第八話 姫宮さんと、姫宮さんの彼氏。

「あっ、泣きやんだっ! よかった! でも、すごい顔だよ! うちくるっ?」

「えっ? なんで?」


 すごい笑顔の姫宮ひめみやさんに言われて、おどろいた。

 あたしが住んでるアパートの方が近いはずだ。

 姫宮さんが住んでると話していた町がある駅も近いけど、星月ほしづき駅の方が近い。


 それに……。


「これから、彼と、デートだよね? さっき、そう言っているのが、聞こえたと思うんだけど。駅まで迎えにきてくれるとか」


 駅まで迎えにきてるのは、何度も、見たことがあるし、今日も駅にいるのだろう。

 せっかくのデートなのに、あたしがいたらかわいそうだ。彼が。

 そう思っていたら、真剣な表情で、姫宮さんが言った。


空斗そらと君は、家が近くて、幼なじみなの。お互いをよく知ってるから大丈夫。わたしは今は、彼よりも、琴乃ことのちゃんが大事なの。琴乃ちゃん、アパートにもどったら、一人でしょう? 大事な用事があるとかなら、無理しなくていいんだけど。一人でいたら、さびしくて、泣いちゃうかもしれないし。最近、眠そうだったから、なにかあって、眠れないのかなって、心配だったんだ」


「……心配、してくれてたんだね」


「当たり前でしょう? なにかあったら力になりたいと思って、いつも見てるんだから」


 そう言って、姫宮さんは笑う。

 あたしは、なんと答えたらいいのか、わからなかったんだけど。


 姫宮さんは気にしていないのか、いちご柄のトートバッグから、ピンクのスマホを取り出して、なんか、やり始めた。

 指を動かすのが速いなぁと思いながら、ながめていたら、姫宮さんのスマホが鳴る音がした。

 姫宮さんは「よしっ!」と言ったあと、あたしに視線を向けてきた。


「どうしたの?」

 と聞けば、姫宮さんが答えてくれた。


「空斗君にメッセージを送ってみたの。虹が出てるって、はしゃいでる子たちがいたから、空斗君も虹、見てるんだって。狐の嫁入り、僕も見たかったって言ってたよ」


「あの人も、あやかしが見えるの?」


「うん、見えるよ。こわがる人がいるから、駅とか、人がたくさんいるところでは、あまり言わないけどね。この辺りでは、あやかしのことを口にすると、悪いことが起きるって、信じてる人がいるから」


「えっ? そうなんだ……」


「まあ、あやかしのことを言っても、言わなくても、嫌なことぐらい、ふつうにあると思うけどね。でも、人間は、だれかのせいにすることで、自分は悪くないって、思いたかったりもするから」


「そうだね。自分のせいじゃないって思った方が、楽だし、自分を守ることができるもんね」


「うん。自分を守ろうとすることは、悪いことじゃないんだ。楽に生きようとするのも。わたしも楽に生きたいし。うちの学校の子たちは、わたしの家のこととか知ってるし、悩みごとを相談されたりもするから、あやかしのことを言っても、大丈夫だと知ってる子も、いるんだけど……」


「……姫宮さんって、ずっと虹花にじはななんだよね。あやかしが見えることで、いじめられたりはしなかったの?」


「わたしには、神さまとふつうに話すことができたり、願いを聞いてもらえるおばあちゃんがいて、この辺りに住んでいる人たちは、おばあちゃんを頼りにしてるけど、おそれてもいるから、孫のわたしをいじめたりしないよ」


 どこか冷めたような顔で、姫宮さんが言う。

 あたしはなんだか、せつなくなった。


 姫宮さんは話を続ける。


「世の中には、あやかしという言葉に、拒絶反応が出ちゃう人もいるんだ。でもね、あやかしにだって、いろいろいるんだ。その言葉を言ったり、あやかしと仲良くしても、毎日楽しく、しあわせに、暮らしてる人もいるんだよ」


「そうなんだね」


「うん。それでね、空斗君が、桃葉ちゃんの好きにしていいって、メッセージくれたから、一緒に行かない?」


「えっと、蓮夢はすゆめ駅だよね?」


 あたしがたずねると、姫宮さんが笑顔になった。


「うん! そうだよっ! 覚えててくれたんだねっ! 行こっ!」

「うーん……」

「嫌?」


 大きな瞳をうるうるさせながら、姫宮さんがあたしを見つめる。


 ううっ!

