第98話 諏訪勝頼の望みは武田ではなく諏訪の再興か
さて、堺の納屋衆との話もついて、概ね割符取引については問題はなくなったと思う。
そもそも堺の商人は永楽通宝を基準となるそのままの品質で作れる程度の鋳造の技術はあるのにもかかわらず、室町幕府の撰銭令において堺銭が度々排除されてるのを見ればわかるように、堺の商人は幕府からの鋳造許可をもらっていることをいいことに粗悪な私鋳銭を造り続けてきた。
もちろんそれは自分たちの儲けのためであって、鐚銭が貨幣経済に大きな悪影響があることを知った上で、信長の撰銭令ではうちひらめでも使えるようにさせたのだろう。
だからこそ俺は割符を扱う代わりに鋳造する銭の品質の基準を島津の加治木銭と同等であることを明確にさせたのだ。
無論その約束を守らなければ堺との割符の扱いをやめて鉄や銅の堺への搬入もなくなるわけだから、ある程度は堺商人が質の悪すぎる私鋳銭をばらまくことを掣肘できるのではないかと思うんだ。
ま、堺の豪商ががその程度で簡単に諦めるかどうかはわからんけど、少なくとも島津の割符で使う分の銭に関しては品質が釣り合ってなければ、島津からどう言われ、結果としてどうされるかはわかってると思いたいものだ。
室町幕府が銭の私鋳を許可したのは堺・博多と鎌倉だが、鎌倉やその後に移転した古河の私鋳された永楽通宝は鐚銭ではなく、基準を満たした永楽通宝に近いものだった事もあって関東では貫高制はちゃんと残るんだけどな。
鎌倉公方や古河公方は政権を担当してるから、銭は利益のために鋳造するものではないことをわかっていたわけだ。
そして、そんなことをしていた時にやって来たのは、諏訪勝頼の側近八将と呼ばれるものの一人である跡部昌忠。
「私は跡部昌忠と申します。
どうかわが主君諏訪勝頼様とお会いになっていただけないでしょうか」
「ふむ、諏訪勝頼とな。
俺は別に構わんぞ」
「は、誠にありがたき次第」
さて彼は一体何を俺に言ってくるのかな。
日時を決めて彼と会うことにしたが、跡部昌忠の父親は跡部勝忠で武田晴信の財務を預かる勘定奉行筆頭として活躍していた。
また勝頼の傅役は跡部勝資だが彼は武田の譜代家老の中でも最も高い動員力を持つものの一人ではあるが、小笠原庶流ということも有って他の武田の国人とは対立することも有ったようだ。
本来であれば武田晴信のあとを継ぐのは三条の方の子供で有る武田義信しかありえなかったのだが、今川との同盟を破って今川を攻めたい晴信と妻が今川義元と正室定恵院の娘である、武田義信では意見が対立して武田義信は廃嫡されてしまうわけだ。
そしてその他の三条の方の子供は盲目だったり早逝したせいで、勝頼が武田の当主を継承するわけだが、もともとは武田の通字である”信”を与えられず、諏訪の通字である”頼”を与えられた勝頼が武田を継ぐ事はありえず、諏訪の乗っ取りに必要な駒でしかなかったわけで、勝頼の側近が武田の権力の中枢を握ったのは武田義信の側近として将来を約束されていた連中から見れば当然面白くない。
それが勝頼が武田家中をまとめられなかった理由のひとつでもあるわけだが、それを考えれば勝頼はむしろよくやった方であったともいえる。
まあ後北条に頼るなら上杉の後継者争いに変に介入するべきではなかっただろうけどな。
そして後日彼は供回りを連れて俺が泊まっている納屋の屋敷へやってきた。
「島津内府様にはお初にお目にかかります。
諏訪四郎勝頼と申します。
この度はお目通りを叶えていただき誠にありがたく思います」
「うむ、遠路はるばる大変であったろう。
それはそうとして諏訪の若君が俺に求めるものは何かな?
武田の子として今川を倒し甲斐の武田を再興させることかな?」
しかし彼はそれに対しては首を横に振った。
「いえ、私を武田の子供と認める武田の国人はごく少数しかおりません。
ですが私を相模に落ち延びさせるために命を落とした、跡部勝資や長坂光堅に報いるためにどうか私達を甲斐攻めに参加させて
いただきその武功により諏訪家の再興をお願いしたく」
「武田ではなく諏訪の再興か、ふむ……」
彼が武田の旗頭になってくれるなら甲斐の統治に使えるかと思ったんだがな。
とは言え諏訪大社の神官の
それに一条兼定を大友・大内対策に使ったように、甲斐・諏訪の統治には彼を担ぎ上げるのが一番都合が良いかもしれん。
「うむ、わかった、その望みはかなえられるとは断言せぬが我が下で働くことは認めよう。
今後俺達と行動をともにすることをゆるそう」
「は、ありがとうございます」
しかしながら彼が集められる兵はたかが知れているだろうし、武田信廉や一条信龍等の武田晴信の兄弟などが生きていれば、これはこれで面倒なことになるかもしれないけどな……。
信虎の子供と呼ばれる武田信顕が大和もしくは阿波にいるのは間違いないが、彼は三好長慶に仕えているし、甲斐武田にはあまり関心はないようだけど。
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