゾクゾクする。もっとやってくれ」
「へっ……? す、少しは否定してよ! ばか!」
久しぶりに絢音の困惑する声が聞けて嬉しい。
揶揄う割にカウンターに弱いのは健在みたいだ。
「なあ絢音。母さんとしっかり話せたか?」
「うん……。これからの話とかいっぱいしたし、あたしも……色々と頑張りたいからさ」
「そっか……」
「それにしても祐太郎のお母さんがフルフルのエリさんだったなんてねー。まさかあたし以外にも祐太郎の周りに元アイドルがいたなんて。それも親族に」
……絢音には言ってないが、正確には3人、なんだよな。
もうしばらく連絡してないけど、MIZUKIさんとも合コンで知り合ったし。
生まれつき元アイドルと出会う相でもあるのだろうか?
「明日はゆっくり、山梨観光でもするか」
「あたし、ぶどうの乗ったパンケーキ食べたい!」
「うわぁ……。パンケーキはもういいだろ……」
「やーだー!」
おいおい、自慢のお姉さんキャラはどこに行ったんだ……?
その時、俺のスマホに通知が入る。
ん、阿崎からか。
『阿崎:旅行にでも行ってんのか? 直接渡したいものがあったんだが』
どうやら阿崎が俺のマンションの部屋まで来ていたようだ。
渡したいもの? どうせこの前みたいな、夜のハウツー本だろ。
「どしたの祐太郎?」
「阿崎がまたロクでもないもの届けにきたみたいなんだよ」
「ふーん。またハウツー本じゃない?」
「多分な。とりあえず
俺は阿崎に山梨に来てる旨を伝えておいた。
「もう電気消すよー」
「おう」
こうして俺と絢音は、実家の俺の部屋で布団を並べて眠った——筈なんだが。
「ん?」
早朝、俺が目が覚ますと俺の布団の中には……絢音がいた。
仰向けで寝ていた俺の右腕にしがみついてジッと俺の方を見つめている絢音。
「パンケーキっ」
絢音は俺が起きたのを確認すると、パッチリと開いた目でそう言う。
「朝の挨拶が『パンケーキ』になるくらいには、朝から狂ってるみたいだな」
「パンケーキ〜」
「ダメだこりゃ」
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