 胸が痛くなったあたしは、右手で胸を押さえた。


「大丈夫?」

 不安そうな顔で、姫宮さんに聞かれたので、あたしは「うん」と、うなずいた。


 なんでこんなに、悲しい気持ちになるのだろう? 泣きそうだ。

 前に、こんなことがあったような気がするんだけど、気のせいだよね?

 覚えてないし。


 なんか、嫌な予感がするなぁ。

 なぜかはわからないけど。


 でも、蓮夢駅、行ったことないから、気になってたんだよね。


 あたしは、オープンキャンパスに行かずに、受験する短大を決めた。

 マンションから、バスと新幹線と電車で、六時間ぐらいかかるし、オープンキャンパスに行きたいとは、思わなかったからだ。


 マンションから、一番近い試験会場で、受験したので、アパートを決める時まで、この土地にきたことはなかった。

 でも、お母さんにお願いして、短大近くの旅行ガイドブックを買ってもらっていたから、その本にあった地図や写真をながめて、いろいろ想像してたんだ。


 短大に受かって、寮でもいいかなと思ったのだけど、お母さんに、『寮には、一人部屋と二人部屋があるらしいけど、洗濯機とお風呂とトイレとキッチンが共同なの。香水とか、化粧の匂いが、すごいするかもしれないのよ。洗濯やシャンプーなんかの匂いもあるし。体調が悪くなって、学校に通えなくなるわよ』と言われた。


 よく考えたら、そうなる気がした。


 それからお母さんが、女性専用アパートの物件サイトを印刷して、見せてくれたんだけど、星月駅近くのものだった。

 なぜだか知らないけど、あたしは嫌だなーって、思ったんだ。


 蓮夢町はすゆめまちが気になっていたあたしは、お母さんに、『その町にはないの?』って、聞いてみたんだけど、『ないわ』と、冷たい声で、さらっと言われてしまった。


 お母さんが見つけてくれたのは、身体にやさしいアパートだ。

 自然素材を多く使ってあるアパートで、女性しか住めないらしい。


 あたしのことを考えて選んでくれたことはわかるので、今のアパートに決めたのだ。


 お母さんと一緒に、星月町ほしづきまちまで旅をしたことで、電車や新幹線の乗り方を教えてもらったし、買い物の仕方も教えてもらった。


 あたしのために仕事を休んでくれたし、引っ越し関係のことも、いろいろやってくれたから、とても感謝してるんだ。

 一緒に、星月町にある小さなホテルに泊まったりもしたなぁ。


 星月町に住んでみたら、暮らしやすい町ではあったけど、それでも、蓮夢町が気になった。

 こっちにきてからでも、行こうと思えば、行くことができた。

 入学前とか、時間はあったのだし。


 蓮夢駅は、星月駅のとなりのとなりのとなりの駅なのだから。

 でも、知らない駅だし、なかなか行く勇気がなかった。

 あと、短大に入学したあとは、姫宮さんが住んでる駅だと、知ってしまった。

 一人で行って、もし、姫宮さんに見られたら、恥ずかしいなって、そういう気持ちもあったのだ。


 でも、姫宮さんがさそってくれるなら、行こうかな。

 彼女がいれば、一人よりは、安心できるかもしれないし。

 そう考えたあたしは、姫宮さんに、「行く」と伝えた。


 そのあと姫宮さんに、うるうるとした瞳でお願いされたので、あたしは彼女と、連絡先を交換したのだった。


♢♢♢


 姫宮さんと栗本くりもとさんと一緒に、駅に向かって歩きながら、あたしはあることを思い出した。


「……あの、姫宮さん」

「なに?」


 ふしぎそうな顔の姫宮さんに、勇気を出して質問する。


「あのね、四月に、珊瑚さんごをくれたでしょう? あれって、あたしがあやかしを見るって、わかってたから、くれたのかな?」


「うん、まあ、わかってたよ。琴乃ことのちゃん、引っ越してから、近くの神社にお参りしたでしょう?」


「うん。したけど……」


「その神社の神さまがね、うちのおばあちゃんに、琴乃ちゃんのことを教えにきたんだ」


「あたしのことを?」


 ふいに、水の神さまをまつる神社で見た――大きな白蛇しろへびが、頭に浮かぶ。


 やっぱりあれが、神さまか。


 あれから、水の神さまを祀る神社に何度か行ったけど、あの白蛇とは会ってない。

 でもなんか、守られているような、安心感のある場所だと感じたので、時々、行きたくなるんだよね。


「あやかしが見える子が引っ越してきたとか、まあ、いろいろと……。それで、入学式の日に、わたしはおばあちゃんから、その話を聞いたの。おばあちゃんは、わたしに話すか、悩んだみたいだけど、あやかしが見える琴乃ちゃんのことが、心配だったらしくて。それで、ちょっと様子を見てから、話しかけたの。いきなり話しかけるのは、勇気が必要だったから……」


