壱, 最終章-学校編-
1
一
「まず始めに頭に入れておかなければならないことは、弍の世界で本名を使ってはいけないということ。弍の世界には元々自分と同じ存在の人間がいるということは知っていると思うけど、我々はあくまで壱の世界の人間で、弍の世界の人間ではない」
「つまり、同じ人間が同じ場所に存在したら矛盾が生じるから本名を使うなってことだよね……?」
「そう。それに、我々は決して弍の世界の人間と干渉してはいけない。まあ、捜査上は関わることになるかもしれないけど、あくまで関わるだけ。干渉してはならない。壱の世界の情報を流すことも禁じられている。それを破れば即退学。否、即追放だ」
「…………」
「そしてもう何個か頭に入れておかなければいけないことがある」
カツカツと、歩く靴音が天井の広い廊下に響く。廊下に差し込んでくる明かりが、人工的なものではなく、日光の灯りだと気がつくには、少し明るすぎる光が廊下の一箇所だけにさしていた。
「弍の世界で陰陽師は警察の管轄に含まれている。陰陽師は民の間で正式に認知され、我々はその期待に答えるべく組織ということなんだ」
「ということは……警察の人は、私たちが壱の世界の人間ってことを知っているんですか?」
「ああ、そういうこと。故に陰陽師は暴力沙汰を起こす妖怪たちの警官として担当している。人間を逮捕するのはあくまで弍の世界の人間のやることで………まあ、これ以上細かいことはその本に書いてあるよ」
そう云って
チラリとページを捲ると小さな字がずらりと並んでおり、目眩がしそうだったので、天人は静かに本を閉じた。
「それは今日中に熟読しておくといい。此処は新入生だからといって配慮できるところじゃないからね」
ニヤリと笑う四方だが、目の奥が笑っていない。率直にいって怖い。
「というか……」と、天人はついにずっと気になっていたことを切り出した。四方の頭全体を覆う被り物を指さす。
「その被り物、脱がないんですか?」
「脱がない」
「そ、そうですか………」
四方はまるで自分の大切なものを防衛するかのように、被り物を両手で支えた。四方が頭にかぶっているのはカボチャの被り物だ。
初めてあった数時間前からずーと気になっていたのだが、ボケなのか、突っ込んで欲しいのか、はたまた突っ込んでいいものなのか検討がつかず此処まで流してきた。
それはどうやら舞子も佰乃もハルも同じ気持ちだったらしく、被り物を大切そうに正す四方の後ろ姿を見て、密かに彼との距離感をあけた。
「さて、此処から先は分かれ道だ」
四方が指さす左の道は相変わらず廊下の窓からの明かりがさしている。しかし右の道は廊下に設置されているほのかな楼の明かりしかない。
「東兄妹は私についてきてくれ。君達二人は私のクラス配属だからね」
「じゃあ……俺たちはこの薄暗い廊下を……二人で?」
「何をそんな不安そうにいう。たかが暗いだけだろう」
「たかがって………」
天人は痛む前頭葉を抑えてため息をつく。
このカボチャ頭、全然わかってない。
俺と舞子だけで自分たちの教室まで行けって遠回しにいわれても、そもそも俺たちはこの馬鹿でかい校舎の構造さえも知らないのに、どうやって教室にたどり着くっていうんですか。
そう伝えると、四方は何かを思い出したように奇抜な服の内側から一枚の札を取り出した。白く長細い札だ。何度も見たことがある。これは陰陽師の人たちが使用する特別な札。天人は受け取って、表面に書かれている文字を見た。
「それを持っていけ。お前たちの教室まで案内してくれる」
「それ………あのクソ親父の……」
「東先生の?」
コクリと佰乃は頷く。
東先生の札が俺に渡されたってことは、此れを使えってことか?つまり――。
「東先生が此処にいるってこと?」
四方に問うと、灯の見えない仮面の向こう側の双眼がキラリと反射した。
「そう。君たちの担任は東征爾だ。別に隠すようなことでもないから先に伝えておくけど、覚悟しておけ。彼処は私のクラスよりも厳しいぞ」
舞子と天人の背中を悪寒が走った。一気に鳥肌が現れる。そのカボチャ頭が言う“覚悟しておけ”が俺たちの想像する覚悟しておけとは、程遠い角度の“覚悟”だと願って…―――――。
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