ph74 SSSC本選前日


 アレスに案内された部屋にて、念のためと精霊を使って監視カメラ等が設置されていないかを調べる。一通り探し、特に何も仕掛けられてなかった事を確認した私は、歩き回って疲れた足を休めるようにソファーに座った。


 タイヨウくんは部屋の設備が気になるのか、物珍しそうに物色している。今は机の上に置いてあるタブレットに興味深々のようだ。目を輝かせながら操作をしている。


 さすがタイヨウくん。元気だなぁと思いながら、私は渋い顔で黙り込んでいるヒョウガくんの方を向いた。



「本選通過は確定したわけだけど、これからどうする?」


 返ってくる言葉はある程度想像つくが、一応ヒョウガくんに問いかける。


「無論、調べる。精霊狩りやつらの本拠地に潜入できたのだ。時間を無駄に浪費するつもりはない」


 やっぱりなと、生真面目なヒョウガくんの想像通りの返答に項垂れる。しかし、彼の意見に異論はないので、致し方あるまいと重い腰を持ち上げた。


「それで?手分けして調査する?」

「必要ない。この城の間取りは把握している。向かうべき場所も分かっているのだ。下手に戦力を分散させるより、固まって動いた方がいいだろう」


 私はヒョウガくんの何気ない発言にピタリと固まる。


 ……間取りは把握しているだと?

 

「えーっと、ヒョウガくん?……つかぬことをお聞きするけど、精霊狩りワイルドハン時代にこの城を使ってたりする?」

「拠点として使っていた。渡守センと会ったのも、コキュートスを手に入れて逃げ出したのもこの城だ」


 ド畜生め!!これでSSSC運営と精霊狩りワイルドハントがズブズブな関係であること確定じゃねぇか!


 せめて、ほんのちょっと、ほんの一部だけが関わりある程度だったら良かったのに!!本選会場を精霊狩りワイルドハントが堂々と拠点して使用してまーす!なんて自ら仲間だと公言してるようなものではないか!!


「……もう状況証拠は揃ってない?アイギスに連絡して突入して貰おうよ。一度襲われて大義名分はあるんだし、何か言われてもここまであからさまなら言い訳が立つでしょ。無理に危険を冒す必要は……」

「それは最終手段だ。隠密に行動できるならそれに越した事はない。下手に証拠を隠されたくはないからな」


 既に私達の存在がバレてるなら隠密もクソもないのでは?


 そう突っ込みたいところではあるが、元精霊狩りワイルドハントであるヒョウガくんが易々と潜入を許された事を鑑みると、私達は敵に舐められていると考えていい。いてもいなくても計画には支障がないと言わんばかりに警戒をされている様子がない。寧ろ、サタン実体化に必要な人材が自ら飛び込んできたのだ。鴨が葱を背負ってきたと捉えている可能性がある。下手にアイギスを呼び込んで警戒されるよりも、危険ではあるが、私達だけで行動した方がスムーズに物事を進められるだろう。


 それに、シロガネくんの事もある。彼が精霊狩りワイルドハントに捕まっている事は知られているかもしれないが、今は敵側に寝返っているのだ。恐らく洗脳されているとはいえ、彼の今後の五金家での立場を考えるのであれば、そんな不名誉な事実を知られるのは避けた方がいいだろう。


 私は重いため息をつき、ヒョウガくんがドアノブに手を掛けるのを見ながらゆっくりと近づいた。さっさと精霊狩りワイルドハントに関する証拠を見つけて、アイギスと合流出来ますようにと祈っていると、ガチャンと嫌な音が聞こえた。


「……ヒョウガくん?どうしたの?」

「くそっ!!」


 ヒョウガくんはガチャガチャとドアノブを回していたかと思うと、悔しそうに扉を叩く。


「やられた……」

「あー、もしかして……」

「……鍵がかかっている」


 もしかして窓も開かないのかと調べてみると、当然のように開かなかった。しかも、対精霊用ガラスを使用してある。黙って選手を監禁するとか他の選手にはどう説明するつもりなんだと思いつつ、多少は私たちの事を警戒してたのねと口元がひきつった。部屋を別々にされなくて良かった。部屋で1人孤立とか洒落にならんわ。


 因みに、対精霊用ガラスってなんだとは聞かないでね。防弾ガラスの精霊版だと思ってくれたらいいから。絶対に突っ込むなよ。


「……ここで明日まで待機するように言われた以上、食事とか用意される筈だし、食堂に移動できるならそのタイミングを狙って外を散策するしか……」

「サチコ、腹減ってんのか?」


 タイヨウくんは食事という単語に反応したのか、タブレットを持ち上げながら笑った。


「だったら飯頼もうぜ!これで注文できるみたいだしさ!」


 なるほど?そういう感じ?


