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「いち、管轄外の行動は避けること。弐、学校で学んだことは一切口外しないこと。また外での力使用は許可がない限り許されない。参、団体行動は………って、まじでいくつあんだよこれ」
「三五八だ。それまだ読み終わってなかったのか、天人。あ、かんにんや。自分名前天人っていうんやろ? そう呼んでもええか?」
「え、ああ。いいけど……」
汗をかいて首にタオルをかけて部屋へ入ってきた伊織はどかっと自分の机の椅子に座った。二人部屋の部屋で天人と伊織はルームメイトである。一人で音読をしていた天人はペラペラと紙を捲る。
「これ…全部覚えてるのか?」
「んなわけ無いやろ。全部覚えてられるほど頭ん中陰陽師のことだらけやないで。なんなら覚えてるやつの方が少ないと思うで」
そう言って伊織は自分の本棚から少しくすんだ表紙の辞書を取り出した。無言で目の前に差し出されそれが今自分の持っているものと同じものだと気がつく。表紙の所々に傷がつき、埃かぶっている。
……こんだけボロいんだったら、相当読んでるじゃねーか………。口ではあんなこと言っていたけど、根は真面目なのだろう。しかしそれを表に出さない。
俺も頑張らなきゃなぁと天人は小さくため息をついた。
「なんや。疲れとるんか?」
「疲れてるっていうか……なんか色々と急すぎてついていけてないんだよ」
天人はかけていたメガネを外して、ずっと着ていた上着を脱ぐ。メガネは源郎からもらったものは壊れてしまったので、此処へ連れてこられたとき榊家の人がハルに枷をかける時と同じタイミングで新しいメガネをもらった。前よりも少しフレームが頑丈だ。またすぐに壊れたら困るしな。
天人はベッドにダイブして視界を閉じた。
心なしか此処にきてから頭痛の回数は減った。でもそれだけ力を使っていないっていうのもあるだろうけど、この世界が妙に心地よいんだ。まるで自分の中にいる妖怪が落ち着いているような感覚。自分と同化してくれているような感覚。
「なあ、伊織」
「ん?」
「お前って契約者か?」
「はぁ?」
怪訝な顔をして伊織は天人を見た。
「その質問、お前は半妖かって聞いとるんと同じようなもんやで? なんや、わしに喧嘩売っとるんか。んなら潔く買ったるで」
ボクシングのポーズを取る伊織の手を天人はスッと包んで下ろした。
「……そうじゃなくて…つーか何で半妖か聞いただけでそんなに構えるんだよ……」
「何でって…あーそっか言ってなかったな。わし
「中家の……!?」
確か、中家って陰陽師御三家のうちの一つだったよな?西を榊家、東を東家、北を中家が仕切ってるっていう……。中家は半妖をことごとく嫌っているって聞いたことあるけど―――。
「お前も半妖は嫌いなのか……? 俺の、ことも嫌いか?」
「ってことは天人も半妖なんやな」
「あ………うん………。まだ本契約してないけど……」
こんな宙ぶらりんな状態で半妖って言えるのかわからないけど。
伊織は頭の後ろをかいた。
「確かに半妖は嫌いやけどっ、何の理由も聞かずにお前のことを嫌いになんかなったりせーへんよ。理由があるんやろ? 聞いたるで」
「あ、ありがとう……」
天人はベッドから体を起こして、椅子に座る伊織へ向き直った。同い年なのに大人っぽい伊織は頼りになる。
この理由を話すのも随分と久しぶりな気がする。あの日に何があったか、いつの間にか忘れつつあって話すとますますあのときの運を恨みたくなるけど、きっと人生の中での悪運はもうあの日に使い切った気がする。天人は微笑を漏らしてから手順をおって話し始めた。
「…あの日は、舞子が靁封神社へお参りに行きたいって云って俺もついて行った日だったんだ。靁封神社っていうのは俺の地元にある守り神が祀ってあるっていう云い伝えのある神社なんだけど、まあ随分とボロくなっちまったから立ち入り禁止になるって聞いて、そこでどうしても神社へ舞子が行きたいって云うから、神社を所有してる佰乃に聞いたんだ。いつまでなら入れるかって。んでまあその日の夕方までっていうから神社に行ったんだけど………――」
「………どないした?」
「え、ああいや………」
あれ?と天人は首を傾げる。
「そういえば、どうしてあのとき源郎は封印から解けたんだっけ……?」
「源郎? って誰や」
「灸尾のこと」
「灸尾………へぇー、灸尾ねぇ………ってええええ⁈ まじかよ、あの灸尾かよ‼︎」
「うん」
「じゃあもしかして去年あった封印の一連に絡んでた一般人って天人達のことだったのかよ! うわー、そりゃー驚きや………。どした、天人? 具合悪いんか?」
伊織は頭を抱えて下を向く天人へ歩み寄って背中をさすった。
「いや、多分陰陽全書の文字に酔った……」
「酔ったってお前なぁ」
伊織は陰陽全書の開いていたページを一瞥する。
「まだ一ページもめくっとらんやん。それじゃもたへんで」
「ですよね…………」
俺ってやっぱりヘタレなのかなぁ………。ハルにも源郎にも散々な言われ方してたけどあながち間違えでもなかったのかも……。いやいや!なんだそりゃ!
天人はパンパンと両頬を叩いた。
「気合いだ! 気合いで読んでやる!」
「お、おお! その息や天人! 一気に読んだったれ!」
ジーー…………。
「うえぇ…。酔った……」
「はやいわっ!」
「ちょっとトイレ行ってくる………」
こんな茶番を繰り広げて天人と伊織は夕方の時間を過ごした。
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