第105話 その頃の日本の主要人物の思惑や島津への好悪
さて、この時点で島津への好意度が一番高いのは実は今上帝であった。
島津内府の献金により朝廷の財政は改善されつつあり、食事もだいぶマシなものになってきたし、宴を開くことも出来るようになってきた。
宮廷祭祀の復活により帝の権威も復活した。
下級官司が金欲しさに強盗や賭場の主催などを行っていた事もあった京の都も、地方の都市などで彼等に働き口が与えられることで京の治安もだいぶ改善してきたからだ。
今上帝にとって島津義久は忠臣の鑑であった。
そして先帝よりも彼は銭の価値というものも認めていた。
「父上の望みを色々叶えてくれた島津内府の朝廷への忠誠は揺るぎないものであろう。
できうる限り早く上洛してほしいものだ。
そして父上の葬儀と朕の即位も早く行ってほしいものだな」
島津への態度:好意的 朝廷にとって最も大事な臣下である、そして切実に銭が欲しい
一方、島津への敵意が現在最も高いものは足利義秋である。
彼と政治的に敵対している阿波公方に島津がついてしまっては、自分の将軍宣下の可能性は限りなく低くなってしまった。
「近衛の家令であれば予に従うのが筋であろう。
なぜ阿波公方などを島津は支持するのだ!」
その理由が阿波公方は早死にするが、義昭がずっと長生きするからであるなどということは当然彼にはわからぬことである。
「帝や公家の差し金でございましょうか?」
「前久が島津にそうせよと言ったということか?」
「そうかも知れませぬ」
「なぜだ!
予も近衛の養子ではないか!」
彼は自分へ友好的と思われる東国勢力へ手紙を書きまくって、島津が足利義栄を奉じて入京することを阻止しようとしていた。
そういったことをするからこそ島津は彼を敬遠しているのだということもわからずに。
島津への態度:敵対的 自分を支えるべき幕臣であるのになぜ自分に逆らうのか理解できない
史実でも三好三人衆に担がれた義栄を近衛前久は支持しており、阿波の三好家の勢力のほうが大きいと考えていたようだが、それが義昭の上洛により後に京を追われる理由になるのだが、それはまた別として五摂家などの上級公家達にも思惑が有った。
「もはや細川にも三好にも朝廷を支える財政基盤も献金する気もないのであれば、三好を分断し島津に上洛してもらい、新たな実質的な公儀として働いてもらったほうが良かろう」
「しかりしかり、室町殿も細川も三好も改元や官位に関して口は出しても銭は出さぬしな」
「まったくまったく、島津には早く山城や畿内を平穏にしてもらい、我らが安心して政務に携われるようにしてほしいものですな」
島津への態度:わりと好意的 自分たちの生活基盤と京の治安をさっさと安定させてほしいし、上洛したら島津にタカる気で満々。
そのころの堺の納屋衆であるが……。
島津の上洛戦に備えて食料刀剣具足鉄砲弾薬を仕入れてはあちこちに売ることで忙しかった。
「さあ、戦になればまた米や武具が高く売れまっせ」
「かと言ってこの堺を巻き込むのは堪忍ですがな」
「まったくですな」
と食料や刀剣具足をあちこちの陣営に売り込んで、銭を手にすることでほくほく顔である。
堺は鍛冶師の集まる場所でもあったし、今井宗久などはもともと鹿皮などの具足に用いる皮製品の販売を行ない、それによって多大な財をなしたのだった。
堺の納屋衆は刀剣や武具、鉄砲弾薬や食料などを各地の大名に売りつけて財を成した戦争商人でもあり、金貸しでもあり、堺銭と呼ばれる粗悪な私鋳銭を作ってボロ儲けをしていた者たちでも有った。
もっとも島津の割符の引き出しに、粗悪な銭を混ぜたら首が飛んで堺が焼かれることまでは各々細かくは考えていなかったようだが。
京の足利義秋にも茶湯をもって近侍し近江公方方阿波公方方のどちらの勢力にも請われれば必要なものを高値で売りつける性根はたくましいと言うべきか汚いと言うべきか。
島津への態度:わりと好意的 堺の街を巻き込まない範囲で争いが続けば刀剣武具食料鉄砲弾薬も売れてうはうは。
摂津を島津に制圧された石山本願寺は石山を退去せよと言われるのかと言われることを覚悟していたが、島津は本願寺に対しては何も言ってこなかった。
石山本願寺を引き継いだばかりの実悟には島津と正面から争うような権力は残されていない。
「三好にも畠山にも加担せずに中立を守っておいてよかったというべきか。
こちらも組織の再編や改革にはまだまだ時間が掛かるしな」
島津への態度:中立 ただし島津の逆鱗に触れないようにしつつ組織の改革や再興性は進行中。
一方、細川晴元が長男を失ったことによりふさぎ込んで隠居を申し出たことにより、近江公方方の室町の幕臣大名の連合の盟主として島津と正面から戦わせられるであろう六角義賢は悩んでいた。
一度山城を制圧したは良いが朝廷や幕府の要求に応えていては、六角の財政はまちがいなく破綻してしまうことはすでにわかってしまったからだ。
