第317話:龍の弁明

 セネカが拠点に戻ると、みんなが揃っていた。


「そろそろ呼びに行こうと思っていたけど、みんな集まってきたわね」


 マイオルが言った。


 みんながどう過ごしたのかは分からないけれど、一定の答えを出したことは顔つきを見ればすぐに分かった。


「それじゃあ、移動しましょうか。グラードンさん、樹龍の依代を出すのに良い場所はありますか?」


「そうだなぁ。どんなものかは分からんが、泉の奥の森なら人が来ることもないだろう」


 マイオルはゆっくりと頷いた。

 そして「行きましょう」と言ったので、全員が泉の方に足を踏み出した。





 セネカはプラウティアが地面に種を植えるのを見ている。みんなで円になり囲む形だ。


 柔らかそうな場所を軽く掘り、種を置いて土で多い、泉の水をかけている。

 種にはプラウティアの魔力が込められているはずだ。


 じっと埋められた種の方を見ていると、みるみるうちに芽が出て、それが茎になり、丸まって形が見え始めた。それは茎というよりは蔦のように変化していったけれど、現れたのは緑色の鶏だった。


 鶏は自分の体を確かめるかのように二、三歩いてからプラウティアの方を向いた。


【プラウティア、呼んだか】


 声が頭に響いてきた。


 落ち着いた声とは裏腹に、鶏は忙しなく動き、翼を広げたり閉じたりしている。


「ここはホラリ島のザス山です。お聞きしたいことがあってお呼びしました」


 プラウティアが丁寧に話しかける。


 セネカは気になってグラードンを見た。少しかしこまった表情だが頭を下げることはないようだ。


【場所はおおよそ分かっている。赤と雷に出会ったか】


「はい。お会いしました。そこで黒龍の話を聞きましたが、なぜ教えていただけなかったのでしょうか」


 プラウティアの言葉遣いは丁寧だったけれど、口調は強かった。


【あの時はそれでよかったはずだ。月の子供は役目を知り、未来を知った。そして世界の仕組みに視界を広げ、決断する契機となった】


「ですが、後から知るのではなく、あの時でも悪くなかったのではないかと思います」


【そういう考えもあるだろう】


 セネカはプラウティアと樹龍のやりとりを見ながら一度目をつぶった。

 感情を排して話を聞こうと思ったのだ。


【全員が加護を持つ今だから響いたのだ。耳障りが良い言葉と丁寧な態度が正しいとは限らない】


 セネカは目を開いた。

 樹龍に対して不信感を持つ部分もあるけれど、話を信じてここまで方針を立ててきたことも事実だった。

 だからこそ、一つだけ聞いておきたいことがあった。


「ねぇねぇ、樹龍がプラウティアを大切に思っていることは分かっているんだけれど、私たちのことはどう思っているのかも教えて欲しい」


 セネカは会話に割り込み、突然そう聞いた。

 鶏は目まぐるしく動いていたけれど、一瞬だけ動きを止めた。


【頼りにしている。プラウティアを認めた時点で、仲間には飛躍してもらう必要がある】


「それって、何か話をしている時にプラウティアだけが対象なんじゃなくて、私たちちのことも意識しているってこと?」


【当然だ。加護こそ与えていないが、『災厄』への対処に貢献して欲しいのだからな】


「分かった。それが樹龍の考えなんだね」


【龍が『機構』を守る役目は変わらない。それは全ての龍の願いであり、責務だ】


 セネカはプラウティアを見て頷いた。


 プラウティアを巡って戦ったことと話が分かりづらいことは置いておき、その後ちゃんと話をしてくれたことを意識した方が良いかもしれないとセネカは感じた。


「あたしからも聞きたいんだけど――」


 今度はマイオルが口を開き前に出た。


「龍って一枚岩なの?」


 鶏は少し進んではまた戻るという動きを始めた。野生だったらこんな行動はしない。


【『災厄』に対処し、『機構』を守ろうと考えていることは共通だ。加護を与えた者とその仲間の力になろうとするだろう】


「でも、その支援の仕方が違うかもしれないってことね」


【主義は次第に分化してゆくものだ】


「まぁそうよね。青き龍はほとんど情報くれなかったしね」


【奴は見えないところで動いている。それも龍の役割の一つだ】


 マイオルは腕を組んで「そうなのね」と言った。


「貴方は白龍がいる場所を知っているの?」


 ルキウスが刺すような目線で樹龍に聞いた。


【おおよそ分かっているが、白は動き回る】


 鶏も動き回っている。


「その情報だけでも教えていただけないですか?」


 ルキウスは微笑みながら言った。

 あれは教えてもらえないだろうと思いながら聞いているなとセネカは感じた。


【時が来れば引かれ合うだろう。それが叶わぬならば適していなかったのだ】


 セネカは双子龍もその情報を教えてくれなかったことを思い出した。

 あれだけ親切だったのに言わなかったのには意図があったのだろう。


 そう考えていると、突然鶏が羽を大きく広げて、飛べもしないのに強く羽ばたき始めた。


【来たようだ】


 鶏が向く方向を見ると、赤と黄色のウミウシがふわふわと空を泳いできた。


【久しいな】


 樹龍とは違う声が頭に響いてきた。

 これは赤き龍か雷龍の声だ。


 グラードンが恐ろしい速さで頭を地面につけた。信仰心が増しているような気がする。


【こうして会するのはいつぶりか】


【青は引きこもり、樹は囲われる】

【白は飛び回り、水はそこに在る】


 ばたばたと動く鶏に二匹のウミウシがちょっかいをかけているように見える。


【黒は追憶の彼方に消えた】


【月の加護を打ち破るには月の加護が必要だ】

【『機構』を変える力が必要だ】


 仮の姿だからかもしれないけれど、話している様子から龍同士は想像以上に仲が良いのかもしれないとセネカは感じた。


 ちなみに話の内容は全く分からなかった。キトがいたら即座に通訳してくれたのかもしれない。


【そろそろ青か白が集めるだろう】


【そのために力を溜めた】

【加護を授けた】


【人は進んでゆく。止まっているのは龍だけだ】


【進んでいるようで停滞している】

【移り変わりながら留まっている】


 全員で龍同士の話を聞いている。

 何か重要そうな話をしているけれど、セネカは中身がないような気もしていた。


【時が来たようだ。また呼ぶが良い。また森に来るが良い】


 鶏はとさかから青く綺麗な花を咲かせた。

 だが、花と共に体はすぐに枯れて、大地へと還っていった。


「……なんだったのかしら」


 マイオルの呟きが聞こえる。

 セネカも同じ気持ちだ。


「ただの戯れに見えたねぇ」


 モフが意外に辛辣なことを言った。


【また現れる】


 ウミウシ達も山の奥の方へ消えていった。


「マイオルはあの龍たちに夢を見せることになっているようだ」

 

 ガイアがマイオルの肩に手を置いた。


「人は龍に振り回されるものよ」


 マイオルは苦し紛れにそう言って、ガイアの手を握った。


「とりあえず戻るかね」


 カエリアの冷静な声にセネカは安心した。


 グラードンのおでこには盛大に土がついていたけれど、それを指摘する者はいなかった。

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