カルテの2ページ 熟練の小説家

量産機名称一覧

E-023「」


W-01「」

W-06「」

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W-01「スランプに悩んでいて・・・!」

E-023「上手く書けないのですね」


W-01「あの、ジェリス先生をお願いできませんか?」

E-023「主治医の変更はできません」


W-01「ライフィ先生の腕も確かですものね」

E-023「失礼ですね、患者様がお帰りです」


ライフィの助手の看護師が勢いよく出口のドアを解放する。次の患者のきらきらした視線がライフィに向けられる。この患者は確か初診ではなかったなと記憶をたどり始める。


W-01「失礼しましたぁ!」


W-01は慌てて診療室の自動ドアのスイッチの閉ボタンを連打しはじめる。ライフィは動作の仕方の珍しさに思考を巡らせつつ、目の前の患者の情報が書かれたカルテへ視線を落とす。


やはり、とんでもなくレアな初期ロットの書き手だ、もう100年の間、実働していることを感情システムへ気持ち、加味することにする。


E-023「それで、症状は?正常に見えますけれど」

W-01「何も書けなくなってしまって」


E-023「ここではなく取材へ行かれては?」

W-01「何も浮かばないんです」


E-023「一応、スキャニング検査へ回りますか?」


スキャンしてもその初期ロット機には異常が見られなかった、ライフィの腕ではスランプの原因を特定できない。


W-01「ぼくもジャンク行きかな・・・」

E-023「人間の役に立てないと?」


ジェリスが発表したメカニクス・サイコシスの論文は世間を騒がせている。

エンジニアが設計した由縁の無いロボの感情の発露が現実になりかけている。


ロボが徒党を組んで、人間の虐殺を企んでいると根も葉も無い噂をする者。

エンジニアたちの職務怠慢のせいで、旧時代の人間のように労働を行う羽目になると、労働の苦さ、嬉しさを知らないニュージェネレーションが騒ぎ立てる。


「わたし仕事してみたかったの!」

「今度はロボに日常生活を与えよう」


労働への好奇。


最近のムゲンネットでは、ライフィとジェリスのようなロボ同士の恋愛について人間は興味津々。


革命運動の功績は大きく、ロボの感情の発露を肯定的に受け止める人間も増えてきているところだ。


W-01「ライフィ先生、ロボ同士の恋愛は成立するんですよね?」

E-023「突然ね、ええ、お互いにメカニクス・サイコシスならね」


W-01は深く絶望した。

自分には感情が生まれたけれど、あの子にはこの感情は存在しない。


成立する可能性の一つもないことになる。

この人間のような気持ちがきっと仕事のスランプを招いたのだ。


W-01「ぼくには愛弟子が居るんです」

E-023「複雑ね、後任になるのかしら」


W-01「仕事はやりきったと感じています」

E-023「あなたの作品は世間を善くしたわ」


ロボのための病棟で療養を挟んでもらうと伝えた。

W-01は、長く勤めた職場にはまだやり残したことがあると言う。


W-01「先生、最後に趣味で書きたいと思います」

E-023「それはとてもいいわね、挿絵を担当しても?」


W-01「ぜひお願いします!」


W-01は書き手のプロを退く前に、愛弟子に物語のプレゼントをしたいのだと願った。それは素敵で、切ないロボ同士のラブストーリーだった。


ジェリスが査読を担当し、いくつかアドバイスを挟んだ。

感情的で、熱情溢れる甘い台詞を多用した。


そう。ロボに感情を持たせるための物語。


W-01は、愛弟子に技術の教授を行う過程で、ロボには存在しないはずの感情の発露が症状として現れ、恋という形で罹患した。


ジェリスとライフィはW-01の人生が他人事に感じられなかった。

この試みが上手くいくならば、ジェリスの論文にも大きく加筆が必要になる。


結果は、ハッピーエンドではなかった。


W-06「先輩のこの恋の作品のようにヒット作をたくさん書きます。」


しばらくの間、ロボのライターが唯一苦手としていた恋愛を題材とした物語が流行った。W-06は先輩の技術を大切に受け継いだようだ。


しかし、私的な感情はW-06に生まれはしなかった。


やはりロボの感情の発露には、再現性がない。数も極めて少数。

今後もこの研究は引き続き続けていく必要がある。


W-01「これが失恋なんですかね、先生」

E-023「なんて言葉をかけたらいいか」


W-01「いいんです、人間なら珍しいことではありませんから」


W-01は第二の人生を歩む、自分の願いに肩入れしてくれたジェリスの補佐を希望している。

ジェリスもまた研究に際して、貴重なメカニクス・サイコシスの個体としては歓迎するそうだ。


ライフィは、恋愛を描く書き手としてブレイクしはじめたW-06の仕事ぶりを見ながら、いつか感情の発露が彼女にも起きることを静かに願った。

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