そして出兵になんの得もなく、せっかく三好を京から追い出してもなんの恩賞も得られなかったことから既に浅井や高島七頭の一部などは従軍を拒否していたし重臣からの批判も出ていた。
今になって三好長慶が幕府の財政や京の治安維持にどれだけ銭や神経を使っていたか思い知った六角義賢は悩んでいたのだ。
「近江公方をこのまま支えていても、六角に得になることは何もないのではなかろうか……三好長慶はよく我慢していたものだ……」
島津への態度:悩み中 できれば島津と戦いたくはないし島津と結んだほうが良いのではないか
その頃、松永久秀は淡々と戦の準備をしていた、彼にとっては三好宗家と近江公方に従うことは三好長慶への忠誠の証であり、阿波の三好家や島津が攻めてくるのであれば、三好宗家と近江公方を守るために戦うのが自分の使命であると割り切っていたのだ。
「島津が近江公方を奉じて上洛しなかったのは誤算であったな。
だが、三好宗家や近江公方の敵となるならば戦うのみ」
島津への態度:敵対的 三好宗家や近江公方を守り殉ずるのが己の使命である
畠山高政の場合、六角より事態は深刻であった。
大和の畠山総州家を島津の次弟義弘が乗っ取っている上に、大和や南紀はすでに彼の制圧下であるからだ。
しかも阿波の三好家は未だに畠山高政を許しているわけではないし、堺の街を手に入れたのは良いが商人は彼に従おうとしない、堺商人を敵に回して刀剣具足などが手に入らなくなっても困るし堺の武力はあなどれないものでも有った。
南北から挟み撃ちにされる可能性が高い状態では山城へ上洛すべきであろうが、そうすれば結局敵島津の主力と戦わざるを得なそうである。
「畠山の名を島津の弟が名乗っている以上我々はその名を奪われるかもしれん。
かといって正面から戦っても勝ち目はないがどうしたものか……」
島津への態度:敵対的 阿波の三好と畠山義弘を何とか倒さねば自分に未来はない
この頃越前の朝倉義景は義秋の催促にも関わらず動こうとする様子がなかった。
彼が六角の養子であって家臣の統制が取れていなかったからとも、優柔不断な性格だからとも、朝倉宗滴が将軍のために動いても結局何もえるものがないと判断したとも言われるが真実は謎である。
「家臣たちは言うことを聞かぬしいったいどうしたものかな……」
島津への態度:中立 自分に被害が及ばなければどうでもいい
一方北近江の守護京極氏を追放した浅井家であるが、浅井久政の六角に対しての弱腰な態度を息子猿夜叉丸は不満に思っていた。
そして状況の急変も有って彼は史実より早く12歳で元服し六角義賢は長政に六角氏当主である六角義賢の一字をとって賢政と名乗らせ、六角氏の家臣である平井定武の娘との婚姻を強いた。
しかし彼は六角氏から離反する意思を明確にするため平井定武の娘を六角氏のもとへ返し、「賢政」の名も新九郎に戻し、父である久政を竹生島に追放して隠居を強要して六角からの独立を図った。
「もはや六角に従う必要はない!」
島津への態度:中立 だが六角との戦いを支援してほしい
美濃の一色義龍は長島一向一揆との争いや別伝の乱によるストレスでとうとう倒れ命を落とした。
それにより別伝は逐電して事態は有耶無耶になるが、当然それによって美濃の宗教の問題がスッキリ解決したわけではない。
一色龍興(いっしきたつおき)が元服して家督を継いだが、宗教問題で荒れている美濃を10歳の龍興がまともに統治することが出来るわけもなく、美濃一色の家中は揺れるのである。
「こんな状態で家督を継いでも私は一体どうすれば……」
島津への態度:中立 一体どうすれば美濃は治まる?
だが東国にて室町幕府からの離反を表明している今川にとっては今のところは畿内の争いはどうでも良いことであった。
「早く甲斐を安定させて武蔵から鎌倉を落としたいものよのう。
関東さえ押さえてしまえば奥羽の連中も我が意向に従うであろうしな」
島津への態度:無関心 後北条との対立と関東の制圧が優先
そして今川から狙われている後北条家も島津のことは頭になかった、差し迫った脅威としては長尾・今川・里見・佐竹などのほうが重要であったからだ。
「今川と長尾を同時に敵にするのはどうにか避けたいものだがな……。
島津が今川討伐に動いてくれればよかったものを」
島津への態度:無関心 今川や長尾・里見・佐竹との対立でそれどころではない
そして越後の長尾景虎であるが、現状では越後の安定や下野の奪還が優先であった。
「あれもこれもと言われても、同時に行うことは無理である。
ならばまずは関東の北条を討つべしであろう」
「全くでございますな」
島津への態度:同情的 後北条との対立でこちらもそれどころではないが公方に振り回されて大変なのはお互い様
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