 私はタイヨウくんが持っているタブレットを覗き込みながら画面を確認する。


 画面にはルームサービスのメニューが移っていた。無料から有料のものもあり、お金はここで使うのかと納得しながらもこれじゃあ外に出られないじゃんと、八方塞がりとなっている現状に頭を抱える。


「難しい話は俺には分かんねぇけどさ、腹減ってたら思いつくもんも思いつかねぇよ!悩むのは飯食った後からでもできるだろ?だったら今はしっかり飯食って休もうぜ!」


 俺も朝から何も食ってないから腹ペコだと言うタイヨウくんの言葉に、ご最もだと頷く。


「タイヨウ!何を呑気な事を……」

「今パスタ的な気分なんだけど何かある?」

「いっぱいあるぜ!ペペロンチーノ、カルボナーラ、和風パスタ……どれも美味そうだな!」

「おお!ほとんど無料じゃん。じゃあカルボナーラにしようかな」

「影薄!!」


 咎めるように名前を呼ばれるが、まぁまぁと宥めるように手を前に出す。


「タイヨウくんの言うことは一理あるよ。さっきまで走り回って疲れてるし休憩をかねてご飯にしようよ。話し合いなら食事もしながらでもできるしさ。ヒョウガくんは何が食べたい?」


 私が完全にタイヨウくん側についた事を理解したのだろう。ヒョウガくんは何か言いたそうであったがグッと堪えるように口を閉じた。そして、諦めたようにボソリと要望を口にした。











 ルームサービスの品は、部屋に設置されている受け取りBOXのような物に置かれる形で届いた。そうだよね。せっかく鍵閉めたのにそう簡単に扉を開けるわけないよねと思いながら食事が乗せられたお盆を持ち上げる。


 私はカルボナーラ。タイヨウくんはラーメンとチャーハン。そしてヒョウガくんの前にはハンバーグを置いた。食事の要望を聞いた時、恥ずかしそうにハンバーグという彼は小学生らしく可愛かった。そうだよね。美味しいよねハンバーグとほっこりしたが、下手に突っ込むと拗ねてしまいかねないのでちゃんとスルーした私を誰か褒めて欲しい。


「今日は外に出れそうにないし、現状の連絡をした後にデッキ調整だけして休まない?」


 フォークにパスタを巻きながらゆっくりと口に持っていく。精霊狩りやつらは私の能力を欲しがってるみたいだし、毒とか危ないものは入ってないだろうと食べてみたが、私の予想通り、何の変哲もない、普通に美味しいパスタだった。一緒に頼んでいたアッサムのアイスミルクティーと楽しみながらもぐもぐと咀嚼する。


「じゃあマッチしようぜ!マッチしながらデッキ調節した方が楽しいだろ!」


 タイヨウくんはラーメンをズルズルと啜り終えると、箸をこちらに向けながら喋る。


「明日はSSSCの本戦なんだぜ!やっぱ強ぇ奴ばっかなんだろうなぁ……くぅ〜!ワクワクしてきた!しっかりと準備しねぇとな!精霊狩りワイルドハントが目的だけど、せっかくSSSCなんて面白い大会に出てんだしさ、絶対優勝しようぜ!」

「ふん、俺はこんな大会ところで負けん。どんな奴が相手だろうと全て返り討ちにしてくれる。そんなもの必要ない……と、言いたいところだが精霊狩りワイルドハントの事もある。明日に備えることには賛成だ」


 私は黙々と食事をしながら、ヒョウガくんとタイヨウくんが話し合うのを眺める。そして、ふと疑問に思ったことを口にした。


「そういえばさ、何でアレスって人は明日が本戦になるって分かったんだろうね」

「……何?」

「サチコ、何言ってんだ?」


 ヒョウガくんとタイヨウくんが心底分からないという風に首を傾げるので、だってと説明を続ける。


「本戦に出れるのは100ポイントを集めて氷山エリアに辿り着いた4チームのみでしょう?しかも先着順」


「特に時間制限を用いていないって事は、100ポイント集めて氷山エリアに辿りついた4チームが揃うまでは本戦なんてできないはずでしょ?」


 私の言葉にヒョウガくんはハッと目を見開いた。

 

「なのに、アレスって人は本戦が始まるまでの間ではなく、明日の本戦が始まるまでの間って明確に言ってるんだよ?おかしくない?」


 前から精霊狩りワイルドハントに関しては色々と気になることがあった。サタンの実体化を計画していると聞いてからは更にその懸念が大きくなった。


 まず、刻印の件に関してだ。サタンの実体化には冥界川シリーズの加護持ちだけでなく、その精霊から刻印を刻まれ、力を分け与えられた者が必要である筈だ。なのに、精霊狩りワイルドハントに精霊を捉えられ、取り戻した人たちの刻印は全て嘆きの刻印であり、全員の刻印は消えていたとケイ先生は言っていた。消えなかったのはエンちゃんに刻印を刻まれていた私だけ。つまり、精霊が帰って来た者の中で、刻印を二重に刻まれていたのは今のところ私だけということになる。サタンを実体化させたいならば、手当たり次第に刻印を刻みまくった方が効率よくないか?そもそも、何故嘆きの刻印しか刻んでいない?1人に絞らなくても5人の人間に別々の刻印を刻めばいいのに、なぜ私だけに拘る?