「そうなんだ……。話しかけてくれて、うれしかったよ。自分からは、なかなか話しかけることができないから。珊瑚のお守りも、助かってるんだ」


「よかった。琴乃ちゃんが迷惑だと思ったらどうしようとか、嫌われちゃったかなとか、いろいろ考えてたんだ」


 そう言って、姫宮さんは、安心したような顔で、笑った。


♢♢♢


 三人で、虹花にじはな女子短期大学前駅に行くと、「桃葉ももはちゃーん! おかえりー!!」って、大声を上げながら、空色髪、黒い瞳の青年が、駆け寄ってきた。

 満面の笑みを浮かべた彼は、その勢いのまま、姫宮さんに抱きついた。


 駅の構内にいた女性たちが、「キャー!」と、黄色い歓声を上げる。

 初めて見た時はびっくりしたけど、これはいつもの光景なので、もう慣れた。


 って、姫宮さんの彼氏は、毎日きてるわけじゃない。

 姫宮さんの話では、蓮夢はすゆめ町にある甘味処で、アルバイトをしているらしいし。

 大学の授業の関係で、遅い時もあるだろうし。


 あっ、八月だし、今は、夏休みの可能性もあるか……。


 姫宮さんと、姫宮さんの彼氏は、背の高さが同じくらいだ。髪の長さも同じくらい。

 桃色髪の姫宮さんと、空色髪の姫宮さんの彼氏が一緒にいると、双子みたいで可愛らしい。

 顔は似てないけど、顔が似てない双子もいるもんね。って、双子じゃなくて、恋人同士なんだけど。


 二人は、色は違うんだけど、髪と眉毛まゆげとまつ毛を染めてるし、仲良しだ。


 姫宮さんは、黒猫のイラストが可愛い、ピンク色のTシャツを着て、黒いショートパンツを穿いている。

 耳には、血のように赤い珊瑚さんごのピアス。

 胸元には、金色のハートモチーフのネックレス。

 肩には、いちご柄のトートバッグをかけている。


 姫宮さんの彼氏も、耳に、血のように赤い珊瑚のピアスをつけているんだ。

 胸元には、金色のハートモチーフのネックレス。

 ピアスもネックレスも、姫宮さんとおそろいだ。


 姫宮さんの彼氏は、水色のTシャツを着て、黒のワイドパンツを穿いている。

 肩にかけているのは、白猫と黒猫と三毛猫のイラストが可愛い、トートバッグだ。


「ただいま。空斗そらと君、待たせてごめんね」


 姫宮さんが謝ると、姫宮さんの彼氏は、やさしく笑った。


「大丈夫だよ。虹、綺麗だったね」

「うん!」

「桃葉ちゃんも、とっても綺麗で、可愛いね」


 姫宮さんの彼氏は、彼女の耳元で、甘くささやき、姫宮さんの頬や、鼻や額に、キスをする。

 そんな二人を見て、女性たちが、キャー! キャー! 言って、喜んでるのが見えた。

 楽しそうだ。


 恋人でも、友達でも、仲良くできるって、すごいと思う。家族もだけど。


 そう思ったら、せつなくなって、じわりと涙が、あふれ出した。


 なに、考えてるんだろ。あたし。

 ここは、こんなに、平和なのに。


♢♢♢


 しばらく時間が経ってから、あたしと栗本さんに気づいた姫宮さんの彼氏が、ニパッと笑って、「むぎちゃんと、琴乃ちゃんも、おかえりー!」って、声をかけてくれた。

 栗本さんが真面目な顔で、「こんにちは」と返したので、あたしも、「こんにちは」とあいさつをして、ペコリとおじぎをしておいた。


 姫宮さんも、姫宮さんの彼氏も、笑顔だから、これでいいのだろう。

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