第316話:英雄の資格
龍との対話を終えたセネカたちは静かに山頂から降りた。
誰一人として言葉を発することはなくて、地面を踏み締める音だけが響いていた。
セネカもあえて声をかけることはしなかった。
龍の話の意味、そして個々人に向けられた言葉は重くて、消化に時間のかかるものだったのだ。
龍の意図はなんだったのだろうとセネカはずっと考えている。
青き龍から聞き、樹龍によって補足された事柄の詳細がさっき明らかになった。
龍たちは目覚め、危機に際して動くのだという話だった。
その危機の正体は黒龍であり、いまは龍としての力を失っていることから『黒きもの』と表現されていたらしい。
セネカとルキウスは月の加護を持っていて、元黒龍と戦うのだと言われた。
二柱の龍は選択肢があるような口ぶりだったけれど、それは本当に存在するのだろうか⋯⋯。
仲間たちはみんな龍の加護を得た。さまざまな成り行きがあってそうなったことだと思うけれど、これで揃ったのだとセネカは考えることにした。
龍は言っていた。
『セネカ、両親は其方の中に繋がれている』
『大切なものを守り、生き残れ』
それはセネカが何よりも大切にしていることだった。
恐ろしい何かから人々を守ったとしても、そこに自分が居なければうまくいったとは言い難い。
残された人たちの切なさは誰よりも分かっているつもりだった。
大切な人を守り、生き残る。
それができるような力をつけたいと思ってここまでやって来た。
それは単なる大きな力というわけではなくて、適切な方向性があって質の伴ったもののはずだ。
スキル【縫う】という枠外の力はいまや規格外となった。だが、新しい力として確立したものになったのだろうか……。
自分という人間もスキルも、まだ確固たるものではないかもしれない。
そんな考えも湧いてくる。
龍は自分たちの信念に関わるような事柄をどうやって知ったのだろうか。
そして、何故あそこまで明瞭に話をしたのだろうか。
そこまで考えが及んだところで、一行は拠点にたどり着いた。
「まずは休みましょう。それぞれに時間が必要だわ。でも日が暮れる前には動き出して樹龍の種を使いたいと思っているけれど、プラウティアはどうかしら?」
マイオルに訊かれて、プラウティアは少しおどおどした後で頷いた。
「それじゃあ、カエリアさんもグラードンさんもそれでよろしいでしょうか?」
「ああ、良いぞ」
「問題ないわ」
二人は了承した。
「時間になったら声をかけるわね」
マイオルの言葉に頷いてからセネカは歩き出した。
「セネカ?」
気がついたらルキウスの手を引いていた。
「無意識」
でも離すことはしなくて、そのままにすることにした。
「高いところにいこう」
やっと出て来た言葉はそれだった。
ルキウスは何も言わなかったけれど、抵抗する感じもなかったので、そのまま二人で歩き、辺りで一番高い木の下にやって来た。
「これが良いかな」
セネカは気にしがみつき、ゆっくりとよじ登る。
本気で跳べばもっと一気に登れるけれど、いまはこれで良い気がした。
振動でルキウスが続いてくるのを感じながら、一番高くて太い枝を目指す。
とにかくそこまで行くのが良さそうに感じたのだ。
「上まで来ると結構高いね」
セネカはやっと辿り着き、枝に座った。
「昔はスキルもないのによく高いところに行ったよね。ここまでは高くなかったっけ?」
ルキウスも隣に座った。
木は葉が茂っていて、周囲のことは分からなかった。
その分、少しだけ隔離されていて、二人だけの空間ができている。
セネカは少しだけ黙ってから口を開いた。
「ねぇ、ルキウス。このままだと本当の英雄になっちゃうね」
「そうだね。本当に……」
ルキウスは目の前の葉っぱを少しちぎっていた。
「大きな敵がいて、どうやら危機みたいで、世界を救えちゃうのかもしれない」
「お伽話みたいだなぁ」
ルキウスはセネカが思っていたのと同じ言葉を発した。
「龍は選べって言うけれど、選択の余地なんて本当にあるのかな?」
「うーん、あるんじゃないかな。だって世界がどうなるかなんて託されても困っちゃうからね」
ルキウスは何でもないことのように言った。
そんな風に振る舞うことはきっと難しいはずだ。
「ルキウスは興味ある? 世界を救うことに」
「ないよ?」
とぼけるルキウスにセネカは笑った。
