1-3. 中間テストと惹かれあう葉櫻
13. 中間テスト対策は図書室で、そして思わぬ甘い罠? 1
夏の吹奏楽コンクールが終わり、文化祭も終わった。
部活が終わって帰宅した私は今後の見通しを考える。
11月に高等学校文化連盟、略して高文連、(高校生芸術・文化活動の振興を図ることを目的とする団体……と、公式ホームページには書いてある)の吹奏楽部門地区大会。これはすごく簡単に言えば、どれだけお客さんを楽しませられたか、に重点が置かれる大会だ。また振付あり演奏だからやるのはしんどいけど楽しい。
その次は12月にアンサンブルコンテストの地区大会。これは事前に部内選考がある。さて、アンサンブルコンテストは今年たぶん金管八重奏チームだろうなあ。うわ、責任重大だあ。金管八重奏、略して金八(有名な先生じゃないよ)、毎年各楽器(曲にもよるけど、トランペット2人、トロンボーン2人、ホルン2人、ユーフォニアム1人、チューバ1人がメジャーかな)のエースが集められてガチチームが作られるからプレッシャーも大きい。
ま、やるからにはまたベストを尽くすとも!
……その前にまず。中間テストである。中間テスト対策期間(で部活が休みになる)まであと一週間ほど。つい先日閉幕した文化祭の翌日、藤枝先生にわざわざ発破をかけられた、あの中間テストである。わざわざ一対一で言われたのだから何かしら結果を出さないと示しがつかない。
ちなみに、今までの私の国語科の成績は……現代文が調子いいときで80点前後であり悪いときで70点前後、古文が調子いいときで60点前後であり悪いときで50点前後。私にとって藤枝先生は"現代文"の担当だけど"古文"の成績が悪いのは、良い印象にはならないはずだ、間違いなく。
さらに他の成績も開示しておこう。
数学Ⅱ・B → どちらも調子が良くて50点前後。酷いときは30点以下。目も当てられないとはこのことである。
英語リーディング・ライティング → リーディング・ライティング共に、良いときは70点、悪いときは50点くらい。これを良いと取るか悪いと取るか…。
生物 → 前は57点だったから次はせめて70点は行かないとまずいよね……。
世界史B → 前は65点だったからせめて次は80点…。
政治経済 → 前60点だったからせめて次は70点…。
おわかりいただけただろうか。
私はそもそも成績が良くないのだ。国語、しかも現代文だけ良いように見えるのは全て藤枝先生にいい顔をしたいがため。
(藤枝先生の、藤の花みたいな綺麗な姿とフルートみたいな軽やかな声を堪能してるから頭に入りやすいのもあるけれど。間違いなく。……もうバレてるかなあ、私がそう思ってるの。)
しかし、私は葛藤している。このまま国語科に努力全振りしてさらに成績を偏らせるか、均等に苦手科目を勉強して全体的に底上げするか。現実はポ〇モンの努力値みたいに綺麗にパラメータ振れるわけではない!(わかんない人いたら申し訳ない! あと私はポケ〇ンは好きなキャラでシナリオクリアできればいいだけだからそこまでやりこんでない!)
……話を戻そう。そういえば葛藤するまでもなかった。私は一応、国公立大学志望なのだ。なので大学入試共通テストに向けて全教科均等に底上げする必要があるのだ、本来的には。今まで現実逃避してたけど。いつだったか千利にも言われたし。
というわけで私の葛藤はあっけなく幕を下ろした。いや、私の欲望としては現代文と古文だけに全集中したい、しかし理性はそれを許さない。はい、大人しく苦手科目を優先に勉強しますとも。
高文連の練習を一週間ほどして、アンサンブルコンテストのチーム分けを仮決めしたところで中間テスト対策期間に突入し、部活は休みになった。予想通り、私は金管八重奏チームになっていた。
1学期のテスト期間はまっすぐ家に帰っていたが、2学期からは状況が変わった。なんと、図書室でのテスト勉強が正式に認められたのだ! 元々学校側、というより昨年までの管理者の立場としては「図書室は本来は本を読むためのスペースであって、本を読むための場所を勉強のために長時間利用することは、読書のために訪れる学生の迷惑だ。」ということだったらしく、長い間そういうルールだったのを藤枝先生がおよそ半年かけて変更し、そして「今年の管理者は私なのだから、私が試験勉強して良いと言ったら良い。」と啖呵を切ったらしい。藤枝先生、見た目は可憐で華奢なのに、心というか言動は芯が通っていて肝が据わってるの、本当に好き。憧れます。……ごほん。
ということで、1学期は図書室に行ってもルール上勉強できないという理由でテスト期間中の図書室には行っていなかったのである。
それが、2学期からは藤枝先生の力によってルールが変わったから、大っぴらに図書室で勉強できるのである! しかも藤枝先生のそばで! これは! 図書室で勉強するしかない! きっとやる気も無限大のはず!
