50話 キスの動揺と努力の結実


 佐々木が、俺のほっぺに……キス。

 ほっぺに……キス。


「ねーママー! あの人のお口、パペット人形みたいに空いてるー」

「こら、見るんじゃありません」


 地下鉄のホームで隣に並んでいた少年から指を差されたことで、俺はやっと我に帰った。


 あれっ……俺、いつの間に地下鉄に。


 ショルダーバッグを肩にかけながら、ホームに立っていた俺は、ボーッとした頭を叩き起こしながら、地下鉄に乗る。


 車内に流れる映画の広告。

 濃厚なキスを交わす男女を眺めながら、頬に手を当てる。


 今どき、キスって好きな人以外にもするものなのか?

 否。佐々木に限ってそれは絶対有り得無い。


 佐々木は俺の前ではいつもお姉さんぶってるけど意外とピュアで、子どもで、アイドル時代からパンケーキとか甘味にしか興味を示さなかったみたいだし……。


 でも、そうなると佐々木の好きな相手は、俺になる。


 じゃあつまり、佐々木の初恋の相手って……。


「ねーママー! あの人のお顔、タコさんみたいに真っ赤だよー」

「こら、人を指差しちゃダメでしょ! 今度やったらタコ殴りにするわよ……タコだけになんちゃって」

「え、ママ怖い」


 とにかく今回の一件で佐々木との間に変な溝が生まれるのだけは嫌だ。


 今からでも何かしらlimeを送っておかないと。


 そう思ってスマホを取り出した時、阿崎から着信が入っていた事に気がついた。

 そういえば、さっきからやけにポケットの中が騒がしかったような……。


 マンションから一番近い大学前の駅で降りて、改札を出てると俺はすぐに阿崎へ電話をかける。


『はーい、こちら阿崎』

「悪りぃな阿崎。さっきはちょっと忙しくて」

『判ってる判ってる。……こっちとしては朝まで忙しくても構わないと思ったんだが?』

「そうやって知った口を叩くな、この変態」

『相棒に向かってなんだよその口の利き方! 俺がどんだけお前に尽くして』

「お前はどうせ俺を利用してるだけだろ。合コンの時だってそうだったし」

『……話を戻そう』

「分が悪くなったら話を変える所は相変わらずだな」


 阿崎は電話口で咳払いをし、落ち着いた声で仕切り直す。


『槇島、落ち着いて聞け……』

「お、おう」

『俺たちは、週明けからAチームに上がることになった。当然、天皇杯のメンバーにも追加される』


 聞いた瞬間、視界が一気に開ける。

 俺が、Aチームに……!

 3日間、死ぬ気で走った努力が結実した。


『今日の会議で決まったらしい。さっき監督からメールがあった』

「ありがとな阿崎。お前はこの上ないクズだけど、Aに行けたのはお前がいてくれたおかげだ」

『違う、Aの監督は俺たち2人だから選んだらしい。俺一人だったら……まだAには上げなかったみたいだ。素行問題もあるけど』

「100%素行問題だろ」

『とーにーかーく! 俺のパスについて来れるのは、今もこれからもお前だけだ、槇島祐太郎』

「それは褒め過ぎだ。ベタ褒めるなら俺が1軍で点決めてからにしてくれ」

『確かにそれもそうだな!』


 阿崎は笑いながら言って、また真面目な口調に戻る。


『いつか俺とお前の2人で、高東の9と10を付ける。それが俺の夢だ、相棒——』


 高東の9と10は、プロ入り確約とも言われた伝統の番号。

 もし、その番号を掴むことができたら、本当に俺はプロに……。


『だからまずは天皇杯。俺たち2人でプロ相手にジャイキリ起こしまくるぞ』

「……め、珍しく熱いこと言うなお前。ちゃんとオチは用意してあるんだよな?」

『おうよ! ちなみに今電話してるのは千葉のラブなホテールで、今日は合宿中に千葉で知り合った女の子たちと夜通しパーリィだ。だよな、みんなー!』

『『うぇーい』』


 俺は電話をブチ切って、阿崎の番号を非通知にしておいた。


 Aチームに上がったこと、一番に佐々木へ伝えたい。

 だが今の空気でAに上がったことを報告しても……な。


 俺は様子を伺うつもりで、『今日のデート、ありがとな』とlimeを送ってみたが、既読すら付かない。

 佐々木はマメだから、いつもなら4秒で既読が付くのだが……。


 ✳︎✳︎


———

50話です!めでたい!

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