第5話 ケアマネ、【医療】の現状を把握する
王の勅旨を受け取って動きがとりやすくなったネルが一番最初に向かったのは、神殿だった。バッドエンド回避のために『聖女』に関することを調べておきたいし、何よりも……。
「神殿は、この世界での【医療機関】ですわ。まずは、ここから状況を把握いたしましょう!」
===Tips4===
【医療と介護の連携】
「脳梗塞を起こしたので介護が必要になった」、「寝たきりになったら
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「お忙しいところを申し訳ございません」
「問題ございません」
対応してくれたのは、ユージム神官長。その声は氷のように冷たい。真っ白の髪に赤い瞳を持つ、不思議な風貌の男性だ。
「国王陛下の勅旨をお持ちの特別職を務める方です。何を置いても協力させていただきます」
淡々と告げられて、ネルは改めて頭を下げた。
(陛下の勅旨は、さながら【ケアマネ証】ね)
===Tips5===
【ケアマネ証】とは
正式名称を『介護支援専門員証』という。介護の現場での実務経験を持ち、試験に合格し、さらに実務研修を受けて『介護支援専門員証』の交付を受けた者をケアマネと呼ぶ。また、この証書を常に携行することが義務付けられている。
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「本日は、どういったご用件で?」
「神殿が行っている治療について、詳しく教えていただきたくて」
ネルの言葉にユージムは淡々と頷いた。
「治療の様子をご覧いただくのが早いでしょう」
と、案内されたのは神殿の中央部に位置する大広間だった。そこには平民と思われる人々が列を作っていて、その列が奥の白いカーテンの向こうにつながっている。
「こちらは平民専用の治療室です」
「貴族は別のお部屋なんですね?」
「もちろんです」
当然とばかりの返事を受けて、ネルは思わずキョロっと視線をさまよわせた。この世界には身分制度がある。これまでは違和感なく過ごしてきたが、前世の記憶を取り戻したネルにとっては、慣れないことなのだ。
「貴族の方はお屋敷に神官を派遣することも多いので」
その一言を聞いたネルの瞳がキラリと光った。
「神官の派遣は、貴族だけですか?」
「いいえ。のっぴきならない事情があれば、平民の方の家に派遣することもございます」
その一言を、ネルはしっかりノートに書き取った。
(前世の世界でいうところの、『往診』が可能ということね。良いことを聞いたわ)
「こちらへどうぞ」
ユージムに案内されて、カーテンの向こうに入った。列に並んでいる人は、一組ずつカーテンの向こうに入るらしい。そこには、一脚の椅子が置かれていて、その前に穏やかな表情の神官が立っている。
「お願ぇしますだ」
入ってきたのは足を引きずった農夫だった。
「お座りください。『聖なる力』を授けます」
農夫が両手を合わせて祈り、神官がその農夫の額に手を当てた。その瞬間、農夫の身体がフワリと光りはじめた。そのまま数十秒光り続けて、そして消える。
「おお!」
神官の手が離れると、農夫が歓喜の声を上げながら立ち上がった。
「痛みが引いた! ありがとうごぜぇます! ありがとうごぜぇます!」
農夫が跳ねるようにして小走りで神殿から帰っていく姿を見て、ネルは胸があたたかくなった。
「初めて見ましたわ」
「それは、幸運でしたね」
ネルは大病をすることも大怪我をすることもなく、今日まで過ごしてきたのだ。それは確かに幸運なことだ。
「不躾で申し訳ないのですが、あの治療はどういう理屈なのですか?」
ユージムはネルの問いかけに一つ頷いてから、答える前に彼女を促した。今度は階段を使って上階に上がっていく。
「『聖なる力』を、あの農夫に授けたのです」
「つまり?」
「人の身体の中心、魂の奥底にある力を呼び覚ますのです」
「では、彼の怪我が治ったのは、彼自身の治癒力ということでしょうか?」
「その通りです。『聖なる力』は、人の自然治癒力を高めるにすぎません」
話しながら二人が到着した階では、人が忙しなく動き回っていた。
「ですから、治療に時間がかかる場合も少なくありません。その場合には、この場所で入院していただくことになります」
広いフロアには無数のベッドが並んでいて、けが人や病人が寝かされている。
「治らない方もいらっしゃるのですか?」
「そうですね。重症の場合には、治療の甲斐なく亡くなることもあります」
ユージムがチラリと視線を向けた先には、ピクリとも動かない病人がいた。その額に触れる神官の必死の形相を見れば、厳しい状況であることは明らかだ。
「また、治療できない病気もあります」
また、ネルの瞳がキラリと光った。まさに、今日はそれを尋ねるために来たと言っても過言ではない。
「高齢に伴って起こる異常の類です」
ズバリ言われて、ネルは息を呑んだ。予想はしていたが、正にその予想のとおりだったのだ。
「というと、腰痛とか、曲がった腰とか?」
「ええ。膝痛とか、難聴とかですね」
「では、物忘れは?」
「ああ、お年寄りにありがちですね。うーん……。物忘れについては、そもそも治療を依頼されたことがないと思います」
これも予想の範囲内だった。前世でも【認知症】が病気として世間に認識されるようになったのは、つい最近のことだ。この世界でも、そもそも治療の対象になっていないらしい。
ネルは、一つ一つを丁寧にノートに書き記していった。
(これで、医療の現状はだいたい把握できたわ。次は……)
どうしても探さなければならない人材がいる。
(この世界にも、
ネルは神殿での情報収集を経て、その人がどこかに存在することを確信したのだった。
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