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「やあ! いらっしゃい! ピッチピチの新入生たちよ! ここが我らのクラス、Sクラスだ!」


ド派手な歓迎を受けた天人と舞子は教室に入った途端立ち尽くした。派手なクラッカー音・派手に装飾された教室・派手な格好をして二人を迎える先輩達。

この人は普通という言葉を知らないのではないかと疑いたくなるほど豪華な出迎え


「ん? どうしたんだい。二人して固まって。この歓迎が気に入らなかった? 少々規模が小さすぎたかな?」

「い、いやそうじゃなくて……その逆です…………」

語尾が小さくなりながらも本心を告げる。

「豪華すぎて………なんかもう逆に入りづらいというか……歓迎されているのかさえも定かではないというか……」

すると征爾は顎に手を当てて考え込む姿勢をした。

「ふむそうか………ならば君達は、このように明るい歓迎ではなく、普通の歓迎の方が嬉しいというのか?」

「ま、まぁ、少なくともそっちの方が………」

舞子と顔を見合わせ頷く。


「じゃあ今すぐ変えてあげよう。新入生のお願いは断れないからね」


そう言って征爾がパチンと指を鳴らした途端、景色が全て変わった。さっきまで派手に装飾されていたはずの教室が跡形もなく姿を変えた。木の板でできている床がむき出しに現れ、教壇と階段状になっている机がずらりと視界を示し、やっとここが教室であるということを認識できた。その安心感があってか、天人は深く息を吐いた。流れるがままに此処まできてしまったが本質的なことは何も知らされていないままだ。

「ド派手に歓迎会をしたかったのだけども、どうやら君たちがそういう気分ではないのなら仕方がない。席に座ってくれみんな」

征爾が教壇に立ち上がると、教室にいた学生達はパラパラと散り、席に着席する。その場に残された天人と舞子は戸惑いながら征爾に指示を受け真ん中の席に座った。すると隣に座る青年と目があってにっこり笑顔を向けられた。


「わい、橘伊織たちばな いおり。お前らよりもこの世界に入ったのは先やけど同い年やき。伊織って呼んでや。宜しく」


隣に座る青年から手を差し出され、天人は握り返す。伊織は容姿端麗な顔立ちだった。流暢な関西弁と黒い短髪。何だかすぐに馴染めそうな人である。少し焼けた肌色が海都を連想させ、天人は少し前の生活が恋しくなった。しかし、此処でやっていけるのかなという不安は少しばかりか減少された。

「では出欠をとるぞー。1E―……って、そうだった。先に天人君達に説明しなければいけなかったな」

征爾は振り向いて黒板に大きく“コードネーム”とチョークを滑らせた。カランと音が鳴る。


「此処では出欠もコードネームで取る。だから先輩たちの名前はコードネームで覚えるように。まあこの世界に支障がきたさない程度では本名で呼び合っても構わないけど、基本コードネームで暗記するんだ」

「は、はい!」

コードネームかぁ………。

天人はチラリと伊織に視線を配り、彼を目があってから耳打ちした。

「あの……伊織のコードネームは何…?」

「そう急ぐなって。征爾先生が呼んでくれるやろ? それを聞くまで待てって。コードネームとか、恥ずかしくて自分の口からは言えへんわ」

クスリと肩をすくめる。コロコロと表情を変える表現豊かな伊織。

「続けるよー。UU―。いるかー。あ、いるねー」

次から次へと緩やかに征爾の口からコードネームが出てきて、四人の名前が呼び終わった。後は伊織と自分たちを含めた三人のみだ。


「つぎー。LL―」

「はーい」


天人の隣で元気よく伊織が手を上げ、伊織のコードネームが『LL』だということを知る。どういう意味なんだろうと考える暇もなく天人のコードネームと舞子のコードネームが呼ばれ、出欠確認は終わった。





「あの、四方先生……」

天人達が征爾の式神に従って右へ曲がった後、左の道を無言で歩み続ける四方の後ろを歩いていた佰乃は口を開いた。


「私達って、処分されずにこの学校へ入学したって事は、榊家の人達と英国の人達は、許したっていう解釈でいいんですか? なんか、何も説明されないまま此処にきたので、結局のところどうなってるのかわからなくて―――」


