第39話 さてやることもやったし薩摩へ帰ろうか尾張の海の上での日吉との会話

 さて、日吉とその家族に加えて母親の姉妹の福島や加藤と言った職人一家を引き連れて俺は薩摩へ帰ることにした。


 多分今の時期の津島には滝川一益がいるはずだが、まず本当に津島にいるかもわからん上に滝川一益がどんな顔をしてるのかもわからんし、それを引き入れるために織田弾正忠家の本拠地とも言える津島に足を踏み入れて人探しをするのも現実的ではない、俺は信長のかたきだからおそらく危険のほうが多いしな。


 それに滝川一益が甲賀の忍びとして伊勢の情報を持っていても薩摩では忍びとして役に立つかどうかわからんし。


「じゃ、とっとと薩摩に帰るとしようか」


「へい、帰りやしょう」


 日吉の家には大した家財道具はなく、木製の盆を作るためのろくろや竹の籠などを作るための削り刀などの木工のための工作道具や炊事用具などを除けばたいして持ち出すものもなかった。


 歩いて熱田まで戻りジャンク船へ食べ物や飲料水を補給すれば出立の準備は完了だな。


「よし皆乗ったな海に出るぞ」


「了解でさぁ」


 船は熱田の港を離れて海に漕ぎ出し帆が風をはらんで海の上を西に進んでいく。


 俺はジャンク船をあちこち珍しそうに眺めている日吉に言う。


「ん?なんだ、この船が珍しいか?」


 日吉は頷く。


「あ、はい、こんな船は尾張では見たことないですし」


 俺はハハと笑いながら言う。


「本来は唐人たちが使っておる外海用の船だからな。

 しかし、お前さん達も良く家族皆で来ることに賛成したものだ」


 日吉は苦笑しながら言う。


「それについては俺の家の家族はずっとあそこに住んでる連中からはよそ者に過ぎん怪しい一家の過ぎないからです。

 先祖代々の土地を持ってるものでしたら、簡単に土地を手放したりはできないと思います」


 なるほど、もともとこの時代の商人職人は必ずしも一定の場所に住み着いているわけではなくあちこちを歩いて回ったりするものだしな。


 店を構えて客を待つよりも行商のようなスタイルのほうが多いから移動すること事態にはあまり抵抗がないのかもしれん。


「ふむなるほど、職人なら村には必要だとはいえずっと先祖代々田畑を耕してる人間から見れば素性のわからん怪しいやつでしかないってことか」


 日吉は頷く。


「そうです、それに織田の殿様が死んだ以上これからは尾張は戦があちこちで起こることになると思うんです。

 そうすれば村が戦に巻き込まれる可能性も高いと思います。

 俺も父ちゃんみたいに戦場でならず者をまとめて雇わせたり、武器や食い物を売りつけられるような元手とか、つてがあればなんとかなるかもしれないですが

 今の俺には何もねえですし」


 俺は日吉の言葉に頷いた。


「ふむなるほどな、それで戦場稼ぎなんぞやっておったのか」


「そうです、戦に勝ったあんたなら金もあるだろうし、あの甲冑を買ってくれると思ったんだ」


 日吉は時々言葉遣いが変わるんだが癖みたいなものだろうか?


「うむ、なかなかその見立ては悪くないぞ。

 おそらくあの甲冑はかなり身分の高いものが身に着けていたもののはずだからな」


 中々村の日吉、後の太閤豊臣秀吉になるはずだった男だけ有って頭の回転は相当はやいし、相手の対応によって態度を変えることも出来るのはおそらく天性の才能とセンスなのだろう。


 彼の父は雑兵の頭と戦場での人や武具、食べ物の売り買いなどを行っていたなかなかやり手の商人であったようだがそういった計算高さを引き継いでいるのだろうな。


 彼が僧侶としていっとき育てられたのなら漢字の読み書きなども、もっと得意なはずだが彼は当て字や仮名文字を多用していたらしいから読み書きについてはろくに習えなかったんだろう。


「ふむ、では日吉お前は何になりたいのだ?

