第9話 じいちゃんの気持ちはわからん

 私とじいさんは部屋に堂々といたが、相手は気がついていないようだった。

 はーちゃんとなーちゃんが寝ている横に、やたらかっこいい男が立っていた。ただし、服は西洋風の甲冑。腰には、細身の剣を吊していた。

 何やらはーちゃんの体に話しかけている風だったがよく聞こえない。

「先手必勝でいくか。いいか、加奈。二人のことを頼む。特に葉月の体は空っぽになるはずだから、絶対に守り切れよ」

 こんなじいちゃんの顔は見たことがなかった。愉悦。殺意。闘志。混ざりあい、そして、とてつもなく熱く、冷たかった。

「どうせ気づかれないから、二人のすぐそばに待機していろ」

 じいちゃんは命令口調で言った。

「……わかった」

 灼熱で焼かれるようなのどの痛みに耐えて声をしぼりだす。

 これじゃだめだ。さっきの二の舞になってしまう。

 私は呼吸を整えると丹田に力を込めた。

「上出来じゃ」

 そう背中に聞きながら、二人の布団の横に片膝立てで座り込んで待機する。

 不審者の顔が正面に見えた。下から見上げる顔が恐ろしく見えたのは、私の心のせいだろうか。ひどく緊張する。

 はーちゃんの体がほんのりと光りつつ、浮き上がる。封印を解こうとしているにちがいない。だが、イラついた表情を見るに、なかなか成功していないようだった。

 じいちゃんの方に目をやる。

 じいちゃんは、太極拳のようなゆっくりとした動きで体をほぐしていた。いや、タイミングを計っていた。

 じいちゃんから見て、不審者とはーちゃんの中心線が重なった瞬間、じいちゃんが動いた。背後から容赦なく拳を背骨の真ん中に当てる。吹き飛んだ衝撃で、はーちゃんの体にぶつかる。

「加奈!!」

 じいちゃんが叫ぶより先に、私ははーちゃんとなーちゃんの体を確保して横に飛んでいた。 はーちゃんの体はまだぐったりしている。

「おねえちゃん?」

 なーちゃんは、目を覚ましたようだ。……どちらだかわからないが。

「貴様、どこから現れた」

 不審者が起き上がりながら、じいちゃんに問いただす。

「一撃で仕留めるつもりだったが、ずらしたか」

 じいちゃんは一足飛びに不審者の懐に飛び込むと、右正拳突きを放つ。鈍い音がしてじいちゃんの手が止まった。不審者の右手が抜きかけの剣身でじいちゃんの拳を止めていた。そのまま剣をひねってじいちゃんの拳を破壊しようとするが、じいちゃんは後ろに飛び跳ねてそれを避ける。

 不審者は剣を正眼に構え、じいちゃんを睨みつけている。

貴様達きさまらはどこから現れたと聞いている」

 静かな声だった。驚いていても、動揺はしていない。一番戦いたくない相手だった。

 不審者には理解できなかっただろう。私たちが現れたのではなくて、じいちゃんの拳が当たった瞬間、この隙間の世界に引き込まれたことを。そして、そのまま自分を触媒として、葉月、私、なつきが同じ世界に引き込まれたことを。

「答えぬならよい。死んでもらおう」

「わしは、そやつの封印を解くことができるぞ?」

 不審者は動揺した。じいちゃんが飛んだ。不意打ちの跳び蹴り。動揺している相手には効果的だった。だが、不審者はじいちゃんの蹴りを顔面に受けても倒れず、剣を横に薙いだ。すんでの所でかわし、じいちゃんは逆の足を回して、かかとを後頭部にたたき込もうとするが、今度は不審者が体を投げ出して、それを避けた。

「重そうなものをつけとる割には、早いな」

「当たり前だ。最高の魔法で編み上げた鎧の重さは羽に等しい」

 不審者は自慢げに笑う。

「だが、こんなまさかこれを重く感じる日が来るとは思わなかった」

 不審者はしゃがみ込むと、ブーツからナイフを取り出し、鎧の継ぎ目何カ所かに当てた。

 鎧がバラバラと床に落ちる。金属音がしないのが、男の言葉を証明していた。白のタンクトップ? に股引? のような姿に男はなる。おそらく向こうの世界の下着だろう。こっちとあまり変わらないが、その姿で立っているのは、イケメンの顔がついていても、あまりかっこいいとはいえなかった。

