桜さんの家。伊織さん。桜さんと、うたちゃんと、マツリさま。みんなでお茶と和菓子を。空斗君と、栗本さんと、空斗君の弟さんと妹さん(双子)の前世。伊織さんの部屋。
第四十四話 マツリさまのことと、うたちゃんのこと。門扉の前にたたずむ、着物姿の伊織さん。
歩いている人は、あたしたちしかいない。
髪をショートにしてもらったせいか、身体が軽い。走れそうだ。
頭の上にいるひまわりがびっくりするし、
なんて思っていたら、空斗君に名前を呼ばれた。
「
「なに?」
あたしは歩きながら、ちらりと彼に視線を向ける。
「あのね、
「……そうなんだ。行ってもいいのかな?」
「琴乃ちゃんが行けば、出てくるかもよ」
「そうかな?」
「うん。それよりも、知っておいた方がいいと思うんだ。うたちゃんのこと」
「うたちゃんの? マツリさまじゃなくて?」
「マツリさまのことも話すけど……。彼女は子ども見えても長生きだからね。心配なのは、うたちゃんの方なんだ。あの子はおとなしい子でね、人見知りだから、思ったことを相手に言えないことが多いんだ。でも、なにも言わないからって、心がないわけじゃなくて。繊細だからこそ、いろいろ考えてしまって、言えないだけなんだ。僕と、僕の弟と妹は、言葉にしなくてもわかったりするけど、ふつうはわからないからね。それで、学校や近所の子たちには、特別な家の子だからふつうの家の子とはしゃべりたくないんだとか、周りを見下してるとか誤解されてて、学校で孤立してるんだ」
「……空斗君の弟さんと妹さんとは、小学校が違うの?」
「うん、違うよ」
空斗君はコクリとうなずき、話を続ける。
「うたちゃんはね、
「……うん」
自分にも、人間になったリッカは、猫耳と尻尾がついた美少女メイドに見えたし、あの姿のリッカが目の前にいても、ふつうの猫にしか見えないなんて、ふしぎだなと思う。
「うたちゃんはね、座敷神のマツリさまの姿も見えないし、声も聞こえないんだ。だけど、なんとなく気配がわかるんだって。あと、マツリさまが書いた文字が読めるんだ。うたちゃんとマツリさまはね、手紙で交流したり、対戦ゲームをして、遊んでるんだ。僕もマツリさまと遊んだことあるけどね」
「あるの?」
「うん。小さいころから、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に行ってたからね。桜さんと桜さんの旦那さんと、友達みたいで。弟と妹も、一緒に行ったことがあるよ。それで、二人がうたちゃんと仲良くなったんだ。長い休みに伊織がいたから、伊織とも話したり、遊んだりするようになったんだよ。伊織に初めて会ったのは、小一の夏に、桃葉ちゃんと『さくらな
「……そっか。桃葉ちゃんは、桜さんの家に行ったことあるの?」
ふと気になり、あたしは桃葉ちゃんに目を向ける。
彼女はぶすっとした表情で、「家の前までは行ったけど、敷地には入ってない」と言った。
「なんで?」
「敷地に入ったとたん、マツリさまが飛んできそうだから」
「嫌なの? こわい?」
たずねると、桃葉ちゃんは足をとめて、うつむいた。なので、あたしも立ちどまる。
「だって……わたしが
桃葉ちゃんがつらそうで、胸の辺りが苦しくなった。
空斗君が、なにを考えているのかわからない顔で、桃葉ちゃんの頭をやさしくなでる。
そして彼は、マツリさまとうたちゃんの話をした。
マツリさまは、スマホやパソコンも使えるらしいのだけど、自分の手で書く手紙や、お絵描きが好きなのだという。
マツリさまの姿はもちろん、彼女が書いた文字も、描いた絵も、あやかしが見える人しか見ることができないみたいなんだけど、うたちゃんは文字も絵も見ることができるんだって。
♢♢♢
「もうすぐだよ」
って空斗君が言うので、ソワソワしながら歩いていたら、立派な
桃葉ちゃんが、「ゲッ」と声に出すのが聞こえてふり向くと、彼女がパッと視線をそらす。
スルーして、あたしは伊織さんに向かって
すると、彼が会釈を返してくれたので、心がふわっと、しあわせな気持ちになった。
好きだ。
今日は、ネックレスはしてないように見えるけど、黒い石のブレスレットはしているなぁ。
花火大会の時もネックレスしてなかったよね。なんか意味があるのかな?
なんて思っていたら、桃葉ちゃんの声がした。
「琴乃ちゃんがニコニコしてるー。アイツじゃなくて、わたしを見て笑ってほしいのにー」
なんか言ってるなー。甘えん坊さんだなー。
あたしは桃葉ちゃんに目を向けて、話し出す。
「桃葉ちゃん、あのね、あたしは笑いたい時に笑いたいな。自由に感情を感じたり、表現したいの。大人だから、がまんをした方がいい時もあるだろうけど、今は自由に感じてもいいと思うんだ」
「……そうだね。ごめん」
「あたしは桜さんの家に行って、マツリさまに会いたいなって思うけど、桃葉ちゃんはどうする? 家の前で待つ?」
あたしがたずねると、桃葉ちゃんは首を横にふる。
「――行く」
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