 言っておくが島津の中で単純に槍働きで出世するのはかなり難しいぞ」


 日吉が顔を曇らせた。


「それは俺が尾張の雑兵の息子だからか?」


 俺は首を振る。


「いや違う、島津武者や兵児は皆が狩人であるからだ」


 日吉は首を傾げた。


「つまりみな戦が終われば馬ばかりたべてるってことか?」


 俺はそれに対しては苦笑い。


「うむ、まあそれも間違ってはおらんが、島津にとっては敵は皆で連携して追い込んで仕留めるものなのだ。

 つまり島津にとっては鹿や猪を仕留めるのも、人間の敵を仕留めるのも同じなのだ」


 これは生き物の命を奪うということに対して躊躇がないということでもあるし手柄を争うために同じ主君のもとで働く家来であっても連携をとって戦うということが出来る大名など他にはいないということでもある。


 本来巻狩は鎌倉武士にとっては戦のための鍛錬であったが今では行っているものもいないだろう。


 だから釣り野伏が有効であるというのであれば誰もがやろうと思うだろうが、普段からの連携なしに獲物をおびき出す役目と叩く役目をわけてそれぞれの役目を果たすということは出来ないのだな。


 基本的におびき出す役目のほうが損な役回りなのだから誰もそれをやりたがらないのが当たり前なのだ。


 だが狩猟民族である島津の兵児や高山の首狩り族は得た獲物は皆で分配するのが普通だから誰も損をするとか考えぬのだ、それが薩摩の強みではあるのだが……。


「それゆえにうちの弟たちは野戦をすればまず負けぬのだが、戦の準備の仕方をわかっているとも言えんのだ」


 狭い薩摩大隅の中だけで戦をしている段階では食料の調達にそう悩むことはない。


 だが、これからは外交や兵站も大事になってくる。


 鉄砲を活用するためには弾丸と火薬も必要だ。


 戦場で勝つためには予め戦に勝つための準備が必要なのである。


 必要な場所に必要なだけの兵とそれに伴い必要な食糧や武器弾薬を集めて必要とされる場所に移動させる必要が出てくる。


 普段から山野を駆けシラスの低地から台地までの崖を上ったりしているから行軍や兵站の速度などそのものについてはあまり心配していないが、遠路での食糧をどうやって調達するかまで島津の中で俺をのぞいてちゃんと考えられるものは少数だろう。


 もっともこれは他の大名でも同じではあるわけだが。


「じゃああなたが俺にやらせたいことっていうのは俺の父ちゃんと同じように、戦場に必要な兵士や食料などをきちんと準備して戦場で売ることですか?」


「いや、俺の弟たちにそういったものを戦場で売るんじゃなくて、戦場に運ぶ手はずを整え手渡するだけでいい」


「なるほど、戦場で利益を挙げなくてもいいならその分楽になりますね」


「って言うかその役目をやってもらうならお前さんは戦場に出なくてもいいんだがな。

 やるのはお前さんの部下になるはずだ。

 とは言え最初からは無理だから最初は城の中の雑用係である小者からはじめてもらうことになるがな」


 ちなみに俺は高山国から帰ってきた時に首狩り族を連れ帰ってきて家来にしてるので日本人の家来を連れ帰って来たくらいではもう驚かれないとは思う。


「後はお前さんの元服もしてやらんとな」


 日吉は驚いたように言った。


「元服式をやってもらえるのですか?」


 俺は頷く。


「元服もしないで出仕はできんからな。

 名前は中村太郎伊右衛門なかむらたろういえもんでどうだ」


 日吉は目をキラキラさせて言った。


「うわ、なんか正式に侍になったみたいです」


「うむ気に入ってくれたならそれに越したことはない」


 ちなみに伊右衛門がイエロモンキーから来てることは内緒だ。


 しかし、五島の水軍や村上の水軍に対抗するためにも薩摩の水軍の強化も早急に必要であるし志摩や伊勢、紀伊などの水軍から現状では弱小だが将来有望な連中を引き抜いて島津の家臣にする必要もあるかもしれぬ。


 四国西部を鎮圧するにあたって九州四国の間の制海権を握る必要があるし、後北条は里見の水軍に対抗するために熊野水軍から家臣となる人間を迎えて対抗したらしいからな。


 ついでに根来寺の僧兵であり金があるから武装できる根来衆と違い、土地が貧しいために傭兵をしておる雑賀衆を雇えれば良いな。

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