第358話:弔い

 ルキウスは深い集中状態の中にいた。

 攻撃を加えるたびに技は冴え渡り、思考が明晰になる。


 横で好きなように暴れるセネカを見ると喜びが溢れてくる。

 世界が鮮やかさを増うように感じ、さらに奥へと足を踏み入れることができる。


 先ほどからセネカはオークキングを倒し切る方法を模索しているようだった。

 特に身体のどこかに眠る少数の細胞群集が厄介で、あれを全て消滅させないと倒すことはできなさそうだ。


 おそらくセネカは答えを見つけるだろうとルキウスは信じていた。

 だから考えるのはその補助をすること。

 特に魔力の供給を断つことだった。


 セネカは無茶苦茶に動いているようだったけれど、同時に次々に現れる魔界の裂け目を効率的に塞ぎ続けていた。

 半ば無意識にやっているのだろうと思うけれど、それは驚異的な働きだった。


 理屈は分からないけれど、この空間は不安定で、塞いでも塞いでも魔界と繋がってしまうらしい。

 そのおかげで魔力を潤沢に使えるけれど、敵の厄介度も増している。


 セネカがここまでやっても抑えきれないのだとしたら、根本から魔力供給を断つのは困難なのだろうとルキウスは結論付けた。


 じゃあ、どうするのか。

 それを考え続けていたのだけれど、戦っているうちに思い浮かぶことがあった。


 ルキウスの[理]はおそらく局所的に作用するものだ。

 世界の法則を破るのではなくて、法則が作用するための何かを標的にできる。


 ルキウスの力は断つ力だ。

 繋がっている何かを斬って、断絶させてしまえばよい。


 これができたらレベル5かもしれないとルキウスは感じた。

 けれど、いつかセネカが言っていたようにまだその時ではない気がしていた。

 自分にはまだ致命的に何かが足りていなくて、次の階段を登るのには早い気がしていた。


 ルキウスはセネカを見た。

 セネカは足りないものを探している。

 大事なものを見つけようとしている。


 ルキウスは多分その答えが分かっていた。様々な方法で伝えようとしたのだけれど、セネカはまるで感覚が麻痺しているかのように気が付かなかった。


 ルキウスはいつもセネカを見ている。

 ルキウスだけではない。みんながセネカを見ていて、影響を与えられている。

 きっとセネカを見ていないのは、セネカ本人だけなのだ。


 ルキウスは少しずつ体外の魔力を集めて、大技の準備をすることにした。

 体力の限界が近づいていて、目は眩み始めている。

 セネカもふらつきはじめていて、もう決着を付けなければいけなさそうだ。


 ルキウスは短く伝えた。


「僕が回復を止める」


「私が倒し切る」


 セネカは瞬時にそう答えた。


 ルキウスは少し下がり、大太刀を鞘に納めた。

 目をつぶって、標的を探る。

 それ以外のことは全て止めてしまう。


 両手で刀の重みを感じる。

 これは自分とセネカの父、二人から教わったことを両方活かすために作った剣だ。


 大剣と刀の両方の特徴を持たせるために大太刀を使うのは単純だけれど、ルキウスはしっくりくると感じていた。


 ルキウスはさらに深く集中する。

 敵のことを考える。

 セネカのことを考える。

 すると、光明が差してきたように感じた。


 その光の正体を探る。

 正解まであと一歩だと確信する。


 敵は守護者だ。

 守護者は『扉』を守り、魔界の魔力を利用する。

 それを防ぎたいが魔界の魔力は無くならない。

 ではどうするか。


「魔界との繋がりを断てばいい」


 実体のなかった光に輪郭が生じた。


「魔界と繋がることができる。そんなことわりを断てばいい」


 ルキウスは限界まで魔力を集めた。

 自分には過ぎたる力が蓄積されていると感じているが、止めるつもりはなかった。


『限界を超えろ』


 セネカとの純粋な時間をノルトに邪魔されたような気持ちになる。だけど、適切な言葉だった。


 これはまさにことわりを超える力だろう。

 いまのルキウスには制御しきれない力だろう。


 ルキウスは、命と引き換えにオークキングを破っていった英雄に祈った。

 そうすれば、もしかしたら助かるかもしれない。

 そんな気がした。


「これは弔いです」


 目に涙が浮かんでくる。

 苦しい人生だった。

 セネカと出会えてよかった。

 みんなと会えてよかった。


 全ての気持ちを乗せてルキウスは[理]を発動する。

 自分を生きながらえさせてくれた両親たちに向けて感謝を送る。


「【神聖魔法】」


 スキルの全てを賭けて斬りつける。

 ルキウスは渾身の居合いを放った。


 ルキウスは目的の『何か』を斬った。

 それは呆気なく壊れていった。


