第十話 かき氷と、おだんごのこと。和風の雑貨屋さんと、お香とマスクと、ハムスター。そして、ハンカチ。

 改札を四人で通り、姫宮ひめみやさんと、姫宮さんの彼氏が、楽しそうに手をつないで、かき氷の話をしているのを見ながら歩く。

 あたしのとなりには、栗本くりもとさんがいるんだけど、彼女はしゃべらない。


「――ねえ、琴乃ことのちゃんは、どんなかき氷が好き?」


 姫宮さんの彼氏が、突然立ちどまり、こっちを向いて話しかけてきたので、ドキッとする。

 彼と手をつないでいる姫宮さんも足をとめて、あたしを見た。


 あたしは緊張しながら、口を開く。


「えっと……。あの、かき氷、食べたことがなくて……」


 ふつうは、食べたことがあるのだろう。

 食べたことがない自分が、恥ずかしいなと思うし、せっかく話しかけてくれたのにと、申しわけない気持ちになる。


「ないの? かき氷、食べたこと?」


 姫宮さんの彼氏が、目を大きく見開いた。


「……はい。花火大会とか、お祭りというものがあって、そこで、かき氷を売られているのは知っているんです。あと、かき氷を売っているお店があるということも。学校の子たちが、話してたり、こっちにきてから、テレビで見たりして、知っているんです。でも、食べたことはなくて……」


 ドキドキしながらそう言うと、姫宮さんの彼氏が、ふにゃりと笑う。


「そうなんだぁ。お兄さん、バイトしてて、お金持ちだから、好きなの買ってあげるよぉ。うちの店のかき氷はね、とっても甘くて、ふわふわなんだよ」


「ふわふわ?」


「うん。ふわふわなんだよー。でね、おだんごもいろいろあって、おいしいんだー。琴乃ちゃんはおだんご、食べたことある?」


「はい。おだんごは、学校の給食で、食べたことがありますし、こっちでも、スーパーとコンビニで買って、食べてみました」


 そういえば、こっちにきて、暑くなってから、コンビニとスーパーのアイスを買って、食べたんだった。

 いろんな味のアイスを食べてみた結果、いちご味と、ミルク味が、好きみたいだと知った。


 星月ほしづき駅の北口から出てすぐのところに、保存料、着色料、香料、卵を使わない、手作りジェラートのお店があるのだけど、一人で入る勇気がないので、行ったことはない。


「スーパーと、コンビニのおだんごは、どうだった?」


 姫宮さんの彼氏に聞かれたあたしは、ハッとする。

 答えなきゃ!


「おいしかったですっ!」


「そうなんだー。よかった。うちの店のおだんごも、気に入ってくれるといいなー。桃葉ももはちゃんも、うちの店のおだんご、大好きだよねー」


 ニッコリ笑顔で、姫宮さんの彼氏が言うと、姫宮さんはうなずいた。


「うん。伊織いおり君は嫌いだけど、さくらさんと、『さくらなあん』の店長の、世哉せいやさんは好き。世哉さんの奥さんと、娘のうたちゃんも好き。それと、空斗そらと君は七月生まれだから、お兄さんにはなれないよ」


「えー?」


 ショックを受けたような顔の姫宮さんの彼氏は、「残念」とつぶやいて、歩き始めた。

 自然と、姫宮さんや、あたしと栗本さんも、歩き出す。


 歩きながら、姫宮さんが、姫宮さんの彼氏の誕生日を教えてくれた。

 七月七日なのだそうだ。


「七夕なんだね」

 って、あたしが言うと、姫宮さんはニコッと笑い、うなずいた。


「うん、そうだよ。すごいでしょう? ひな祭りの日の朝に生まれたわたしと、七夕の日の夜に生まれた空斗君が出会ったのは、きっと運命だったんだ」


♢♢♢


 駅の構内をみんなと歩いていた時だった。

 ふと、カラフルなお店が、目に飛び込んできた。

 和柄だ。


 立ちどまったあと、ふらふらと吸い寄せられるように、お店に近づく。

 たくさんの和柄の扇子が、並んでいるお店だ。


 和柄のハンカチや手ぬぐい、タオルや、風呂敷なんかもある。足袋も。

 奥には、アクセサリーや、文房具、ちりめん生地のがま口財布や、バッグなんかもあるようだ。

 あっ、お香や、和食器もある。


 紫色は、できるだけスルーして、いろんな物をながめていたら、「琴乃ちゃん、こういうのが好きなんだね。買ってあげようか?」と、姫宮さんの彼氏の声がした。


 ふり返れば、みんないる。


「――あっ!」


 忘れてたっ!