ということで、私は今図書室にいる。
カウンターにいる藤枝先生にいつものように近寄っていく。
「やっぱり、来てくれたのね。」
「はい! 1学期は勉強しようと思うと、帰るか開放されてる自習室行くかしかありませんでしたし…。」
「ここの図書室は広くはないし、元々の"図書室は読書のための施設であって自習室ではない"という考えにも一理はあるのだけれど。……でも、そもそも利用が元々なければ何の意味もないじゃない。だから、私は自習大歓迎と方針を変えたの。もう、あっちこっち根回しして大変だったんだから。……それに。」
それに、と言って藤枝先生は言いよどむ。
「それに……なんですか?」
「ここを開放すれば、テスト期間でも貴女が来て、一緒に過ごせると踏んだからよ。予想通り、貴女はここへ来たわ。……つまり、図書室を開放させたのは、半分は私情よ。貴女がここまで図書室に通わなかったら、現状生徒の来ない、この図書室を開放させようとはきっと思ってない。」
藤枝先生の頬はほんのりと桜のように淡く染まっていく。
「さらに矛盾すること、もはや図書室の管理者として失格なことを言うわ。図書室の利用者を増やすためにテスト期間も自習室として開放したけれど……このまま利用者は増えないで欲しい、とも思ってしまっているの。」
藤枝先生はふう、とため息をついてからすう、と息を吸って話し始める。
「……貴女と、2人で過ごせなくなるから。」
囁くように言い終えた藤枝先生は、ローズピンクの口紅とよく似た桜色を頬に湛えていた。
藤枝先生、貴女は、まさか。
私の顔が、燃えるように火照っていく。
「貴女と2人で過ごすことが、これほどまでに素敵なことになるなんて、ここに異動してきたときは少しも想像すらできなかったわ。」
「藤枝先生……。私も、こうして、貴女と過ごせるのが、大好きだから……ずっと、ここに通っていました……。」
私は嬉しくて、言葉を絞り出すのもやっとだった。目には涙が溢れていく。
藤枝先生がハンカチで涙を拭いてくれた。
先生、顔が近い! 近い!
先生のハンカチからは甘い香りがする。
この香り、知っている気がする。
先生の手が私の顔に振れ、私の心は激しくどきどきしていく。
藤枝先生は言いたいことを言いきったのか、頬に桜色をたたえて微笑んでいる。
「ふふふ……。その様子では、テスト勉強どころではなさそうね?」
「……先生、このタイミングで現実に引き戻すのはあんまりです。」
「うふふ。ごめんなさいね。私は教師だから、貴女にはあくまでも勉強を促さないと、ね。」
最後の"ね"が不思議に可愛らしい。ずるいです。こんなに……夢中にさせておいて。
「先生、ずるいです。私は……もっと貴女と過ごしたい……。」
藤枝先生は私の言葉を聞いて、頬に桜を湛えたままうつむき、暗い顔をする。
「……私だって、辛いのよ。あくまでも、私は、貴女に対して、教師として振舞う義務があるから。……さあ、自習しなさい。私は、司書室で仕事をしていますから。」
藤枝先生に促され、私は一人で自習を始めた。
司書室に向かう藤枝先生の背中は、悲しげに影を抱いていた。
<後書き>-------
(2022/11/04 追記)
図書室を試験勉強で使うことは読書に来ている利用者にとって迷惑(だから規制すべき)なのでは、という議論は古くからあり、その対応は図書館によってまちまちのようです。
琴葉への感情と教師としての義務に挟まれ、理性では義務を優先するけれど琴葉への感情を抑えきれず零れ始めている櫻子の心。
彼女の葛藤を描けていることを願います。
2人のひと時のいちゃいちゃ、金平糖が溶けるように一瞬ですが、甘く溶けるような瞬間を出せていますように。
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