 それに、アイギス本部の屋上でエンちゃんに襲われた時、私をずっと探していたと言っていたが、その割には家には手を出していないようだった。訓練中、ケイ先生に家を見張ってくれているアイギス職員の人に聞いてもらったのだが精霊狩りワイルドハントの影は全くなかったそうだ。アイギス職員が抑止力になっていたのかと思ったのだが、アイギス本部を襲撃していた事を考えると、そういう訳ではなさそうだ。それに、エンちゃんは、まるで初めから私が屋上にいる事を知っているかのように現れた。しかも、シロガネくんとのマッチが終わったばかりで疲れている状態の時にだ。余りにもタイミングが良すぎないか?


 湖沼エリアでの罠もそうだ。他にも罠が仕掛けられているかもと警戒していたが、何度もバトルフィールドが展開されていたのはヒョウガくんが指摘していた場所だけだった。私が確実に湖沼エリアに来るかも分からないのに……。


 結果的に来てしまったが、私に刻印を刻むことが

目的ならば、罠としては余りにもお粗末すぎではないか?別の罠をしかけていたのか。それとも、刻印を刻めるなら誰でも良かったのだろうか?今まで嘆きの刻印しか刻んでこなかったのに、私以外の人に別の刻印を刻む罠をしかけたということか?



 私達の行動を先回りするように動いている精霊狩りワイルドハントに対し、今まで五金総帥でも尻尾を掴めなかったみたいだし、アイギスに内通者がいるのかとも考えたが、そうだとしても温泉での件が説明つかない。


 私が忘却の刻印を刻まれた時、ヒョウガくんは「3つも刻印が刻まれた!早くしなければ影薄は……」と焦り、取り乱していた。ヒョウガくんの反応を見るに、複数の刻印が刻まれるのはかなり危険なのだろう。その後にも失うわけにはいかないと言っていたし、下手をすれば命を落とす可能性もありそうだ。


 ならば、私が1人で温泉に入っている時にたまたま出くわし、そしてたまたま嘆きの刻印を刻まれていて平気だったからその場のノリで刻印を二重に刻んだのか?それとも、あらかじめ私に刻印を刻んだと渡守くんに聞いて接触を図ったのか?その結果、平気そうだったから2つめの刻印を刻むように試みたと?せっかく刻印が刻まれても自由にマナを操れる人材だったのに?独自の判断で勝手にそんな事するか?普通。


 あと、エンちゃんが異常に私に懐いているのも気になる。強い人が好きと言っていたが、別に私は弱くはないが強くもない。私より強い人なんてごまんといる。それこそ、タイヨウくんやヒョウガくん、シロガネくんやクロガネ先輩の方が強い。なのに何故初対面から異常に懐いていた?私にそこまで気に入られる要素があったのか?あったとすれば何を気に入られたのか。それとも、サタン関連で利用するための演技か?でも、それにしては五金兄弟を認識していなかった事が引っかかる。私に対するあの異常な執着心は何なのだろうか。ただの演技ならいいのだが。


 分からない、何も。思考するにしても情報がなさすぎる。もう全ての事が精霊狩りワイルドハントに有利に動いているようにしてならない。話の都合上による仕様ですと言われればそれまでだが、どうにも解せない。


 私は今まで感じてきた疑念をメタ発言を抜きつつ、2人に説明する。すると、ヒョウガくんは黙り込み、タイヨウくんはチャーハンの最後の一口を食べ終えてポツリと呟いた。


「……なんか、未来でも知ってるみたいだな」


 ……未来を知ってる、ね。まぁマナとか精霊とかよく分からないモノが存在する世界だ。未来予知できる存在がいたとしても不思議ではない。が、未来が見えるとしたら色々と杜撰な計画があるところが目立つ。


 私は食べ終えたカルボナーラのお皿を、タイヨウくんが食べ終えたご飯のお皿と重ねながらお盆の上に置く。かちゃりとお皿同士の当たる音が静かになった部屋に響いた。


 なんか、私のせいで変な空気になってしまったか?ちょっと精霊狩りワイルドハントの都合よくいきすぎてない?まじ最悪〜。みたいな気持ちで言ったのだが、思いのほか重苦しくなってしまったな。


 私は部屋の空気を切り替える為に立ち上がり、コホンとワザとらしい咳をしながらヒョウガくんに向かって右手を差し出した。


「あ、あー。とりあえず、先輩に連絡しない?新しい情報を知れるかもしれないし、私達の事も総帥に伝えときたいしさ」


 だから一旦イヤーカフを返して欲しいんだけどと続けると、ヒョウガくんは少し悩んでいるようだったが渋々とポケットからイヤーカフを取り出して渡してくれた。


 タイヨウくんが何だ何だと興味津々に聞いてきたので、これにマナを送ると先輩と連絡が取れるんだよと教え、これから感じるであろう先輩のマナに備えて覚悟を決めるように深呼吸をした。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る