 おどろくあたしの顔を見て、姫宮さんが、クスクス笑う。


「忘れてたでしょう? いいけど。気になるなら、見る?」

「いいの? 姫宮さん、お腹が空いてるのに」

「いいよ。お腹は空いてたけど、今は、そうでもないというか、琴乃ちゃんに、楽しんでもらいたいし。ねえ、できたらでいいんだけど……わたしのこと、桃葉ちゃんって呼んでほしいな」


 えっ? 恥ずかしい。

 いいのかな? 不安だな。


「桃葉、ちゃん?」

 名前を口にしながら、首をかしげてしまったあたしを見て、姫宮さんと、姫宮さんの彼氏が笑った。


「僕も僕も! 僕のことも、名前で呼んでほしいなー! 空斗君だよっ!」


 元気いっぱいな声で、姫宮さんの彼氏に言われてしまったので、「わっ、わかった」と、あたしは答えたのだった。


 緊張する……。


 栗本さんは、いいのかな?

 と思いながら、彼女に視線を向けると、栗本さんと目が合った。

 のだけれど、彼女はスタスタ、歩き出す。


 和風の雑貨屋さんの中に、栗本さんが入ったので、あたしたちも、お店に入った。


♢♢♢


 お店の中を歩くと、いろんなお香の匂いがした。

 自然素材のお香って、書いてあるのをさっき読んだけど、いろいろ混ざってるから、すごい匂いだ。


 クラクラする……。

 お香は嫌いじゃないんだけどな。ちょっと、頭が痛い。

 でも、今ここで、マスクをするのは、お店の人が、嫌な気持ちになるかもしれないし……。

 しばらくここにいたら、慣れるかな?

 慣れるといいけど……。


「どうしたの?」


 桃葉ちゃんの声がした。

 あたしがゆっくりふり向くと、彼女が心配そうな顔で、こっちを見てた。


「いろんな匂いで、頭痛くなっちゃって」

「お店、出る?」

「いや、せっかくきたから」

「マスクあるよ。いる?」

「……持ってる」

「じゃあ、マスクしなよ。一度出よっか」

「……うん」


 コクンとうなずくあたしは、お店の外に向かって歩き始める。

 桃葉ちゃんが、一緒にお店を出てくれた。

 ベンチがあったので、そこにリュックサックを置き、リュックサックのポケットから、新しい――活性炭かっせいたんマスクを取り出した。


 マスクをつけてから、再び、リュックサックを背負う。

 すると、そばであたしを見ていた桃葉ちゃんが話し出した。


「琴乃ちゃん、お香の匂い、苦手だった?」


「いや、お香の匂いは好きだけど……。あの場所は、いろんな匂いが混ざってたから……」


「そう。わたしの家、お香の匂いがするかもしれないんだけど」


「つらかったらマスクするし、大丈夫だよ。たぶん」


「……なら、いいんだけど……。無理しないでね。わたしの家にきてほしい気持ちはものすごくあるけど、琴乃ちゃんの体調が悪くなるのは嫌なんだ。匂いが嫌だったり、体調が悪くなったら、すぐに言ってね」


「ありがとう」


 桃葉ちゃんの気持ちがうれしくて、あたしはお礼を伝えた。

 そして、桃葉ちゃんと一緒に、お店にもどろうとした時――。


 だれかに見られているような気がして、ドキドキしながらふり向いた。


 そこにいたのは、手のひらに乗るぐらいの大きさのハムスターだった。

 あめ色と真珠しんじゅ色の毛並み。

 瑠璃るり色のくりっとした瞳。


「えっ? あやかし?」

 つい、声が出てしまった。


 ハムスターは、そんなあたしをじぃっと見つめたあと、すごい速さで近づいてきて、あたしの足元でピタリととまる。


 えっと、これ、どうしよう?

 物じゃなくて、ハムスターだけど。

 あやかしだと思うけど、嫌な感じはしない。

 小さいから、踏んでしまいそうで不安な気持ちになるだけだ。


 ハムスターは、小学校の教室で飼っていたから見たことあるし、テレビでも見た。

 ふつうに歩いていて出会ったのは、初めてだけど。


 緊張しながら、あたしはそばにいる桃葉ちゃんに視線を向けた。

 すると、桃葉ちゃんがハムスターをそっとつかみ、離れた場所まで連れて行ってくれた。


 ハムスターが、桃葉ちゃんに運ばれながら、「ジー」と、低い声で鳴いていたんだけど、大丈夫かな?