「セネカ!!!」


 準備は整った。

 ルキウスは地に崩れ落ちながら愛する人の名前を叫んだ。





 セネカは技を試し続けていた。

 オークキングを倒すために必要なことがもう少しで分かりそうなのに、答えに手が届かない。


 これまでに編み出してきた技はほとんど使った。

 どれも有効ではあるけれど劇的ではなくて、自分に足りないものを突きつけられているようだった。


 戦いながらセネカは考える。

 ゆっくりと沈んでゆく。

 そうして浮かんできたのはスキルを得る前のことだった。


 セネカは自信満々だった。

 でも不安だった。


 父や母のようなスキルを得て冒険者になりたかったけれど、それが叶うかは分からなかった。


 セネカは孤児院で自分の服を繕っていた。

 古布を当てて、不器用ながらも縫っていた。


 ルキウスと会う前、母が服に刺繍してくれた。

 すごく嬉しかったけれど、真っ白な糸をその日に汚して、残念な気持ちになった。


 コルドバ村のセネカは、小さい頃から森を駆けずり回っていた。

 お父さんやお母さんに怒られてもそうすることを止められなかった。


 そうセネカは毎日草木の間をように走って……。

 

「えっ?」


 セネカはオークキングと死闘を繰り広げながらも、思わず声を出した。


 記憶は微かだ。

 けれど、走り回るあの日は幻ではない気がする。


「もしかして私ってあの頃から縫っていたの?」


『そうだよ』


 心の中で呟くと、身体に宿るスキルが返事をしてくれたように感じた。

 それはあの頃の幼いセネカの姿をしていた。


 外は血と汗が混じる野蛮な世界だけれど、心の中は驚くほど平穏だった。

 セネカは穏やかさに身を任せ、疑問をぶつけてみることにした。


「どうして私は縫っていたの?」


『それが楽しくて仕方がなかったからだよ』


 幼いセネカは嬉しくて仕方ないとばかりに笑った。


「なんで私のスキルは【縫う】なの?」


『自分でそう求めたからじゃない?』


「でも私は剣士か魔法使いになりたかったんだよ?」


『どっちにもなってるじゃん』


「確かに……」


 セネカのスキルは【縫う】だけど、剣でも戦えるし、魔法だって使える。

 もう当たり前になっているけれど、そうではない時も長かった。


 考え込んでいると、幼いセネカは心の中の草原で走り回っていた。


「楽しそうだね」


『楽しいよ』


「どうしてそんなに楽しいの?」


『楽しいことをしているからだよ!』


 答えになっていなかったけれど、それがその時の答えだったのかもしれないと感じた。


『楽しくなさそうだね』


 そんな風に聞かれて、セネカは胸が痛くなった。


「苦しいよ。でもみんなを助けたいの」


『ああ、だから楽しくなさそうなんだ』


「みんなが苦しんでいるんだから楽しい訳ないよ!」


『そうだね』


「あなたは良いね。一人だから楽しそうで」


『そうだよ!』


 幼いセネカは満面の笑みだ。


 これだから子供は、とセネカは幼い頃の自分を棚に上げて流そうとした。

 けれど、そこに何かとても大切なことが潜んでいるように感じて、もっと探りたくなった。


「私はみんなを助けたいけれど、苦しいんだ」


 それが自分の本心だと感じた。


 幼いセネカはちょっと考えた後で、あっけらかんと言った。


『お父さんとお母さんは、自分たちのことは後でいいって言ってたよ!』


「え?」


『村長も言ってた! キトも!』


 セネカの胸はちくっと痛んだ。

 ずっと傷のあった部分が突然痛みを発し始めた。


 幼いセネカは楽しそうな顔を徐々に曇らせて、ちょっと大人しくなった。


『ねぇ、さっきから思ってたけど、何で耳を塞いでいるの?』


 セネカはやっと気が付いた。

 心の中の自分は両手で固く耳を塞いでいた。

 この手は都合が良くて聞きたいものだけを通してくれるのだ。


 おそるおそる手を外すと、ざわざわと何かが聞こえてきた。


「セネカ、大丈夫?」

「セネちゃん、元気?」

「冒険者は辛くないかい?」

「怪我は傷まない?」

「私が助ける」


 それはみんなの声だった。

 本当は聞こえていたけれど、縋らないように気を付けていた声だった。


 セネカの意識は突然オークキングとの戦いに戻った。


 息は上がり、身体中が痛んだ。

 魔力だけはあるけれど、他は辛いことばかりだった。


 そして、そんな中で悲鳴をあげているものがあることに気がついた。


 それはセネカ。

 自分自身だった。

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