「そうだよね」
「セネカはあるの?」
「実は……ないよ」
「だよね」
そんな風に言って、二人で笑い合った。
「でも英雄になることには興味がある。セネカもそうでしょ?」
「うん、そうだね」
ルキウスはまた葉っぱをちぎり、掴んだものを撒いている。
セネカはちぎれた葉っぱがひらひらと落ちていくのを見てから口を開いた。
「だけどね、私が目指していたのは世界中に認められるような英雄ではなかったのかもしれないんだ」
ルキウスと目が合った。
「客観的に『英雄だ』と認められるものでなくても良かった。むしろ、本当に大切な人たちにとっての英雄であれば、それで良いと思っていたのかもしれない」
「それが僕たちの誓いだからね」
セネカにとって、永遠の英雄は自分たちの両親だ。
誰も両親のことを英雄だとは知らないけれど、だからこそ大切なのだとセネカは考えていた。
きっとルキウスも同じように考えているだろう。
「セネカの言っていることはよく分かるよ。でもさ、人は一人で英雄になることはできないんだよなぁとも思うんだよね」
セネカはルキウスをじっと見つめる。
「僕たちがなりたいからなれる訳じゃないんだよね。誰かが僕たちのことを認めて、初めて成立する。父さんたちが特別なのは、僕たちが想い続けているからなんだよ」
セネカはルキウスの考えに同意せざるを得ないと感じた。
「僕たちのことを龍が認めた。そのこと自体が僕たちに『資格』を与えてしまっている気がするんだよねぇー」
「うん、その通りだと思う」
セネカも葉っぱをちぎって投げてみた。
楽しい訳じゃないけれど何だか癖になる。
そうしているうちに思い浮かんできたことはとても単純なことだった。
「私はルキウスにとっての特別であったら、それで良いよ?」
「それは前提ってことにしてよ」
ルキウスは珍しく少し照れていた。
「それじゃあ、セネカは特別だから、危機が訪れたら僕が守るよ」
「私にとってはルキウスが大事だから、危なくなったら守ってあげるね」
セネカは微笑んだ。
そして答えは出てしまった。
「セネカは、束の間の平穏と根本の解決だったらどっちを取る人間なんだっけ?」
「もう二度とその問題が起きない方が落ち着くよね」
ルキウスは「まぁそうだろうな」と言いたげな顔をした。
「ルキウスは、危険を避けて閉じこもっている私と危機に向かって飛び込む私、どっちが好き?」
「……飛び込むセネカが好きだよ。でもセネカって閉じこもったことあったっけ?」
「…………」
セネカは目を逸らした。
「結局世界が本当に危機なんだったら、僕たちは率先して飛び込みたい方の人間なんだよねぇ」
ルキウスは[剣]を取り出し、目の前の葉や枝を切り払った。
「力を貰った方が生き残る可能性が高かったんだよね。全くなかったら分からないけれど」
セネカも[魔力針]を出して、視界を塞ぐ木を除いた。
「セネカはもう立派な英雄だよ」
「ルキウスもね」
派手に木を切っていくと、薄く光る月が見えてきた。
「セネカ、月が見えたね。これは偶然だと思う? それとも運命だと思う?」
「どっちでも良いんじゃない? だって特別な人と一緒に見ているんだから」
「まぁ、そうだね」
セネカはルキウスの手を握った。
「みんなのことを守って、ルキウスと共に幸せな生活が送れるようになりますように」
「セネカのことを守って、みんなが穏やかな日々を送れるようになりますように」
この世界にまた二人、新たな英雄が誕生した。
少なくとも二人はそう考えていた。
そして、季節外れに輝く月はそんな考えに呼応するかのように白緑の光を放ち、瞬いた。
「あぁー、また月に認められちゃったかな?」
「そうかもしれないね」
同意してからセネカは付け足した。
「でも、私たちだけじゃないかもしれないよ?」
「……そうだね」
少なくともあと四人は候補がいる。
セネカはそう確信していた。
「少し歩いてから戻ろっか?」
ルキウスはそう言って枝の上に立った。
「うん。みんなの考えも聞きたいしね」
セネカも立ち上がった。
結局何も変わらなくて、これが自分たちらしいのかもしれなかった。
そう考えると笑いが込み上げてきて、視界が少しだけ曇ったのだった。
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