「ジジイ、第2ラウンドと行こうか」

 不審者は切っ先を下げ、地の構えをとった。

「ほう」

 じいちゃんの目が細くなった。

 じいちゃんが床を蹴る。不審者は動かない。間合いギリギリでじいちゃんは飛ぶ。不審者は切り上げる要領でじいちゃんの方へ剣を回す。じいちゃんは剣身の面にわずかに触れて軌道をずらすと同時にそこを起点として、足下に潜り込む。

「はっ」

 笑い声とも気合いともわからない声が、不審者から発せられた。剣をあっさり手放すと、そのままじいちゃんを踏みつけようと足を上げる。じいちゃんは軸足になっている足を払おうと体をひねる。その体に向けて、肘が上からふってきた。たまらずじいちゃんは間合いをとろうと後ろに下がる。追いすがる不審者。だがじいちゃんの間合いに入る前に、後ろに飛び下がった。じいちゃんの手から、逆手に持った不審者の剣の切っ先が伸びていた。

 私は二人が戦いに夢中になっている間に、少しずつ部屋の角に移動していた。

「おじいちゃん、何で戦ってる?」

 なーちゃんだ。

「はーちゃん助けるために、天国から少しだけ帰ってきてくれたの」

「おじいちゃん、強い。でも敵の人も、強い」

「うん」

 私は二人の体をぎゅっと抱きしめた。

「はーちゃんは寝てる?」

「うん。なーの体にいるの、すごく疲れるみたい……。大丈夫かな」

「私とじいちゃんで悪いやつやっつけるから大丈夫」

 安心させるように笑う。

「おねえちゃん、震えてる?」

 気がつかれた。こんな戦い、本当は怖くて見ていたくない。じいちゃんと互角にやり合うやつがいるなんて考えたことがなかった。そのくらいじいちゃんは絶対的な強さだった。

「大丈夫。ちょっと武者震いしただけだよ」

 丹田に力を込めて、震えを止める。子供達を不安にさせてどうする。なーちゃんが私の手をぎゅっと握った。

「これで安心?」

 完全に信頼している笑顔だ。こりゃじいちゃんもやられちゃうよな。私は苦笑した。

「ありがと。まかせて」

 不審者は完全にじいちゃんに気をとられてこちらに手を出す余裕がない。タイミング的には今しかない。でも……。

 じいちゃんの方を見る。ごめんね、じいちゃん。約束破るわ。

「なーちゃん、お願いがあるの」

「なあに?」

「これから、はーちゃんの体取り戻すんだけど、そのあと、おねえちゃんは、おじいちゃん助けなくちゃいけないから、なーちゃんははーちゃんの体を守っててもらえる?」

「わかった」

 なーちゃんは、子供なりの決意の目をこちらに向けた。私も心を決める。やっぱりじいちゃんを置き去りにはできない。

 目をつぶる。祝詞は口に出して唱える必要はない。口に出した方がよりはっきりと意識できるというだけだ。

 我は夢見の巫女、加奈。世界を司る神に願い奉る。彷徨いし子供達に再び夢を見せんことを。 私ははーちゃんとなーちゃんのおでこに手を当てた。特に何かが起こったように見えない。

「なーちゃん、よろしくね」

 美加おばさんがよくやるようにウインクして見せようとしたが、うまくできなかった。

「うん」

 それでも伝わったようだ。

 私はゆっくりとじいちゃん達の方へ歩いて行く。二人が私の存在を思い出したかのように、こちらを見た。

「加奈!」

 じいさんが怒りに満ちた声を出す。

「老人は怒りやすくてよくないなぁ」

 私は、笑って受け流した。

「×××○」

 不審者の口から聞いたことのない音が聞こえた。不審者の横にもやのようなものが現れ、人の形をとる。そして、素っ裸のおっさんが現れた。

「くそ魔道士、そこにいたのね」

 私は不敵に笑って見せた。

「てめえ……。何をしやがった……」

 解説してやる気はなかった。ここは隙間の世界。そして子供達だけ、私の世界である夢の世界へ送り返した。当然魔道士は肉体を失ったまま、ここに残る。本当は私も一緒に帰るのかじいちゃんの作戦だった。でもじいちゃんを見捨てることなんてできない。たとえもう死んでいたとしても。

