39. 赤染先生と蔵書点検

 予想通り15時過ぎくらいに部活を終えた私は、図書室へ向かっていく。

 図書室の扉を開ける前に深呼吸。今日は櫻子と二人っきりじゃない。だから櫻子を「櫻子」と呼ばず「藤枝先生」と呼ばないといけない。……気を抜くとうっかり櫻子と呼びそう。しかも居るのは自分の担任かつ櫻子と同じ国語科教師の赤染先生。私にも櫻子にも近い人だから細心の注意をしなければ。

 すううううう。はあああああ。

 そういえば告白する日にもここで深呼吸したような。あの時は告白を櫻子が受け入れてくれるか不安でいっぱいだった。あの時に不安を超えて告白したから、今、櫻子と結ばれることが出来たんだ。

 本当に、私は幸せだなあ。

 3ヶ月前までは、私と櫻子はただの生徒と先生だったけれど、今は2人だけの秘密とはいえ恋人。

 今までの思い出と今の幸せを噛み締めながら、私は図書室の扉を開ける。

 図書室の中では櫻子……藤枝先生と赤染先生がバーコードリーダーでひたすら書架の資料のバーコードを読んでは書架に戻していた。

「……藤枝先生、赤染先生。来ましたー。」

「はあい。今行くわ。この段終わったら!」

「わかりやすいところについたらでいいですよ!」

 こういうのはどこまでやったかわからなくなるのが最大の敵だと思うので、私はゆっくり待つ。

 バーコードリーダーを書架に置き、メモ用紙をポケットから取り出してテープで書架に貼り付けると櫻子はこちらにやってきた。

「来てくれてありがとう。こちらは順調よ。9類と2類、8類は私と赤染先生で朝からやってほとんど終わらせたわ。利用が多くて乱れやすいところから潰していったの。貴女にはまず1類をお願いするわ。その次は6類をお願いね。終わった段にはこれで目印をつけておいて。こんな感じで。」

 櫻子に連れられて、さっきまで櫻子が点検していた書架の前まで行く。

 書架の2段目まで、(済)と書かれたメモ用紙がマスキングテープで貼られている。

「これ道具一式ね。じゃあ、よろしくね。」

「わかりました。」

 櫻子からバーコードリーダー、青いマスキングテープ、メモ用紙、ボールペンを受け取り、1類の書架へ向かう。

 1類は心理学や哲学、宗教の資料が並んでいる。いわゆる心理テストもここに入るようで、その類いの資料は多少触られたような形跡がある。具体的には出し入れされたのか若干資料の配列がずれている。宗教の資料の方がズレが激しいみたい。ずれているのは……キリスト教の天使や悪魔の解説本が多いみたい。……そういう趣味の生徒がいるんだろうな、たぶん。

 乱れた配列を戻してからバーコードを読み始める。ここでバーコードが読まれた資料と、現時点で貸出処理がされている資料が、図書室に在る、つまり紛失されていない資料ということになる。

 図書室の資料の一覧のデータ(目録というらしい)にあって、貸出処理がされておらず蔵書点検でバーコードが読まれなかった資料が、紛失したということになる。

 1類の書架の点検が終わった。櫻子……藤枝先生に報告して、6類の書架へ移動する。

 6類も点検を終わらせた私は再度櫻子に報告に向かう。6類はあまり人気がないのか殆どずれていなかった。

「ありがとう! 私が5類、赤染先生が7類の途中ね。一段落したら、3人で一旦休憩しましょう? これで3類、4類、0類が残るだけだわ。私、ここの蔵書点検は初めてだけれど、この蔵書の規模でこんな早いペースで進むのはすごいと思うの! 赤染先生のご尽力ももちろんだけれど、貴女が手伝ってくれてるのも大きいわ。3類と4類は少なめで、0類はちょっと多めかな。スマホやSNSの資料を増やしてほしいってご要望が情報の先生や生徒指導の先生から有って。そういうのは0類よ。休憩したら0類を私、4類を赤染先生、3類を貴女でやって今日中に終われそうね。貴女は待ってて。正確な位置に戻してくれるなら本読んでても構わないわ。」

「はい。わかりました。」

 と言っても。宿題もあるので私は机に座って宿題を始める。家だとまるっきりやる気の出ない数学の演習問題を進める。

 ウンウンうなりながら数ページ片付いたところで櫻子と赤染先生が作業を終わらせたようで、机の対面の椅子に腰かけていた。

「あらぁ。ご苦労様。清永さん、吹奏楽部も忙しいでしょうに、頑張るのねぇ。」

「ぶっちゃけ多いですよ宿題。1週間ちょいの量じゃないと思います。」

「一年分の復習、って思って出す先生も見えるのかしらねぇ。」

「国語科は必要最低限しか出さないように、というのが赤染先生と私の方針だけれど……。他の教科までは口出しできないわ。まあ、古文の通常の授業の予習も結構大変でしょうとは、思っているけれど。」