「不安?」


「…―――不安です」


弱々しい佰乃の声。ハルはそっと佰乃の肩に手を回した。その手につけられている重たい枷がジャラリと音を鳴らす。今までのような黒手袋はもうない。

四方の被るカボチャがゆらゆらと揺れた。


「不安だよねー。まあ確かに何も説明されずに此処まで連れてこられたら逆に怖いっていうか何かこっち側が企んでるんじゃないかって考えるよね。でもさあ、冷静に考えれば少しはわかるんじゃない?」

四方はハルの両手につけられている枷を、こちらを見ずに指さした。


「その東弟につけられている枷は、彼の能力が強すぎるが故にこちら側が考えた対処法だ。あの日…――君たちが岡山に着いた日、彼は能力を使って人に危害を加えようとした。そんな力を野放しにするわけにはいかないだろう? だから、それは一種のペナルティーだ。彼が本契約をするまでの」

あの日に、自分の両腕は切断されてなくなったけど、どうやら榊家には修復することが可能な妖力を持っている陰陽師がいるらしく、目が覚めた時には両手首に枷がついた元に戻っていた。


ハルは……岡山に来る前に、南高校の体育祭で何があったかも覚えてない。否、それより前のこともよく覚えていない。自分の身に何が起きているのかわかってないんだ。こんなの不安要素しかないけど、でもだからって悲観的に生きていたら佰乃を不安にさせるだけだから……―――。


心にかかるモヤをなるべく掻き消して、彼女の隣に並ぶ。


「君達は違法契約者で本来ならば処罰されるべきだけど、それは事が全て判ってからだ。灸尾の事も、こちらはきちんと把握していない。もしも君達が処罰されるようなことがあったらそれは最悪の場合だよ。今の所、英国との約束で君たちを一流の陰陽師に育てるということになっている」

四方は大きな扉の前で足を止めた。

「だから、此処でみっちり成長してくれよ」

重たそうな両開きの扉が鈍い音を立てて開く。教室の中は間接照明だけで明かりを保っており、少し薄気味悪い雰囲気だ。教壇と黒板があるあたり、壱の世界の学校とたいして変わらない。階段上に広がる学生の席には僅か、一人だけが座っていた。

「生徒って………このクラス、一人しかいないんですか…?」

席に着席して四方に質問する。四方は教壇に上がり名簿表を広げる。

「Dクラスは移動が激しいからね」

「移動が激しい………?」

意味わからないセリフを吐く四方だが、次にはすでに教室の席へ着席していたこのコードネームを読み上げた。


「KI―…って読み上げるまでもなく居るな」

「はーい」


仏頂面で返事を返す男の子はスッと細い腕を上げた。見た目は小さく華奢で身長は一六〇あるのかないのかぐらいである。佰乃よりも小さいかなとハルは思った。まあ自分よりも小さいのは明らかなのだが。センターパートの前下がりショートボブで、襟足とサイドを刈り上げたツーブロックカットになっている。

少しの間だけ目が合うと彼は小さく会釈した。つられて二人も会釈し返す。二人のコードネームも四方に呼ばれて、四方は、おそらく三人の名前しか載っていないであろう名簿表をパタンと閉じた。

「よし」と彼の気合の入った声が席まで聞こえていた。

「やっとこのクラスにもクラスメイトというものができたところだし、歓迎会でもするか」

瞳の奥が見えないかぼちゃ頭がそう言った。佰乃は、まさかこんないかにも真面目そうに生きており、自分の父親とは領域が違うであろう教師の口から歓迎会などと、幼稚じみた言葉が飛び出てくるとは思わず口を開ける。ポカーンと。

「歓迎会? いいね! ハル、学校通ったことないからやってみたい! ね、KIくん?」

「え……ああ、うん」

テンションが上がっていくハルに話しかけられてKIはワンテンポ遅れて相槌を打った。

佰乃は乾いた口をようやく閉じる。隣のハルを見て、少し微笑んだ。

「で、歓迎会って何するの? ねね、四方先生。ケーキとか風船とか用意するの?」

純粋にキラキラした目で四方をみつめるハル。そんなハルに向かって、四方は冷たく言い放った。


「何を言っているんだ。もちろん実践に決まっているじゃないか。ケーキなんて娯楽をこの教室に持ち込むわけない」


そ、そんなァと脱力した声でハルは首を下げた。


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