 気になったけど、ハムスターの言葉なんてわからないし。


 そのあとあたしたちは、何度か、ハムスターがいる場所を確認しながら、お店にもどった。

 見たことのない色のハムスター。

 あやかしだと思うけど……。

 ハムスターのあやかしなんて、いるのかな?


 気になったので、あとで聞こうかなと、あたしは思った。


♢♢♢


 可愛いな、綺麗だなって思いながら、いろいろな和雑貨を見ていたら、椿つばき柄のがま口財布が目についた。

 赤い椿をじっと見る。

 なんか、触りたくなって、椿柄のがま口財布を手に取ってみた時。


「椿が好きなの?」

 と、やけに硬い声が聞こえた。

 すぐそばで。


 ふり向けば、桃葉ちゃんがいた。

 無表情なんだけど。

 怒ってるのかな?


 あっ、質問されたのに、答えてないや。


「好き? どうだろう?」

 ドキドキしながらは答えると、桃葉ちゃんは、「わからないの?」と聞いてきた。


「うん。椿柄は綺麗だと思うけど、本物の椿はわからないかな。嫌いではないと思うけど」


 あたしが答えると、桃葉ちゃんは、「ふうん。そうなんだ」って、冷めたような顔つきで、あたしが持つ、椿柄のがま口財布を見つめた。


 椿、嫌いなのかな?

 こわくなったあたしは、がま口財布があった場所に、椿柄のがま口財布をもどした。


 そのあと。


 桃葉ちゃんが、「がま口財布ほしいなら、これが可愛いと思う」と言って、桃柄のがま口財布と、柚子ゆず柄のがま口財布を手にして、あたしに見せた。


「桃葉ちゃん、柚子が好きなんだね。ペンケースが柚子柄だったし」

 思い出しながら、あたしが言うと、桃葉ちゃんが、花が咲くように笑う。


「うん! 柚子も好きだよっ! 柚子茶が好きで、毎日飲んでるんだー!」

「そうなんだ。柚子茶、飲んだことないな……」

「えっ? そうなの? じゃあ、家にあるから、あげるっ!」

「いいの?」

「うんっ! 琴乃ちゃんにも、飲んでほしいっ!」

「じゃあ、もらおうかな」

「これ、買ってあげようか?」


 がま口財布を二つ、手にしたまま、首をかしげる桃葉ちゃんに、あたしは答えた。


「気持ちはうれしいけど……いろんなお香の匂いがついてるかもしれないから、買えないんだ。透明な袋に入ってるけど、匂いが入ることもあるかもしれないし……。もし、匂いがついていても、がま口財布は洗えないし……。毎日使う物じゃないから、箱に入れて、どこかに置いておけばいいかもしれないけど……」


 アパートの部屋には、空気清浄機がある。空気清浄機能付のエアコンもある。

 部屋の匂いはなんとかなるだろうけど、がま口財布の匂いが消えるわけじゃないし……。

 あっ! がま口財布と活性炭を箱に入れたらいいのかな?

 そうしたら、お香の匂いがなくなるかも。


 でも、がま口財布のために、そこまでしたくない。


 あたしがそんなことを考えていると。


 桃葉ちゃんが、「これなら、透明な袋に入ってるし、もし匂いがついてても洗えるし、たくさんあっても困らないよね」って、つぶやきながら、桃柄のハンカチと、柚子柄のハンカチを持って、店員さんがいるレジに向かった。


 その時。

 視線を感じてふり向けば、さっきのハムスターがいた。

 でも、すぐにどこかへ行った。


 桃葉ちゃんは、桃柄のハンカチと、柚子柄のハンカチを買ったあと、それらが入った和柄の紙袋を持って、あたしの元に駆け寄ってきた。


 そして、大きな目をキラキラさせながら、「はいっ!」って、差し出してきた。

 幼子のように目をかがやかせる彼女を見たら、断ることができない。

 もし匂いがついてても、何回も洗えば大丈夫か。


「……ありがとう」

 お礼を言って、和柄の紙袋を受け取ると、桃葉ちゃんがものすごく喜んでくれたので、断らなくてよかったと思った。


 気になったので、和柄の紙袋をじっと見る。

 この和柄は、ひし文様だ。

 菱という植物は、繁茂はんもしやすいことから、子孫繁栄や、無病息災の意味が込められているとか。


 そういえば藤も、繁殖力が強く、また「ふじ」は「不死」を連想させることから子孫繁栄・長寿の象徴とされていたような……。


 あたし、なんで、こんなことを知ってるんだろう?

 ふしぎだ。


 菱なんて、ふだんは使わない言葉だし、藤は、嫌いなのにね。


 なんて、思いながら、あたしは黒いリュックサックを下ろして、紙袋を入れたのだった。

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