「書き写してから現代語訳って結構時間かかります。」

「写経って言う子もいるみたいだけど、機械でコピーするよりは覚えの助けになる……それは私も赤染先生も同じ見解ね。だからこれは、続けるつもりよ。」

「英語でも似たような予習なので重なるとしんどいです。」

「たぶん、英語科の先生たちも同じような考えでしょうね。スペルとか覚えてもらう意味で。マーク式の試験だとうろ覚えでもなんとかなる場合はあるけど、記述式だとそうはいかないもの。」

「ぐへー。やっとかないと授業ついてけないとはいえきっついなー。やるしかないか。」

「清永さん、吹奏楽も勉強も色々頑張るのは素晴らしいことです。国語科の成績もぐんと上がったし、3年生もこの勢いで進んでいきましょうね。藤枝先生のおかげかしら?」

 ウッ、流石担任! 鋭い!

「あー、はい。藤枝先生って、なんか相性いいみたいで。」

「1年生の時には私が清永さんの現代文担当してましたけど、その頃よりもやる気があるように見えますもの。」

「あー、いや、赤染先生の授業もいいんですけど……あはははははは。」

「まぁ、先生との相性で成績が変わってくるなんてよくあることです。私もいい授業を心がけていますが、好みというのはありましょう。藤枝先生の授業も素晴らしいと思いますが、清永さんの成長を促しているのは、単純な授業の上手い下手ではない、私にはそう見えますよ。」 

「あ、赤染先生!」

 櫻子が照れてる!? ほんのりピンク色に染まった頬は可愛いけれど、赤染先生に怪しまれそうだよ!

「ほほほほほほほほ。仲良きことは良きことかなぁ。2人とも、期待していますよ。」

 赤染先生が私たちを見ている。暖かい眼……ってやつなのかなあ。

「私は先生になってそこそこ経ちますが、まだまだ学ぶことはあると思っています。赤染先生、これからもご指導ご鞭撻をよろしくお願いします。」

「急にかしこまってどうしたのかしら藤枝先生。おほほほほほほほ! あなた達、なんだか似た者同士に見えてきて笑ってしまったわ。失礼失礼。」

「「似た者同士?」」

 櫻子と私がハモっていた。いやいやいや打ち合わせとかしてないって!!!

 それを聞いた赤染先生はさらに笑ってしまった。

「ふふふふふふふ。ああ、笑いました。ごめんなさいね。やはり似た者同士ねぇ、あなた達。2人とも真面目でひた向き。だから仲良しで相性がいいのかしら。」

「そ、そうですか……?」

「さく……藤枝先生と似てるんですか? 私。」

 櫻子は戸惑っているみたい。私はびっくりして櫻子と呼びそうになっちゃった! 大丈夫かな!?

「ほほほ。ええ。私は似ていると思いますよ。清永さん、藤枝先生。2人とも、たまには力を抜くことも必要ですよ。ずっと頑張ってばかりでは、折れてしまいますからね。」

「はーい。」

「心得ておきます。」

「ほほほ。藤枝先生、もう少し肩の力を抜きなさいな。生徒の前だから姿勢を正すべきって思ってるのでしょうけれど、少しくらい遊びがあったほうが貴女も楽だと思いますよ。清永さん、藤枝先生を、よろしく頼みますね。」

「はい……え、あ、はい。」

 赤染先生、藤枝先生に私をよろしくね、じゃなくて、私に藤枝先生をよろしくね、そう言ったよね。

「え、ええと。……こほん。休憩できましたか? そろそろ作業を再開してもいいですか?」

「ほほほ。私は問題ありませんよ。」

「私も大丈夫です。」

「では、赤染先生に4類、清永さんに3類をお願いします。0類は私がやります。終わり次第、今日の作業は終了です。それでは、よろしくお願いします。」

 櫻子の指示で作業を再開する。赤染先生が一番に作業を終わらせて、その次が私だった。

「赤染先生、助かりました。清永さんもありがとうね! 私は0類の作業が終わり次第、蔵書目録のデータと今回の蔵書点検のデータを照合して紛失資料のリストを作ります。想定していたよりもはるかに早く蔵書点検を進められました。赤染先生と清永さんのおかげです。本当に、ありがとうございました!」

 引き続き作業をする櫻子に見送られて、私は赤染先生と図書室を後にした。

 赤染先生は職員室に戻っていって、私は帰路についた。




 職員室にて。赤染桐恵は人知れず微笑んでいる。

(ほほほ。清永さんは藤枝先生と、藤枝先生は清永さんと一緒だと、本当に幸せそうですねぇ。私は見守っておりますよ。あなた達は、2人でいるときが一番いい笑顔ですもの。ほほほほほ……。)

 

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