「せっかく美少女に二度も転生したというのに……」

 おっさんが憎しみを込めて睨みつけてくる。が、裸のおっさんがすごんでも、何も怖くなかった。

「ここがお前の本来の世界だよ」

 じいちゃんが静かに言った。

「加奈、お前にはあとでしっかり説教するからな」

「ええー」

 一番恐れていた結末だった。

「さて、お前、迎えに来た者がいなくなったが、それでもまだ戦うかね」

 じいさんがおっさんを無視して、不審者に尋ねた。

「どういうことだ」

「そういうことだよ」

 じいさんが不審者の横を顎で指した。不審者が横を見る。そこにはもうおっさんはいなかった。

「どういうことだっ」

 不審者の顔に焦りが見える。私たちは何もしていない。なのに文字通り、おっさんが消えたのである。私からは、おっさんが音もなく、気配もなく、何者かに連れ去られる瞬間が見えていた。見なければよかった、そう後悔するくらい、謎の恐怖が私を襲っていた。それに比べれば、こいつらなんてたいしたことない。

「この世界はね、四十九日って言ってね、一時的にしかとどまれない世界なの。あの人はもうそれを超えてたみたいね。だからお迎えが来た」

「何を言っている?」

「この世界の風習というか理なのよ。どの世界でも、その世界のルールには縛られるでしょ? 転移魔法を使うならよく知っていると思うけど」

「……ここは死者の世界と言うことか?」

「半分正解で半分不正解。でもあなたもここに長くいると、あのおっさんの後を追うことになるわよ」

 不審者は私の顔をじっと見つめた。私はじっと見つめ返す。今ここで不審者が動いたら、私は避ける自信がない。私も死者の仲間入りするに違いなかった。

「ジジイ、お前とはもう手合わせできないのか?」

「少しの間なら遊んでやるぞ」

 じいちゃんが笑った。

「え? マジ?」

 私の方が驚いてしまう。

「明日からしばらく暇だからな。遊び相手がいた方が都合がよいわ」

 不審者は突然片膝をつき、頭を垂れた。

「あなたが全力ではないのはわかっていました。わずかな間でもかまいません。師匠と呼ばせてて頂けないだろうか」

「ええーっ」

 あれで本気でなかったのかよ、くそジジイ。

「明日までおとなしく待っててくれたら、少しばかし揉んでやるぞ」

「かたじけない」

 不審者は頭を下げた。そして今度は私に向きなおる。

「我々の教皇様が失礼をした。詫びてどうなるものではないが、どうか許して頂きたい」

「なんであんなやつ、教皇とかって仰いでるのよ」

「あの方は……、私たちの国を救ってくれた。それだけは事実なのです。でも、本当のお姿がああいうお姿だったとは……」

 あ、やっぱり人間見た目なのね。向こうのおっさん、美少女だったもんね。

「まあそのことについては、わしがしっかり説教しとくわ」

 うげ。少しだけ同情したくなってきた。

「それで、はーちゃん、葉月は元に戻せるの?」

 本題に入る。

「それが……。先ほど封印術が解けなかったので、教皇様、いや教皇だけでも引き出せないかと試したのですが……」

 そのまま首を振る。

「おそらく、転生自体が、世界の理である以上、同等の理を持ってしか戻せないと思います」

「はぁ……」

 ため息をつく。無責任にもほどがある。

「それじゃ明日には戻ってくるから、ここで昼寝でもしていてくれ」

 じいちゃんは私の肩をたたくと、不審者にそう告げた。

「承知いたしました」

 恭しく頭を下げる。根本的にこのイケメンは馬鹿なんだと思う。魔法剣士のくせに脳筋とは……。

「お前の世界に連れて行ってくれ。二人と話そう」

 じいちゃんの声が、死ぬ前のように弱々しかった。

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