第89話 また漏らしたんか?

「「ハギャァァァ!あだっ!」」


「「ぬおあっ!なにごと!」」


 いきなり止まった馬車のせいで僕は、積まれていた木箱にぶつけてしまった、それも木箱の角に僕の大事なところをだ。

 言葉に表せない痛みと、グシャと音にならない音が頭に響いた次の瞬間、腰から背中に何か走った。


 さらに後ろにいたジャレコとダムドがドン、ドンと二回に分かれて僕にぶつかったため、二回目も同じ所に打撃と共にグシャとまた耳には届かない音を聴き、くっと腰が引けた所に三度目の衝撃と、もう聴きたくはないグシャの音が頭を駆け巡り、僕は動けなくなった。


 一瞬で涙目になり、あまりの痛さと苦しさで、今にも気を失いそうな僕の目に移ったのは、御者台から前に投げ出された王子様で、その姿が見えなくなったと同時に僕は意識を手放した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ガタンガガガと夜営地に音が鳴り響き、見張りをしていた者達が立ち上がり、警戒しながら、寝ている仲間を起こしてこちらに来ようとしている。


「ひょえっ! ケ、ケントさん言ってた通り来ちゃいましたよ!」


「おう、だがあの穴にハマったみたいだな、来てから寝てもらおうと思ってたんだが、アンラ、夜営してるみんなが集まってくるからよ、眠りヒュプノスは無しだな」


(は~い、明日一日寝続けるくらい眠らせる予定だったのに)


 俺とプリムはアシア達が寝てすぐに覚醒して、気配を探る修行と夜目のやり方をアンラに教えてもらっていた。


 そんな時、相当離れたところに気配を感じ、夜営中かなと思ったんだが、そうではなくて街道をこちらに向かって近付いてくると分かった。


 それが一時間ほど前だ。

 夜に移動はおかしいと、気を利かせてアンラが偵察に行ってくれたんだが、こちらに向かっているのが王子様と従者、それにガズリー達が一緒に来てると聴き、それなら到着次第寝てもらうつもりだったんだが……。


 仕方がないのでプリムには火の番をしてもらい、俺は様子を見に来た者達と、音がしたところへ向かう。


 各々光の魔道具や生活魔法の光、松明を持っている者もいるが、肝心の穴にハマった馬車には灯りはなく、馬のいななきが聞こえるだけだった。


 そのままゾロゾロと数メートルにまで近付いた時、やっと一人地面にうつ伏せで倒れている人を見付けた。


 おいこりゃ王子様じゃねえか、穴にハマった拍子に投げ出されたんだな、残りの気配は馬車だな、固まってるしよ。


 倒れている王子様を囲うような形に集まると、一緒に来ていた一人の冒険者は、王子様の頭を鞘付きの剣でつつくが気絶しているようだ。


(きゃはは♪ 起きてたら『不敬罪だ!』とか言いそうだね~、でも、この残念王子を放っておいて、従者もだけど、あの馬鹿達は何してるのかな?)


 アンラの言う通りだ、投げ出されたとしても、すぐに駆け寄ってきても良いはずだよな。


 王子様をつつきまわすみんなをおいて、俺は先に進む。


「馬車があの辺りか、確か穴があったよな? それにハマったって事か、おっ、見えてきた、前のめりになってんぞ、馬は無事そうだけどよ」


 つついてないで、俺と一緒に囲いから抜け出した冒険者は生活魔法の光前に飛ばしてくれたから、言ったように小さな馬車が見えてきた。


 前輪の片方が穴にハマり、車軸が折れたのか、ハマっていない車輪も変な向きをしている。


 御者に乗っていたのは従者のようで、手綱を握ったまま、地面に仰向けで倒れ、気絶していた。


「ケ、ケントか! た、助けてくれ!ガズリーがけがしてんだよ!」


 ん? ジャレコか? 確かダムドはなまりがあったよな?


 従者の横を通りすぎ、興奮している馬を避けて、斜めになっている荷台に近付きくと、木箱に抱き付くよう気絶しているガズリーと、心配そうなジャレコとダムドがいた。


「助けんのはまあ助けるがよ、何しに来たんだお前ら?」


「え? そ、それは――」


 答えられねえだろうなと思っていると、一緒に来た冒険者が荷台に飛び乗り、ガズリーの様子を見始めた。


「こりゃひでえ、ズボンのあそこが血まみれだぞ、これ潰れてんじゃねえか? おいお前達、コイツの仲間だろ、一度馬車から降ろしてあっちの明るいところへ運ぶぞ、ほら動け」


 冒険者に言われて木箱からガズリーを剥がした時、夜目が働き見えたんだが、ズボンの前が濡れていた。


 頭側と足側に別れてガズリーを持ち上げた時『く、臭い、また洩らしただか』とダムドが足を離してしまったが、また持ち直して、低くなっている御者台から降りてきた。


(ねえねえ、あのガズリーってやつ、また漏らしてない?)


 お、おう、ここまで臭って来やがった。


 また洗礼の時みたいに両方漏らしたようだ、血も出てるみてえだが。


 指示した冒険者と俺は従者を同じように、頭と足に別れて持ち、沢山の焚き火で明るい場所に連れてゆき、地面に寝かせたんだが、元々気絶していなかったジャレコとダムド以外は起きそうもない。


「で、ジャレコだったか、ここには何しに来たんだ? 依頼か?」


「なんだ少年、コイツらと知り合いか?」


 たぶん俺を狙ってきたんだと思うが、一応ジャレコに聞いてみたんだが、従者を一緒に運んできた冒険者が聞いてきたんで、答えておく。


「おう、顔見知りだな、隣の村の奴らで洗礼側と一緒だった三人と、そっちの二人は王都でちょっとな。でジャレコ、何しに来てんだ?」


「け、ケント、お、お前が悪いんだ! 女をひとりじめにしやがって! ハズレスキルのクセに!」


 なんか泣きそうな怒り顔で、ジャレコは怒鳴り付けてきた。

 ダムドはそれを見てオロオロしてるだけだが、今はそうじゃねえだろ、ありがとうじゃねえのかよ、まったく。


「はあ? どういう事だ? よく分からないが、お前を狙ってたって事なのか?」


 冒険者は何か察したようで、困り顔でそう聞いてくるが、俺も困ってるんだよな。


「そうだな、色々と絡んできてな、いきなり蹴りを入れられたり、馬車を強奪されそうになったりしたからよ、捕まえた奴らだな」


 そんな時、ガズリーが気づいたようだ。


「う、うう、ど、どうなっている、い、痛い……」

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